20(196).互いの想い
大空を舞う美しい巨大な鳥は、炎を纏い南へと消えていく。
ある者は吉兆と、またある者は悪兆だという。
ただそれは、神の眷属が生活する姿でしかない。
僕達の馬車は渓谷を抜け、森を越え、街を抜け、幾度となくそれを繰り返す。
目の前には、自然豊かな山が見える。
その中腹には、辛うじて人工物だとわかる建物が点在する。
手綱を持つ呀慶は告げた。
「ようやく国境だ。」
「ルシアよ、あそこに建物が見えるだろ。」
「アレが、西竺の国の入口だ。」
言葉を掛けられる僕は、御者台には居ない。
金嚇の一件以来、アリシアは僕の横にいる。
その為、僕は荷台にいる事が多い。
「ルシア、だめだぞ。」
「また、診断が終わっていないからな。」
「犬の横では、何が起こるか分かったものではない!」
彼女は、恨み深く、御者台まで聞こえる様に声を張る。
それは、呀慶だけでなく他の者達の視線も落とさせた。
重苦しい空気の馬車で、アリシアは気にすることなく僕を調べる。
それは、嬉しい様な恥ずかしい様な、どこか懐かしい感情だ。
そんな空気に、馴染まずとも邪魔しない1人の赤マント。
その姿は何処か幻の様にぼやけ、記憶を曖昧にする。
数日も経つと、馬車は国境を越え高地の国へと入った。
そこは、僧の国と言われる程に、ある男の教えが広く浸透していた。
その男は、盤光王父と呼ばれ、既にこの世界にはいない。
それは、彼の躯は存在しないと言われているからだ。
その為か、彼が元の姿に戻っただけという者もいる。
僕はアリシアの触診を受けながら、呀慶に尋ねる。
「盤光王父って神様なのかい?」
「あぁ、西ではヴェスティアと呼ばれているな。」
「創造主の事だが、盤光王父は、彼がこの地に降りた姿だよ。」
「だいぶ昔の事だったな・・・」
彼は遠くの空を見つめ思いに耽る。
それは、まぎれもなく、彼がそれ相応な時を生きる存在である事を示唆した。
それを見る、アリシアの表情は相変わらず冷たい。
とは言え、彼女も余り事を荒立て様というわけではなかった。
「ルシア、あの化け犬が言う主神の弟子には、天淵という僧侶がいるんだ。」
「その天淵の弟子には、お前の知る者もいるぞ。」
アリシアは、久しぶりのアノ笑顔で僕に問いかける。
僕は、少し表情を崩し、彼女に質問で返した。
「それは、一緒にあった人かな?」
「一緒には、会っていないな。」
「フフッ、お前の悩む姿は、久しいな。」
彼女は楽しそうだ。
そこに、ラスティも加わる。
「アリシア、ウチも知ってるかな?」
「そうだな・・・」
「お前の口からは、会ったと聞いたな。」
アリシアは、悩む二人に優しく微笑む。
その視線の先で同じ様に腕を組み首をかしげる二人。
僕は、微笑む彼女に追加情報をねだった。
「そうだな・・私をよく見ろ・・どうだ?」
僕は、彼女を見つめる。
そこには、購入した服よりも仕立ての良いモノに着替えた彼女の姿。
それは、彼女の肌の色に合い、彼女の魅力を引き立てた。
「・・・その服似あってるよ。」
「前のも良かったけど、やっぱりセンスいいね。」
その言葉に少し顔を赤らめるアリシア。
だが僕には、彼女のヒントの意味が分からない。
ラスティも、僕と同様に頷くだけだ。
その姿を冷たく見つめる2人の視線。
僕には居心地の悪い空気が流れたが、アリシアが助け船を出す。
「んんっ、えーとっルシア、答えは分かったか?」
「私はエルフだぞ・・どうだ?」
「そうだねエルフだね・・・」
「僕達が知ってるエルフなんて・・・」
「そうか、法王様か!」
「そうだ。 よくわかったな、偉いぞ。」
僕を、以前の様に褒めるアリシア。
優しく頭を撫でられる事は、嫌ではないが人前では恥ずかしい。
しかし、それを羨む1人の淑女。
「ウチも、わかってたのに・・・」
残念そうに不貞腐れた表情に、彼女は笑顔がこぼれる。
そして、同じように小猫の頭を撫でた。
「そうだな。お前もしっかり考えたな。」
「偉いぞ、ラスティ。」
「フフッ、お前も可愛いな。」
馬車は、一行を乗せ何事も無く山道を突進む。
そんな馬車の中には、もう一組の男女がいる。
それは、破門を言い渡した者と、言い渡された者だ。
「美斉・・すまなかった。」
「もう機嫌を直しては、くれないか・・・」
「いえ、私は怒ってなどおりません。」
そのやり取りをどれ程繰り返すのだろうか。
2人を取り巻く残りの弟子達はため息をつき、冷たい視線を外す。
「なぁ、沙簾。水出してくんねぇか?」
「食い過ぎて、気持ち悪いんだわ・・・」
「バカじゃない?」
「そもそも、何であたしが・・」
「水袋って、あの二人が管理してんだろ・・・」
「今絡むと面倒臭ぇのわかんだろ?」
彼女はため息をつき首筋を撫でる。
そこへ、チョコチョコを小猫が小さな水筒を手渡す。
「ウチの宝だよ。少し分けてあげる。」
「すまんな、この馬車ん中じゃ、真面に会話できんのはお前だけだよ。」
彼は、水筒を借りると、コップへ水を注ぎ水筒を返す。
そして彼女の頭を撫でる。
「ありがとな・・うまい水だ。」
彼女は、上機嫌で相棒の元へ駆けていった。
残る4人は、相変わらずな空気感。
だた一つ、玄褘の想像とは異なることがあった。
それは、女性とは、表情では推し量れない面が多様にあるという事だ。
一行は、西竺の都である崑煌の門へとたどり着いた。




