8(184).水墨の心
大河の川音と朝日の爽やかさが憎い。
僕は、新調した鎧に手を通す。
それは、一部を除きしっくりくる。
僕のため息は、魔力と共にそれに喰われた。
僕達は朝餉をゆっくりととり、宿を引き払う。
大河の桟橋には、大小様々な船舶が停泊する。
僕らは、崑崙の首都である悠安へ向かう船を探した。
「すいません、これは、悠安まで向かいますか?」
「んっ、あぁこいつは行かないよ・・・」
「あっちのでけえ船なら行くんじゃないかな?」
「嬢ちゃん、気を付けて行けよ。」
気の良い水夫は、僕に爽やかな笑顔で手を振る。
僕は首を掻き、空の笑顔で頭を下げた。
そして、残る二人と合流し、大きな船へと乗船。
少し経つと、銅鑼の音と共に船は動き出す。
少しづつ小さくなる北洲の街。
賑わう甲板は、様々な想いで溢れていた。
想い人の為に働く者や、自身の為に働く者。
想い人と共に楽しむ者と様々だ。
流れに乗り進む船は、大洋の物に比べ少し揺れる気がした。
「ルシア、アリシアが買ってくれたよ。」
小猫はヒョコヒョコと串物を2本持つ。
僕は、万遍の笑みを溢す彼女を抱き上げる。
その笑みの元は、既に彼女の口元を香辛料で色ずけていた。
「ルシア、こっちあげる。」
彼女は、笑顔のままで香辛料の香りがする肉の串焼きを手渡す。
それは、唐辛子やクミンの鼻を衝く香りの中に独特な肉の匂いがする。
肉自体に癖があるが、悪くはない。
がだそれを香草の香りが打ち消し、客層を増やす。
一口噛めば、口に広がる肉汁の旨味を、香辛料の甘辛さが引き立てる。
「ここにいたのか。」
「探したぞ・・・」
僕は、小猫に追いついたアリシアに眉を顰めた。
その姿に、少し俯き上目づかいのアリシアは1つ咳払い。
「んんっ・・・その・串を見つけたんだ。」
「美味いだろ?」
「それは、羊の肉だそうだぞ。」
彼女もまた、少し唇がてかっていた。
それでも、袋には、まだ数本の串がある。
僕達は甲板から、流れゆく景色を楽しんだ。
そこには、リヒターの様に自然と調和する人々の暮らし。
それは、野生のままに残る大自然と共に生きる世界。
大河を流れる強い風は、優しくアリシアの髪で遊ぶ。
そして、羊肉の芳ばしい香りと共に遠くへと流れていった。
そんな中、甲板は騒がしくなる。
「おめぇ、あたしのメシとるなやぁ~」
「おめさんが、ノロマなだけだろ。」
「ハハハッ、悔しかったら追いついて見ろ!」
クールマの少女は、ハヌマンの少年を追う。
そこにレプス(兎獣人)の少女が加わりさらに激化。
「アンタは、いっづも少し遅れるんだぁ。」
「まぁそれもアンタのいいところだけっどもね。」
「・・・アタシにまかせ。」
「ありがとうね。」
彼女は釣り竿を振り上げ、ハヌマンの少年を追う。
「返しなさいよ、この申候!」
「バカ、あぶねぇだろよそれは・・」
ハヌマンの少年は首に掛かる麦藁帽を被り、それに備える。
しかし、レプスの少女は振り上げた釣り竿を斜めに払う。
それは、彼の背中をとらえた。
「いってえな、糞女!」
「アンタが悪いんでしょ。泥棒猿!」
繰り返される攻防は甲板を駆け巡る。
そこには、追い駆け合うだけで、怒りや悲しみなどはない。
それを見るクールマの少年は、どこか楽しそうだ。
「わがったよ、俺がわるかったよ。」
「・・・ほら、饅頭返すよ。」
隅に追い詰められ、観念した子ザルは子亀に饅頭を返す。
子亀は、それを3つに分け2人に渡す。
そんな3人の若い冒険者の空気は温かく、それを見守る人の心を癒した。
船は、人の想いを乗せ大河を下る。
夜は明け、霧立ち込める世界。
そこには、以前より少し小さい音の樋鳴りと1人分の足音。
僕は、いつもの鍛錬を終えた。
そこへ、小猫を抱くボサボサ髪の女性。
「ふぁぁ、相変わらず早いな。」
「おはよ、アリシア。」
「すごい霧だね。」
彼女は手櫛で雑に髪を整えながら、手すりまで歩く。
流れていく風景に、少しずつ光が満ちる。
そこには、美しい世界が広がった。
塔の様な山々と、それにかかる雲。
そして、その存在を強調するよう広がる霧が這う大河。
「ルシア、すごいな・・・」
「そうだね・・・綺麗だね。」
「ラスティも見えるかい?」
アリシアに抱えられた小猫は、言葉無くそれを見つめる。
そして尻尾の先を小さく左右に振った。
「ルシア、早起きもいいモノだな・・・」
「そうだね・・・僕は、みんなで見れて嬉しいよ。」
幻想的な光の悪戯は、ごく短い時間で幕を閉じた。
そして、いつもの雄大な大自然が目の前に現れる。
僕は刃先の折れたレイピアの柄頭を撫でた。




