10(186).繋がる世界
小猫は、ベットの上に流れる銀色の濁流と戯れる。
その流れは、時に清らかに、時に荒れ狂う。
そこは、窓から差し込む陽の光を反射し、彼女の興奮を煽る。
彼女は、体勢を沈め、目標を定めた。
流れる光は、縦横無尽に駆け巡る。
それは、彼女の腰を高くさせ、左右に動かす。
そして、時は来た。
「いったーーー!!」
「・・・ラスティ、なにをするんだ。」
「・・・光がアリシアを襲ってたんだよ・・」
「・・・ごめんなさい。」
俯き両手を前に組み、気を落とす小猫。
それを見つめる女性は、一息吐くと彼女に笑顔を贈る。
「・・怪我はないか?」
「うん・・・アリシアは?」
「あぁ、大丈夫だ。」
「光から救ってくれて、ありがとう。」
「うん。」
「フフッ、あまり髪でじゃれるなよ。」
寝起きの女性は、突っ込まれた後頭部を軽く揉む。
そして、同じように小猫の小さな後頭部を揉む。
それは、次第にじゃれ合いに変わった。
「ここに憑りついていたのか? この小悪魔め! フフッ」
「くすぐったいから、やめろぉ!」
「ここにも、小悪魔が巣くっているじゃないか・・ウリウリ。」
「フフフッ、ここもだなぁ・・・ハハハッ」
ボサボサのアリシアは、飽きることなくラスティをいじくりまわす。
それに対し、意外にもラスティは咬みつくことは無かった。
紅茶を飲みながら一部始終を眺める僕は、完全に空気と化している。
そして、ひと段落したところで声を掛けた。
「起きたかい・・・悪魔祓いのアリシアさん?」
彼女はハッとして、こちらに視線を送る。
静かな空気は、彼女の体温を高めていった。
そして。彼女は壁を向き、何食わぬ空気を漂わせ着替えを始める。
僕は、そんな背中から視線を外し、表情を崩した。
「アリシア、朝ごはんどうする?」
「朝の事なんだけどさ、董巌の件で知り合ったスコルの僧侶?がね、」
「一緒にお昼どおって・・・奢ってくれるって言ってたんだ。」
「着替えたら行こうよ。」
「私もいいのか?」
「ダメなわけないでしょ・・いつも一緒って言ったじゃん。」
「だから一緒に行こ。それに、彼も会いたがってたよ。」
「よくわからないが、分かった。」
「・・・で、その芳ばしい香りは、昨夜のアレと同じか?」
僕は、彼女の髪に櫛を通す。
視線の先には捻じれた揚げ物を頬張る女性二人。
その表情は、幸せそのものだが、僕はラスティを諭す。
「お昼食べられなくなっちゃうよ?」
「・・・うん。」
彼女は、少し齧った”よりより”と呼ばれる揚げ菓子を僕に差し出す。
そして、アリシアの肩掛けに入る。
その肩駆けの持ち主も、それを見て少し自粛するかに見えた。
しかし、僕に視線を飛ばす。
「残しては、いけないな・・・」
「私が責任をもって処理をしよう。」
僕は、ため息をつくも、彼女達を連れ、待ち合わせた食堂を目指した。
目抜き通りは、昼時のためか人の往来が激しい。
僕は、アリシアの手をしっかりつかみ彼女達を先導する。
そして無事、目的の店へたどり着いた。
見るからに高級そうな扉をゆっくりと開ける。
するとそこには、領主館の様な調度品で装飾された空間。
そして、笑顔で迎え入れる受付嬢の姿。
「いらっしゃいませ。 ご予約のお名前を頂けますか?」
僕は、今までにない危機を感じた。
それは、どの戦場よりも鼓動を早くさせる。
そして、喉はカラカラだ。
意を決し、思い出された名前を告げる。
「が、呀慶さんが待っていると思うのですが・・・」
その弱々しい声ですら、彼女の笑顔は崩れない。
そして、彼女は僕達の事を給仕に告げ、確認を取らせた。
僕は、何気ない事に達成感を感じ、心が落ち着くを取り戻す。
少し経つと、確認を終えた給仕が戻り、受付嬢へ告げる。
「確認が取れました。それではご案内いたします。」
僕達は給仕に付き従い、部屋へと案内された。
そこには、待てをされる事なく食事をする白狼。
「おぉ、来たか。待っていたぞ・・・」
「遅いので、もう始めてしまっていたな。」
「まぁなんだ・・お前たちも喰え。」
「・・・給仕を呼ぶから、好きな物を頼むといい。」
彼は、笑顔で食事を勧める。
そこに並ぶ物は、北洲でもあった料理に加え、蝦餃などの海鮮を使った点心。
そして、蒸し蟹、魚介のスープ、魚の煮つけなどが机を彩った。
どれも、濃厚な味付けで、甘酸っぱいものが多い。
それは、食欲を促進させる。
僕は一口運び、呀慶に質問を投げた。
「ここの料理は、猫族でも大丈夫なの?」
彼は、その問いに笑いを返す。
それに対し、アリシアは眉を顰める。
「すまない。そういう意味ではないのだ。」
「ここの者は皆、スコルかケットシー。」
「お主らも見たであろう。」
「それに、私も喰ろうておるぞ。」
「ハハハッ、やはりおもしろいな。」
「まず、喰え・・・話はそれからだ。」
僕達は、彼に勧められるままに食事をとった。
僕の横には、満足そうにお腹を膨らます2人の女性。
それを豪快に笑う白狼は、最後に甘味を注文する。
運ばれてきたのは、杏仁豆腐。
それを喜ばないモノは、ここには誰もいなかった。
食事を終え一服すると、呀慶との会話は本題に移る。
それは、僕達の歯車が世界と繋がり動き出した事に他ならなかった。




