7(183).一つの日常
北を向くと遠くの空を巨大な影が流れる。
それは、悠然と何者にも臆することなく消えていく。
そんな世界を小さな猫は、チョコチョコと先を進み、振り返りまた進む。
その姿に、口元を緩ませる女性は、夕日に美しく映る。
小さな彼女の向かう先に現れた門は大きい。
そこから伸びた行列に僕らは並ぶ。
「ラスティ、こっちへ来い。」
アリシアは屈み、彼女を肩掛けに誘う。
彼女はピョンとひと飛びし、アリシアへ抱き付く。
「フフフッ、こら、こっちじゃないだろ。」
「フフッ、袋よりこっちの方が落ち着くもん。」
「・・・お前は。」
アリシアは、片手で彼女のお尻を支え、残る手で抱きしめる。
その光景は、他愛もないよくある光景だ。
しかし僕達は、かなり浮いている。
西の服で、それは災害にあったかのようにボロボロだ。
その為、門兵の視線も少しきつい。
「次・・・お前ら、街への目的はなんだ?」
「ギルド依頼の達成報告に来ました。」
その言葉に、怪しむ彼は、依頼書の提示を求める。
僕は、よくある流れに従う。
その後、門兵は表情を変えることなく列を進ませた。
日は沈み、北洲に夜のとばりが落ちる。
賑わめぬ気通りを一歩抜け、飲食街へと足を延ばす。
食事をし、寝床を求めた。
旅の疲れからか、気が付くと日は昇り、大河のせせらぎが気持ちいい。
窓際の机には、アリシアが座り本を読む。
「おはよう、ルシア。」
「おはよ、アリシア。」
「今日は、早いね・・・」
そこには、不思議そうな表情を浮かべ傾けられた顔。
そして、窓から戻るラスティの姿。
彼女の背嚢はパンパンで、その横に固定された串物
「ただいま!」
「すまんな。ラスティ。」
「アリシアは、攫われちゃうからいいの。」
小さな淑女は、少し背伸びし、鼻を鳴らす。
そして、机に戦利品を並べた。
既に太陽は真上を過ぎている。
3人でゆっくりと昼餉を取り、商店街へ向かった。
僕達は、沙岸から戻り幾つかの依頼をこなしたので懐は温かい。
僕は、まず彼女達の衣服を探すことにした。
何件かは、門前払いで入店すらできない。
それでも数件巡るうちに、服装は整っていく。
アリシアは、その肌の色、髪の色に合う様にと服を新調。
それは、青色を基調とした深衣と呼ばれる衣装だ。
構造は、見た目ほど複雑ではない。
上衣と裙を腰で合わせたもので、
腰から下を丈の長いスカートの様にゆったりとさせる。
彼女は、ボロボロの服と別れ、嬉しそうに裾をはためかせた。
それを見る2人の顔も明るい。
「ルシア・・・少し高いが、いいのか?」
「うん、似合ってるよ。」
僕は、俯き顔を赤らめる彼女を連れ、次の店を探す。
そこは、小さな種族の為の店。
服を新調したアリシアは、小さな淑女の為に服を選ぶ。
そこには、彼女と同じ様な服もあるが、元気な淑女には持て余す。
結果的に褲褶と呼ばれる服に落ち着く
それは、褶と呼ばれる丈の短い上衣に、褲と呼ばれるズボンをはいた姿だ。
それは何処にでもいる子供の姿。
アリシアの選んだ象牙色の褲は少し丈が短く、彼女も動きやすそうだ。
褶には、薄い橙色に彼女の好きな明るい薄黄色が差し色となった物を選ぶ。
それは、彼女が4足で歩いても引きずることは無い。
「ありがと! アリシア、ルシア。」
笑顔を溢す彼女は、アリシアの胸へと飛び付く。
その二人の姿は、僕の心の癒しになった。
残るのは、僕の服だが、正直どちらでもいい。
しかし、アリシアは、玩具でも見つけたかのように連れまわす。
どの店も、どちらかというと女性向け。
何件か過ぎ、彼女たちが飽きる頃、ようやく武具屋へ入った。
店主は、視線を向けず声だけで対応する。
「いらっしゃい。」
「鎧を見せて欲しいんだ。」
その言葉にようやく視線を向け店主は鼻で笑う。
そして、視線を戻し眉を顰める。
「子供用なんて、この街には無いよ。」
「・・・しかし、魔力は有り余ってるって感じか。」
「小娘、ちょっと来い。」
店主は舌を鳴らしながら、僕達を奥へ誘った。
そこで足取りなど読み取ることは叶わない。
それは彼が、エキドナ(蛇獣人)だからだ。
奥には幾つかの試作された鎧が並ぶ。
彼は、有無を言わさず僕の体に合わせる。
「まぁ、サイズは丁度良い。」
「しかし、胸がさみしいな・・・」
彼は、僕を舐める様に見ると、あらぬところで視線を止める。
そしてため息をつく。
「なんだよ、男か・・・」
「まぁ、なんだ。 似合ってはいるぞ。」
「・・・買うか?」
僕は、流され続けた結果に、ため息をつく。
そして、鎧の作者に性能を尋ねた。
「・・・これは魔獣の革くらいの性能はあるのかな?」
それを聞く店主は、眉を顰め睨みつける。
そして、胸を反らし説明を始めた。
「馬鹿言え! コイツはな、ヴィーヴルの鱗を使った鎧だ。」
「魔獣なんぞちんけな革、比じゃねえよ・・」
「と言いたいところだが、魔力を喰わせなきゃならねえんだがな。」
歯切れの悪い説明に、苛立つアリシア。
そして、死んだ目で、彼を見つめるラスティ。
「で、どうなんだ。魔獣の革より良いのか悪いのか?」
「ハッキリしなくては、こちらは選びようがないではないか。」
「ハハハッ、ちげーねえな。」
「おい小僧。こいつに魔力を流してみな。」
僕は、店主に言われるがままに、魔力を流す。
それは恐ろしい勢いで流れた。
しかし、僕の魔力総量に比べたら些細なことだ。
「小僧、俺の目には間違いはなかったな。」
「この状態を維持出来りゃあ、魔剣でも簡単には気づ付けれねえよ。」
「私の弟子を見くびるな。」
「ルシア、辛く無いなら買っていけ。」
「フフッ、相変わらず見た目は女物の鎧だがな・・・」
僕は、ため息をつきオヤジに質問する。
だが、返る言葉に欲しい答えは無い。
「ねぇ、店主さん。これと同じ材質の男物はないのかい?」
「ハンッ、ねえよ、そんなもん・・・」
「なんで、男が男用の鎧なんざ作らなきゃいけねえんだよ。」
「馬鹿かテメェは? 悩むんなら、女の事で悩みてえよ・・」
「・・・まぁ、男物があったとしても、ガタイ的に無理だろお前。」
「ちょうどいいじゃねえか・・・コイツは扱える奴も、そうはいねぇ。」
「酔った勢いで作っちまって困ってたんだ・・・安くしとくぜ。」
僕のため息は続く。
その視線の先には、胸元が少し空き、調整して、なお胸部が少し膨らむ鎧。
それは、確かに性能と価格を見ればこれ以上はないだろう。
「フフフッ、可愛いではないか。」
「私は好きだぞ・・フフッ。」
僕は、主人に胸部をもう少し調整させる。
そして、六角形で縦長の盾も一緒に購入を決めた。
店主は、店の前まで僕らを見送る。
その姿に僕は思う。何故、武器屋のオヤジ達は女物を推すのかと。




