21(197).僧街の阿闍梨
山脈を過ぎる風は、雄大でその分力強い。
高原は、その斜面を埋める様に建物が立ち並ぶ。
その中心から山の山頂へと白い階段が続き、その先に王宮が鎮座する。
人々は、いつか見たぺータの様に厳粛だ。
僕達は宿で一泊し、翌日、呀慶の師にあたる天淵の元へ向かう事にした。
宿では、崑崙でも出された料理に似たモノがほとんどだ。
とは言え、何処の国でも彼女達を喜ばせる料理は必ずある。
それは、一見だたの揚げ物の様だった。
彼女達は、その優しく甘い香りに導かれ手を伸ばす。
その先には、三日月状に形作られたキツネ色の月。
彼女たちは、一口に頬張ると、その優しい甘さの虜になった。
口の中は、温められた優しい甘みと、ほんのりとした酸味が互いを引き立て合う。
それは、彼女達の満腹感すら忘れさせた。
「店主、この三日月を4つくれ。」
「はいよ。」
彼女は、手持無沙汰で、もう一つの揚げ物にも手を伸ばす。
それは、また違う甘さだ。
彼女は、カリカリと音を立て、繰り返し口に運ぶ。
同じように、ラスティも口にする。
「ラスティ、お腹はだいじょうぶかい?」
「カリ・コリ・カリ・・・三角のやつ食べる。」
会話は成立していないが、まだ食べる事だけは判る。
彼女は、このの甘味よりは、先ほどの三日月が好きらしい。
それを微笑み眺めるアリシアの手も止まらない。
気持ちの良い音が店内に鳴り響く。
最後を締めくくる様に出されたお茶は、彼女の笑みを逃さない。
一つは、塩と油を含むお茶。
それには、彼女も眉を顰める。
しかし、それを見かねた女将さんは、新たにお茶を勧めた。
それは、崑崙で味わった甘いお茶に似ているが、香辛料が少し違う。
アリシアの表情に満足そうな笑顔で応える女将。
「んーーーー! この国にもあるのか。」
「東は天国か・・・そうに違いない。」
「女将、これは美味いな!」
「ハハッ、アンタは甘党なんだね。」
「歳をとると、好きでも飲めなくなっちまうもんさ。」
「アンタみたいに喜んでくれると、出した甲斐があるってもんだよ。」
アリシアは、女将と話し込む。
それは、碌でも無い話だろう。
僕は、お腹を膨らめ横たわる小さな淑女を、そっと抱き上げフードに納めた。
崑煌の夜は高地の為か、かなり冷え込む。
白む空の元、法王庁とは違う不思議な音が響き渡る。
街では、山を拝むように手を合わせ祈る姿が点在。
静かで美しい金属音が心を癒し清める。
それは、この地に関係を持たない僕達ですら目を瞑り山に祈った程だ。
僕達は、宿で食事をとり、目的の人物を探す。
先頭を進む呀慶は、すれ違う度に祈りを受ける。
それは、街を行く王の様にも見えた。
しかし、そこに在るのは威厳よりも互いを慈しむ姿。
王宮の手前で彼は道を反れる。
そして、祈りを受ける山へと足を進めた。
参道を行く呀慶は、玄褘に声を掛ける。
「玄褘よ、何度目だ?」
「はい、6度目になります・・・」
「それは、何故だか判らぬか?」
「・・・・」
玄褘は、呀慶から視線を外し、後方の3人に視線を流す。
そして彼は、また呀慶に視線を戻した。
それは、彼の心が定まった証拠だ。
「はい、この旅で知りました。」
「呀慶様の説法、そして美斉の想いより・・・」
「私は未熟です。」
「師は、私を見放さないでしょうか?」
「その考えは捨てよ。」
「お前は、また判った気になっているだけだ。」
「それでは、盤光様の教えの表面しか見えていない。」
「天淵様も言っていたはずだ。」
「心は、自分だけの世界だと。」
「師に会って1から学び直せ。」
「お前は、それを理解できるだけの経験を積んだのだ。」
「それだけでも、この旅は無駄ではなかった。」
彼は、項垂れる玄褘に視線を送ることなく前を進む。
しかし、彼の声色は優しく、自身の弟子を慰める姿にも思えた。
進むにつれ山道は険しくなり、それは時に人を拒むようにも感じれれる。
「美斉、ここは足場が悪い、、どれ私の手をとれ。」
「・・・ありがとうございます。玄、糞坊主様。」
引き上げられる彼女の姿に表情を崩す沙簾。
その横で、相変わらずの剛蓬は口を休めない。
彼らの後を追うも、そこは確かに滑る。
ゆっくり崖に手を掛け上の段に昇り、後方に手を差し伸べる。
「アリシア、滑るよ。」
「フフッ、すまないな。」
「時にルシア・・・あの人物をどう思う?」
彼女は、対象に視線を向けず、目の動きで僕にその意を伝える。
後方に控える1人の人物には違和感しかない。
しかし、何がおかしいのか判らない。
「僕には、この違和感がどこから来るのかが判らないよ。」
「なんだろう・・・言葉にできないんだ。」
「お前もか・・・注意だけはしておけよ。」
彼女は、そう言うと僕の手を取り崖を登る。
そして、後方の人物は、その上背から難なくそれを登った。
山は進むにつれ険しさを増す。
それでも、自身の庭かの様に呀慶は進む。
そして日が暮れる前に、山頂のお堂に到着した。
お堂の奥には、一人の坊主の男性の姿。
それは、エルフの様に背が高く、ドワーフのように白い。
単にエルフとも思えたが、目は紅く何処か浮世離れしていた。
「呀慶か。よく参ったな。」
「・・・お主は、付き添いか。」
彼は、目を伏せたまま声を掛ける。
それに驚く事のない5人。
それが日常の様に、正面で背を向け座禅を組む男は、静かに言葉を続ける。
「では、玄褘か・・・」
「少しは変わったようだな・・・」
「己が心は見えたか?」
ようやく会話は始まったように思えた。
だが、それは少し違う。
玄褘は、平伏し、彼の言葉に続けた。
「申し訳ございません。」
「その光を、ようやく見る準備ができました。」
「今一度、師の教えを乞いとうございます。」
「ならば、共に瞑りなさい。」
蚊帳の外の僕達は、神聖な空間で立ち尽くす。
静かに雲海に沈む太陽は、染め上げた世界と共に闇えと消えた。