14(190).言葉と想い
この国の寄り合い馬車は、時間などあまり気にしない。
中継地点の町では特にそうだ。
日は昇り天辺を過ぎ、予定など大分前に過ぎた。
さらに日は動き西の空に傾いた頃、ガタガタと車輪の音。
「あいや~、参った、参った。」
「急に、雨がふっちゃいましてね。」
「幌を急いて付けてたら、こんな時間よ。」
「他のお客さんからも睨まれちゃて・・」
「で、乗っていいのか?」
アリシアは、御者の愛想笑いを睨みつける。
その姿に愛想笑いを捨てる御者。
「はいよ。乗った乗った・・・」
「金払えばいいってもんじゃねぇっつうのよ。」
「こっちは謝ってんだろ・・・」
「売り飛ばしてやろうか・・」
ブツブツと呟く御者の声は、あまり周囲には聞こえない。
しかし、僕はまだ金を払っている最中だ。
悪態着く男の手に、僕は金を強く押しつけ睨みつける。
「おじさん・・・」
「余り変な事を言うと、寿命短くなるよ。」
「死ねばいいのに・・・」
御者は、一瞬睨むも、立て続けの殺意に、その愚かさを実感する。
静かな圧ほど恐ろしいものなどない。
その上、後方から呟く美斉を取り巻く負のオーラが混沌そのものだ。
顔を引きつらせた御者は、厄災でも積んでいるかの様に深いため息。
そして、悪態は息を顰め、静かに馬車を操った。
アリシアは、美斉を誘いラスティとじゃれる。
僕は、後方に流れる風景を楽しんだ。
日は西の空を紅くすると、馬車は止まり、野営の準備を始めた。
これは、ここ数日の日課になっている。
御者は鍋を出し、そこへ食材を放りスープを作る。
そして、パンと一緒に客たちへ販売。
「はい、食事だよ。一杯銅貨2枚だ。」
「おじさん、4人分ください。」
「・・・銅貨8枚ね。」
「毎度・・・他にはいねぇか? まだあるよ!」
御者は、客たちを回り売り歩く。
これは、朝と夕のオヤジの日課。
これでは、馬車は遅れて当然だろう。
僕は、御者の気遣いが、彼自身の首を絞めている事が残念に思えた。
昔なら、ほっといただろうが、何故か僕の脚はお節介だ。
「おじさん、手伝うよ。」
「そうかい、助かるよ・・・」
「じゃぁ、あっちを洗ってくれるか?」
「うん、わかった。」
僕は額に汗し、黙々と片付けをする御者に視線を送る。
それに気づく、御者は眉を顰め言葉を飛ばす。
「手伝い賃なんざ出ねぇぞ。」
「そうじゃないよ。」
「おじさんは、言葉を選んだ方がいい。」
「じゃないと、敵しか作らないよ。」
御者は、僕から視線を外し鍋を洗う。
彼は汗を拭くと、視線をそのままに話を始めた。
「女ってえのは、鋭ぇなぁ。」
「別れた女房にも言われたよ・・・」
「アンタは、優しいけど馬鹿だってな。」
「アイツだって言葉が少ねえってんだよ。」
「・・・でもな嬢ちゃん。」
「この性格とは、五十数年の付き合いだぜ。」
「そう簡単に治せねぇってんだよ・・・ハハハッ。」
「忠告ありがとな・・・嬢ちゃん。」
「・・・もう、十分だ。」
「手伝ってくれて、ありがとな。」
黙々と片付けをする御者を残し、無情にも夜は更けていく。
静かな森には、夜鳥の鳴き声だけが静かに響く。
どのくらいだろうか、横になり数刻が過ぎた頃だ。
森の奥から男女の悲鳴。
暫くすると、はだけた姿の1人の女性が茂みから現れる。
「彼が・・・彼が・・・」
焦点が合わないま震え続ける女性に布を掛ける御者。
そして彼は、周囲に声を掛ける。
「あぶねえから火の回りに集まれ!」
「戦える奴は、すまねぇが警戒してくれ。」
静かなはずの森は、物音を残し、夜鳥の声は全くない。
その唯一の音は、少しずつ大きくなる。
そして、人影が1つ姿を現す。
「彼だわ・・・助かったのね・・」
「待て!」
御者は、女性を制止するも、それを振り切り男の元へ。
そして彼女は血だらけの彼を強く抱きしめる。
それは、感動など呼ぶ様な代物ではなかった。
「イヤーーーー!」
「やめて、痛い、痛い。」
「イッボゴボゴボッ・・・・」
結果は最悪だ。
男の胸に飛び込んだ女は、首筋をかみ切られ、辺りを血の海へと変える。
その匂いは、同類を呼び、阿鼻叫喚の地獄絵図を作りだす。
逃げ惑う客達は、皆戦闘の覚えはない。
時間が過ぎる毎に消えていく魔力。
僕達は、互いに背を合わせ、状況を確認する。
焚き火の対面では、健闘空しく、御者もまた血だまりを作った。
「ゾンビの類か・・・」
「魔力は6・・・ルシア行けるか?」
「大丈夫。」
「アリシアは、守りを固めて。」
「僕が叩く。 ラスティをお願い。」
僕は、言葉を残し、近場の魔力へと駆け出す。
それを確認したアリシアは、美斉に声を掛ける。
「浄化は、出来るか?」
「・・・ごめんなさい、できません。」
「気にするな、アイツは特殊なんだ。」
「私の最高の弟子だがな・・」




