17(193). 兵眺渓谷の対仙
風が吹き上がる渓谷を望む寺院。
そこは門弟などいない寂れた場所。
しかし、時折訪れる商人の姿がある。
その為か、以前の寺の名など忘れられ通称でお呼ばれた。
広間では椅子にくつろぐ2人の仙。
彼らの前には美しい黄金の女人像。
そこに商いを持ちかける商人。
「おぉ、この輝きは素晴らしい。」
「・・・この位で、いかがですかな?」
「足りんな・・・貴様も金になりたいか?
「い、いえ、滅相も・・・」
「では、こちらもお付けして・・・如何です?」
恰幅のいい赤髪の仙は、目を細め顎髭を擦る。
そして、商人の提示した荷に目を向けた。
「ほぉ・・・少しは会話ができるな。」
「あちらの荷も付けろ。」
「貴様も商売で来たのだろ?」
「・・・商品に成り下がりたくはあるまい?」
これは数カ月に一度の光景だった。
昔から、とある寺院に金を生み出せる仙人が住むと噂が囁かれていた。
その話は、実しやかに東の商人達の間に伝わる話。
現代魔法の体系に、そんな都合の良いものは存在しない。
夢幻と笑う者もいれば、追う者もいる。
後者達は、その欲に突き動かされ、彼の者を探した。
その結果、寺の名前を変えるまでに至ったという。
そこは、金を生み出す寺院、錬金洞と。
商人達に広まる噂は伝説ともとれた。
しかしそれは、真実へと変わっていた。
商人が去った広間では、2人の仙人が酒を飲む。
1人は愉快に笑い、1人は静かに味を楽しむ。
「なぁ、銀郭。 あの坊主達をどう思うよ?」
しかし、そこに返事はない。
恰幅のいい男に問いかけられた男は、視線でその意を返す。
それは彼が、言葉を捨てた為だ。
それは遠い昔の話、彼らが天淵と共に1人の師の元で過ごした時の事。
「銀郭様、畑が石だらけで辛いよ・・・」
「あっちの村の畑には全然ないなんて不公平だ・・」
「ハハハッ、今は辛くとも、必ず成果は実もの。」
「己の内を見つめてさえいれば、辛い事などありはしない。」
「この行いは、明日に繋がるのだよ。」
彼は、誰よりも誠実で正義感に溢れる青年だった。
民草達と話し、彼らと共に過ごす。
そして師の教えを守った。
時が経つと成果が実り、民草達の生活は豊かに変わっていく。
そして、その考え方も変わってしまった。
「お前達、人を貶める様な事はしておるまい?」
「それは、必ず己が元へ還るもの・・もうやめなさい。」
「坊様の言う事は、金になるのかい?」
「誠実で、腹は膨れるのかい?」
「フン、俺は嫌だね・・・」
そこには、誠実さや正義など無くなっていた。
民草達は。彼の言葉を煩わしく思い彼を倦厭。
民草の想いは、言葉に変わり彼を傷つけた。
「坊さん。恵んでもらってるだけでも幸せに思えよ。」
「これは儂ら達の汗水で出来た飯だ・・・」
「言葉を解いてるだけで、腹が膨れるなんて・・・」
「ありがたい教えだよ・・・」
それでも彼は師の教えを守る。
しかし、世間の風は冷たくなる一方だった。
ある時、一人の女性を助けた銀郭は、返された言葉を疑った。
「・・・この人が・私を・・・」
街の民草に視線は彼の心を抉る。
その言葉は、形を変え彼を牢へと陥れた。
そこに待つのは、だた鞭うたれる事のみ。
彼が街を出た時には、所持するもはボロの布切れだた一枚。
「・・・師よ・・・貴方の考えは間違っている。」
銀郭は、師の教えを捨て、彼の元を去った。
そして、風と共に各地を彷徨い、兄に拾われる。
「教えを説いても、理解はされんよ。」
「言葉とは、それを聞いて心地よいと思う者にしか共感されなんからな。」
「人が人に教えを説くなど、しょせん無駄よ・・・」
銀郭は、兄の言葉に自身を重ねる。
そして、悟りを見い出し言葉を捨てた。
兄弟は大陸を旅し、とある寺院に辿り着く。
そこは、幾度となく戦の火を越えた渓谷を望む場所。
東西には美しい景観、夜には美しい星空。
それを讃える様に、その場所は兵眺山星月洞と呼ばれていた。
2人は、共にそれぞれの時間を過ごす。
片や里に降り、思いのままに振る舞う。
片や洞に籠り自然と対話する。
里へと向かう男は、民草の性根を嫌うことな無かった。
「ほほぉ、この金色の装飾は美しいな。」
「コイツは俺に似合うな、いくらだ?」
「アンタにゃ似合わんよ・・」
「金持ってねえだろ。」
「帰って、手前の姿でも見て出直しな。」
「・・・来れるだけのものがあるならな、ハハハッ!」
男は、眉を顰め、魔力を高める。
そして、露天の店主の胸ぐらを掴む。
「何だって?」
「この金嚇様に、姿を見直せだと!」
店主はゴツイ拳を喰らい、それで終わりかと思った瞬間だった。
彼は視界に広がる世界には、小さな自分の店が見えた。
次の瞬間、かすかに聞こえる悲鳴と共に、投げられた怒号と火炎弾。
「この愚民がぁ! 死んで詫びろや!」
空中ではじけ飛び燃え尽きる肉片。
街では1人の男を取り囲む悲鳴と警備兵達。
「貴様、殺人の罪で連行する。」
「抵抗などするなよ。」
「バカか、俺が罪人だと?」
「だったら、あの店主も罪人だろ?」
「俺を馬鹿にしたんだ、死んで当たり前だぜ。」
兵士達は、互いに視線を飛ばすことなく、男に刃を向ける。
それを目の当たりにする男の表情は、眉間を寄せ、眉尻は高く上がる、
そして、紅い血管を浮かび上がらせたて尚、口元は緩んでいた。
厳つい拳は兵士の顔を潰し、放たれる魔力は火炎の渦となり街を消し去る。
そして男は、満足そうな顔で金細工を持ち帰った。
だが、その大きな背中には、似つかわしくない程に小さな呟きが残る。
「師よ・・力こそ全てだよ・・」
「共感なんぞ、金の美しさだけでいい・・」
「俺は俺の道を行く・・・」
そして時は流れ、彼らの元を1人の僧が訪ねた。




