18.命の駆け引き
翌日、湯あみのおかげか疲れは無かった。
準備し、再度ダンジョンへ挑む。
今回も2層最奥までは無視し、そこから前回とは逆に左側面に沿って探索を始めた。
時間だけが無駄に過ぎていく。
昼食を摂り探索しつつ前回の休憩地点に向かう。
結局、何もなく1日が過ぎてしまった。
奴隷時代よりも魔物に遭遇する頻度が少なく感る。これはギルドが介入した為だろう。
ダンジョン2日目、前回同様に周ったが時間だけが過ぎた。
僕は、今回の依頼はあきらめ、ギルドへ日程延長を打診することを考えた。
帰りの足取りは重く、ダンジョンの深層から後ろ髪をひかれるようだ。
それでも多少の魔鉱石を採掘し入り口を目指す。
第1層間近、背後から複数の魔力が迫っている。一方の魔力は、かなり大きい。
振り返えると眼前に逃げ惑う冒険者たちと、明らかに大きいケイブリザードが迫ってきていた。
一人の冒険者は肩を僕にぶつける。
そして安堵と厭らしさの混ざり合った笑みを浮かべ過ぎ去っていく。
冒険者たちは、アレを倒せず逃げ出した。
そして都合のいい相手を見つけ、押し付つけたわけだ。
目の前に迫る巨大なトカゲから踵を返す暇はない。
僕は苛立ちの中、盾を構え体勢を整える。
ケイブリザードは勢いを殺さず突っ込んできた。
辺りには土煙が舞い上がる。
僕は盾で防いだがかなり押し込まれた。
その力は同じ種とは思えない程だ。
次の攻撃に備えると、ケイブリザードは体をひるがえす。
僕の思考は一瞬止まった。
その瞬間、僕は宙を舞っていた。
それは尻尾による重い一撃だった。
僕は壁に体をぶつけ、体中がボロボロになっていた。
もう一度喰らったらと思うと絶望しかない。
僕は頭を働かせた。
右腕は動く、左腕も大丈夫だ。
足腰はあまり踏ん張りがきかない。
しかし魔力は全快に近い。
手持ちは、薬師がくれたモノがある。
それは二種類のマナポーションだ。
思考が声となり口から洩れる。
「・・・流石に、死ぬよりはいいか。」
僕は2つの薬を一気に煽り、回避に徹しながら効果を待った。
時が経つにつれ、僕の表情は恍惚なモノへと変わっていく。
それと同時に気持ちが良くなっていく。
半時が過ぎた頃、全身の痛みは感じなくなった。
僕の精神は高ぶり、好戦的に変わっていく。
すでに脚の踏ん張りは効く。
視覚は鋭くなり、ケイブリザードの動きが手に取る様に判った。
回避から攻撃に移る時だ。
僕は、ケイブリザードの突進を回避。
それに合わせ攻撃を入れることが容易にできた。
鉈はケイブリザードの表皮を強引に貫き青黒い塊をえぐり飛ばす。
ケイブリザードは大きく間合いを取り、こちらの様子をうかがう。
僕は間髪入れず、間合いを詰めた。
そして両手で鉈を振りかぶりトカゲの首を飛ばす。
僕は気まで大きくなっている。気分も無駄にいい、頭はフワフワする。
大きなトカゲを肩に担ぎ、引きズリながら入り口を目指した。
効果が有った時は感じなかったが、遅れて恐怖が頭をよぎる。
もし斬撃が遅れていれば、間違いなく僕の体は無くなっていた。
一歩また一歩と進むごとに視野が狭くなっていくのがわかる。
僕の記憶は、どこの階段を上ったかすら定かではなかった。
目の前には知らない天井がある。窓から入る日の光が気持ちいい。
もう一度、寝てしまおうと目を瞑る。
しかしそれを横から止める声が睡眠の邪魔をした。
その声の主は、清潔そうな服を着た男性だ。
「ちょっと待て、寝るな。・・・やっと目が覚めたか。」
「私はギルドに所属する医師だ。君はダンジョンを出たところで兵士に助けられたんだよ。」
「覚えているか?」
その辺の記憶はない。僕は正直に話す。
その内容を医師は手に持つ紙に書き込んでいた。
「覚えていません。僕は、第1層の手前でケイブリザードを倒して・・」
「入り口を目指して歩いていたところまでは覚えているんですが・・・」
医師は頷き、質問を続ける。大体予想している内容があるのだろう。
彼は眉間にしわを寄せ顎をさすっている。
「ん~、何か他に覚えていることはないか?頭を強く打ったとか、何かを食べたとか、何でもいい。」
「・・・頭は打ちました・・・マナポーションも飲みました。」
彼の表情はさらに険しくなり、手に力が籠る。
そして視線は鋭くなり、空いている手は机をコツコツと指で叩く。
その姿は、まるで犯罪者でも見る様だ。
「君は体が小さいから魔力適性はあるよね?」
「確認だが、服用理由は魔力回復のためで合っているかね?」
「・・・いえ。」
大きなため息と共に、行動が止まる。
そして、死んだ魚のような眼で淡々と説教が始まった。
「君ねぇ・・・」
目が覚めた頃は少し肌寒かったが、今はもう暖かい。
そして、窓から覗く太陽がまぶしいかった。
数時間、パーティーを組む大切さとオーバードーズの危険性を説明が続く。
医師の気持ちに感謝はするが、話の内容は半分くらいしか覚えていない。
