11(187).真実と決意
店内には、独特の音楽が仄かに聞こえる。
弦楽器の音色が美しく、煌びやかな中に儚さを感じさせた。
僕は、目の前に置かれた、麦の香が漂うお茶を一口の含み、口を潤す。
周囲では、甘茶を楽しむ2人の姿。
僕は、呀慶に旅の目的を告げ、封印について尋ねた。
すると彼は、過去の戦争で見知った事を話す。
それは、僕がルーファスやファラルドに聞いた話だった。
「それじゃあ、魔王って・・・」
「フフッ、たぶんだが、お主がやり合った瀬織の兄だ。」
「・・それよりもだ、大事な事はお主らの追っている男の事だ。」
「その者は、私が追っている者と重なる。」
「・・・名は、リューゲで間違えはないな?」
「はい、僕の追う・・僕の・・父親の名です。」
呀慶は、いつに無く真剣だった。
僕達は、腕を組み思いを巡らせる彼に質問を続ける。
そこには、甘茶に意識を奪われるアリシアの姿は無い。
「それでは、やはり封魔の珠を・・・」
「呀慶殿、他に何か貴方が話せる情報はないか?」
「そうだな・・下手には言えん事もあるが・・・」
「崑崙の帝に謁見できるように取り計ろう・・・」
「そうすれば、蓬莱への渡航許可が得られる。」
「お主らは蓬莱へ渡り、我が主君である蓬莱の帝に会うべきだ」
進む話に、アリシアは、彼の真意を探る。
しかしそれは、意外にも簡単だった。
「呀慶殿、蓬莱で何が分かるというのだ?」
「我々の目的は、ルシアの父親だぞ。」
「あの男の行動は、何に繋がるというのだ?」
彼女の言葉に頷く白狼は、腕を組んだまま話を続ける。
それは、彼のここ数年の旅の話だ。
「私は、驍宗と共に西の調査をしていた。」
「そこで、あの戦争に出くわしてな・・・」
「結果は、お主らに話した通り、封魔の宝玉が消えた。」
「そして、数年が経ち、ある宗教が業を集め、その力と共に消えた。」
「私は、この両方にリューゲが関わていると踏んでいる。」
「それにな、最近は碌でも無い技術が横行しているのだ・・・」
「碌でもない・・・それは?」
顎を触り少し悩む白狼は、天井を眺める。
それに対し、視線を向けるアリシア。
ひと時の沈黙の後、彼は言葉を続けた。
「常世・・そうだな、ダンジョンに現れる理性無き者は分かるか?」
「例えば、お主ら西の冒険者が、魔獣や魔物と呼ぶ者達だ。」
「あれはな、悠久の時を経て形を持った魂といえばいいだろうか・・・」
「とはいえ、全てがそうではないがな・・・」
僕は、彼のこの言葉に何か納得したものがあった。
それは、馬観たちの集落で感じた事や、あの時のドワーフとの戦闘で感じたモノだ。
僕は、何かに急かされるように、呀慶に問いかける。
「それじゃあ、あの男は、何を呼び起こそうって言うんだ?」
「ただのヒューマンに何ができるって言うんだよ・・・」
「ルシアよ、はやるでない・・・」
「私はな、お主の父親が、お前の思う様な存在を解き放てるとは思っていない。」
「しかし有ったところで、私や驍宗は、それを止めなければならないのだ。」
「それは、たかがヒューマンの所業であろうともな・・・」
呀慶は、項垂れる僕の肩に手を置く。
そして、強い眼差しで優しい視線を投げる。
「ルシアよ、私は必ず止めてみせよう。」
「だが、一人では何も出来ないお前と同じ人間だ・・・」
「お前達も出来る事をして欲しい。」
「それは、私達と共に戦う事なのかもわからぬし、そうではないかもしれぬ。」
そこに、アリシアは、呀慶の予想する状況に質問を投げる。
その表情は、何処か不安を通り越し絶望を感じさせた。
「なぁ、呀慶殿。貴方が考える未来とは・・・」
「止めなければならない未来とは、神の顕現か・・」
彼は、視線をアリシアの足元へと移す。
しかし、そこには強い意志が感じられた。
「・・・そうだ。」
「2日後、帝に謁見できる様に動こう。」
「待っておれ・・・お主らは、まず蓬莱へ渡ることを考えろ・・・」
「ルシア、お前の言う様に、あの男はただのヒューマンだ。」
「いくら、鍛錬したところで定命の域は越えられん。」
「定命の者では、神など降ろす事は叶わんよ。」
呀慶は話をまとめ、僕達を宿へ返した。
僕達は彼の言葉を胸に、夕日に染まる目抜き通りを進む。
横を歩くアリシアの表情は、やはり暗い。
それは伝播し、肩掛けに佇むラスティも、彼女の顔を不安に見つめた。
僕は、その空気を振り払う様に彼女手を強く握る。
「大丈夫だよ、アリシア。」
「僕が守る・・・君もラスティも・・」
「もう、悲しい顔はさせないよ。」
それでも僕は、彼女に視線を向けることは出来ない。
赤く染まる太陽に、自分の無力さを見透かされた様に感じた。




