13(189).すれ違い
手に持つ書簡は、その質量以上に重く圧し掛かる。
重く軋み閉まる城門の音に、心をさらに重くした。
その想いとは裏腹に、活気ある街の雰囲気が憎く思えた。
隣を歩くアリシアは、覗き込むように視線を送る。
「ルシア・・大丈夫か?」
「回り道と思えることが、実は一番の近道だったりする。」
「・・・ラミアなど初めて見たな。」
「ごめん、アリシア。」
「・・・やっぱり君は、僕の師匠だね。」
「ありがとう、師匠。」
僕は、彼女に視線を合わせ笑顔を返す。
そして、彼女の手を取り、芳ばしく甘酸っぱい香りに淑女達を誘う。
「今日は、何食べようか?」
「甘茶のあるお店に入ろうよ。」
「フフッ、ルシアらしいな。」
同じように笑顔を返すアリシアは、強く手を握り返す。
僕は小さな幸せをかみしめながら、昼餉を探し、商店街を探索した。
ゆっくりと進む時間は、旅を優しく彩る。
正面では、蝦餃の皿をラスティから遠ざけるアリシア。
それに抗議する小猫。
そこに、代わりとばかりに大きな煮魚を与えるアリシア。
その煮魚は、黒い斑点が美しい大きい。
小猫は箸でつつくも、思い通りにいかない模様。
その光景に微笑み、手伝いに入るアリシア。
それは、母と子にも見えた。
ゆっくりとした食事は終わりる。
翌朝、僕達は寄り合い馬車に揺られ西竺を目指した。
街道を行きかう郵便屋、そして同じようにすれ違う商人達。
西に比べ治安が良く思える時間は、裏の顔をまだ潜めている。
幌の無い馬車は、移り行く風景が目を楽しませた。
そんな風景に、1つの影は大きくなる。
それは、トボトボと歩く赤毛のハヌマン。
僕は、一度会っている女性だ。
僕達は、馬車を下り、俯き歩く彼女にアリシアは声を掛けた。
「おい、赤毛の猿女。 何故一人なんだ?」
「ああ?・・・デカ女、なんの用ですか?」
「私に構わないでください・・・邪魔です。」
彼女は、視線を合わせず、僕達の横を取りぬけていく。
その背中は、哀愁以外の何者でもなかった。
そんな姿に、ラスティはアリシアの肩掛けから飛び降りる。
そして、小さな猫はチョコチョコと彼女の視線に入る。
「お腹空いてるでしょ?」
「ウチとご飯食べよ。」
「・・・話すと楽になるよ。」
その言葉が引き金となり彼女は、その場に屈みこむ。
そして、両手で顔を覆った。
僕達は駆け寄り、彼女の背にアリシアが声をかける。
「大丈夫か?」
そこには、小さな呟きだけが静かに風に乗る。
彼女の手からは、涙が伝い地面を濡らしていた。
「死ねば・・いいのに・・・死ねばいい・・のに・・・」
その呟きに一同は凍り付く。
それでもラスティはひるまない。
小さな淑女は小さな手で、彼女の脚をポンポンと叩く。
そして、彼女の周りを一周まわり、彼女を先導する。
「ウチ、淑女だから、聞いてあげるね。」
「一緒に町まで歩こ?」
「・・・はい。」
小猫は彼女の肩に乗ると、彼女の頬に頭を擦り付ける。
そして、彼女の脚元へと飛び降りた。
それに対し、瞼を紅くした赤毛のハヌマン。
彼女は、小猫を撫でてから立ち上がる。
その姿にアリシアは、微笑み彼女に声をかけた。
「では行くか、私はアリシアだ。」
「それで、あそこに居るのがルシア。」
「そのお節介は、ラスティだな。」
「お前の 名前を聞いても良いか?」
「美斉・・・です。」
「では、行こうか美斉。」
彼女は、美斉の手を取り、重い足取りを強制的に軽くさせる。
初めは、嫌がるそぶりもあったが、町に着く頃には無くなっていた。
街の食堂に着き、席に座る。
そこでは、何処か上品な美斉の姿。
あの、剛蓬と呼ばれたオークとの殴り合いが嘘の様だ。
僕達は、ゆっくりと食事をとり、彼女の話に耳を傾ける。
「破門されたんです・・・糞坊主様に・・」
「深く聞いても良いか?」
アリシアは、甘茶を啜り、笑顔を殺しながら彼女の言葉に問いかける。
その隣で、同じように甘茶を啜るラスティは万遍の笑みを湛えた。
そこには、話を聞く淑女の姿は無い。
それでも、美斉は小さな淑女を撫でながら話を続けた。
「あれは、とある街での出来事です。」
「いつもの様に、町民の悩みに耳を傾ける糞・・げ、玄褘様でした。」
「そこに、領主の妻も加わったのです。」
「彼女は領主への不満を玄褘様に話しながら・・・」
「事もあろうに・・玄褘様を誘うのです。」
「私はその阿婆擦れに、邪な魔力を感じ・・」
「玄褘様を救おうと、その阿婆擦れを払いました。・・・」
「どこに問題があるんだ?」
アリシアは、甘茶を含むも、こみ上げる想いを抑える。
それは、悲痛な感情を殺し、怒りを抑える様にも見えた。
その姿に時折視線を向ける美斉は、項垂れながら話を続ける。
「その時、その阿婆擦れは、打ちどころが悪く・・」
「殺ってしまったのか・・・」
アリシアの言葉に、さらに俯く美斉。
しかし、顔を上げ、その視線はアリシアをとらえる。
「はい・・・」
「ですが、阿婆擦れから流れ出た血の色は、青かったのです。」
「その後、町からは今まで漂っていた邪気が消えたんですよ・・・」
「悩みを持った町人も、頭に掛かった靄が取れた様に晴れやかに変わったんです。」
「それは、呪いみたいなモノだったという事か?」
「はい、残った死体は、すぐに干からび白骨化しておりました。」
「その姿を見た町人は、昔、山で行方不明になった婆さんだと・・」
「臭うな・・・」
「まぁ、それで美斉、お前はお前の師に破門を言い渡されたのか?」
「はい・・・」
淡々と話される、彼女の経緯には同情以外は存在しない。
そして、会話の節々には彼女の想いが感じ取れた。
僕は、アリシアに視線を送った後、俯く彼女に声を投げた。
「だったら、伝えなきゃ。」
「言わなきゃダメだよ。君の気持ち。」
「大切な師匠なんでしょ?」
彼女は、顔を上げる。
そして少し紅潮した頬のまま、眉を顰め僕を睨む。
その瞳には、淡い涙が浮かんでいた。
「伝えに行きたい・・・」
閑散とした町の空には灰色の雲が覆っている。
静かに吹く風は、篝火を静かに揺らめかせた。