そもそもパーティーの大切さなどわかっている。
しかし、パーティーは相手の同意も必要だ。
お互いの意見のちょうどいい位置を探しても、僕の場合は碌な立場にはならない。
そんなことを結果的に上目使いになりながら訴えると、以外にも医師の話は終わった。
最後に、僕はここに運ばれてから2日は経っていると知った。
僕は生きて戻れたことを神とライザ、そして名の知らぬ兵士に感謝した。
診療室には僕の荷物が安全に保管されていた。
医師に礼を言い医療費を払う。
そして、受付に依頼を報告に向かう。
すでに期限を1日過ぎているので気が重い。
しかし、ギルド職員は書類を確認し、笑顔で依頼達成を受理。
僕は期日が過ぎていることを職員に尋ねた。
すると、僕を拾ってくれた兵士がギルドに口利きしていたそうだ。
そのため報酬の銀貨2枚を満額受領。
僕はトカゲの素材と採掘した魔鉱石も買い取りに出した。
結果はトカゲの解体費用の銀貨1枚を引かれたが、受け取りは銀貨3枚。
僕は報酬と買取分の銀貨5枚を受け取りギルドを後にした。
これで目的地まで馬車を使っても余裕がある。
太陽も真上に昇り、街も復興に向け活気があふれていた。
空腹感もここまでくると見るものすべてが食べ物に思えてくる。
大通りにある屋台から芳ばしい香りが食欲を誘った。
気が付くと僕は屋台の前で銅貨を握っていた。
屋台の店主は元気な女性だ。
この肉はダンジョン産のトカゲ肉だという。ケイブリザードの事だろう。
ダンジョン初日に焼いて食べたがソレとは全く別物だった。
ミランダもそうだが料理とは奥が深い。
店主は「技術と知識、手間暇をかければ、なんだっておいしくなる」と爽やかに答える。
屈託のない笑顔が可愛く感じた。
後ろには男性が数人並んでいる。・・・儲かるわけだ。
ぼくは串を追加で5本買い列を離れた。
半時と経たずに女店主は店をたたみ始めていた。
今日の僕はツイている様だ。
お腹も膨れたので心に決めた場所に向かう。
もちろん公衆浴場だ。
割と早い時間なのか先日よりすいている。
脱衣所にはファラルドがいた。
彼は僕に気づくと爽やかな笑顔で声をかける。
「よぉ、体はもう大丈夫か?」
彼が僕をダンジョンの入り口から助けてくれた様だった。
お礼を言い、そして事の顛末を説明した。
彼は手を叩き豪快に笑う。
「それはだめだろ。次はやめとけ。乱用すると戻れなくなるからな。」
「それと、お前が死んだら、アイツらが悲しむだろ。」
ファラルドの表情から、僕のことを心配してくれていることが判る。
彼の言葉は簡単に僕を涙ぐませた。
最近は母が最期に言い残した言葉の意味が分からなくなっている。
公衆浴場の煙はそんな表情を隠すには十分だ。
僕はファラルドと公衆浴場の良さを語りあった。
彼は王都でも、公衆浴場を週に2度利用するという。
流石に銅貨5枚は毎日出せるものではないだろうが、それでも十分すぎるだろう。
兵士というものはそんなに儲かる仕事なのだろうか?
彼の話では公衆浴場はほどんどの街にあるという。
使用者は、一部の商人や軍人、ギルド職員だったり、娼館や妓楼の関係者、そして、冒険者だという。
貴族や中流以上の商人は自宅に風呂を持っていることが多く、ほとんど利用しないそうだ。
僕はファラルドと他愛もない会話をしつつ体を休めた。
半時ほど経つとファラルドは先に上がっていった。
いやな視線を背中に感じ寒気が走った。
僕はサッパリした気分で宿に戻りたい。
その願望を一心に、湯けむりに紛れ入り口を目指す。
「ルシアちゃんじゃないか。私だよ。会いに来てくれたのかい?」
アイツだ。領主リカルドだ。正直振り向きたくなかった。
そもそもなぜコイツが庶民の風呂場にいるんだろうと疑問が湧く。
次第に波紋が高くなる。
ヤツの速度は次第に加速。
波と共に息遣いが近づいている。
肌着でしかも濡れた状態でヤツには会いたくない。
さらに言えば見たくもなかった。
後ろからは、波紋と共に声が近づく。
その時は来た。湯けむりを切り裂き、手を取られる。
僕はミランダの教えを想い出した。
あれだ、ファルネーゼに使った技だ。
僕は振り返り、一応隠すところは腕で隠し、さもそれっぽく振る舞う。
「リカルド様、僕はリカルド様の紳士然としたところが素敵だと思います。」
「だから・・こんな場所では・・・」
僕はリカルドを視たくなかった。
だから、掴む手が緩んだ隙にその場から逃げ出した。
流石はミランダだ。以外にもあっさりと成功。
ヤツが湯舟から上がる前に僕は公衆浴場を後にした。
外は夜の帳がおり街に灯がともった。
寒空の下ではリナリアと執事が彼を待っている。
僕はリナリアに文句を言い、ついでにミランダの会話術を教えその場を後にする。
この日以降、僕はこの街を訪れる事は無かった。
風の噂で侍女頭が領主と結ばれたと聞くことになるがそれは先の話だ。




