5(181).五荘洞の女仙
1人の僧は、未だに騙されたとは感じていない。
それは、優しさからではない。
ただ、相手を知らず、そういうモノだと認識しているだけだ。
「して、女。病の母とはどこにおるのだ?」
「お坊様・・・母は奥で床に伏しております。」
「お坊様は、ククッ、どうか、その部屋で祈祷なさってくださいまし・・・」
「そうか、では続けるとしよう。」
中年の高僧は、目を瞑り護摩を続ける。
それは、大きくはない部屋の中で温度を上げ、僧自身の体力を消耗させた。
部屋の外では、妖艶な女性が嫌な笑みを浮かべ、僧が弱ることを望む。
そこは、沙岸より西にある千寿山五荘洞と言われる寺。
その内苑には魔力を帯び不思議な形をした果実がなる木が生えていた。
参道を静かに進む3人の獣人達。
しかし、先頭を歩く美しい赤毛の猿獣人はブツブツとつぶやく。
「糞坊主様・・・糞坊主様・・・死ねばいいのに・・」
その呟きを耳に入れるオークは、ため息交じりに彼女を諭す。
しかし、その事は彼の行動により届くことは無い。
「おい美斉よぉ、クチャクチャ。」
「ちったぁ、師匠を大事にしろよ。」
「いつまでたっても、お前そのままだぞ。」
「クチャクチャ。ゲップ・・」
饅頭を口に運び、音を立てるオークの男。
それを、完全に無視する美斉。
その姿に、ため息を吐く、亀の獣人。
「アータ達、おっ師匠様がいないとダメよね・・・」
「ほんと仲悪い・・・」
ただでさえ気の遠くなる程の石段が、さらに長く感じる。
彼らは、ゆっくりとだが着実に山頂の寺を目指した。
僕達は、町長の家で、彼の親である長老から話を聞いていた。
件の女仙は3年前にこの寺に入ったという。
当初は、町とも良好な関係だったそうだ。
しかし、2年前のある時を境に彼女は変わった。
そして、天災に見舞われたある日から、彼女は要求をする様になったという。
それは次第に、ひどくなり、半年も経つと人を要求するようになった。
長老は、話し終え俯き、その顔に刻まれた深い皺に涙を伝わせる。
僕は、長老の手を取り依頼を受けたことを伝えた。
「そうですか、娘さん・・・どうか、町を救ってください。」
僕は、一部を否定する空気ではない事を理解し、山へ向かうことにした。
山へ向かう中、アリシアは僕に声を掛ける。
「ルシア、お前どうやって戦うんだ?」
「・・・私の剣を使うか?」
僕は、そういえばと空に眺め腕を組む。
足を止める事なく考える僕は、答えを出せないまま五荘洞の前に到着した。
僕は、後ろに控えるアリシアに笑顔を返す。
「着いちゃったね・・・」
「まぁ、どうにかなるよ、レイピアはあるわけだしね。」
「お前が、そういうならいいんだが・・」
「無理はするなよ。」
アリシアは、僕の頭を軽く撫でる。
そして、ラスティへ声を掛けた。
「ラスティ、お前は私の後ろに居ろよ。」
「うん。ウチは、アリシアのフードにいる。」
僕達は、正面の扉に集中する。
そして、扉をノックっくした。
「すいませーん!」
「黄風彩君はおられますか?」
そこに返答はないが、静かでは無い。
中からは、爆発音や、物が崩れる大きな音。
僕は、後ろに控えるアリシアに視線を飛ばし、扉を蹴破る。
中では、3人の獣人が、美しい女仙と戦闘を繰り広げていた。
「おいおい、俺の饅頭・・・土だらけじゃねえか!」
「ったく、年上なら、ちったあ物の在り方を大事にしろや。」
釘鈀で女仙の爪撃を受け止める巨大なオーク。
そこには、金属に爪を立てる様な嫌な音が響き渡る。
音に対し目を細めるオークは、その巨大な筋肉をさらに膨れ上がらせた。
そこに、赤毛のハヌマンも棒を片手に飛び掛かる。
女仙は二人相手でも、その動きは彼らと見劣りすることは無い。
赤毛のハヌマンは声を張り上げる。
「沙簾、剛蓬ごと、おやりなさい!」
「相変わらずね、アータ・・・」
「おっ師匠様に嫌われるわよ、そういうトコ!」
「剛蓬、避けなさいな・・・あっ。」
後衛で控えた緑の生物は、魔力を高め印を結ぶ。
そして、水撃がオーク諸共女仙を襲う。
それは、女仙の片手から血を流させるも、オークの肩を掠めた。
「おい、亀頭!」
「猿を窘めながら、当ててんじゃねぇよ。」
僕は、その無茶な様で連携した動作に一時見とれてしまった。
そんな僕を、アリシアは現実に引き返す。
「ルシア、我々も加勢するぞ。」
「あの女・・・何か隠している。」
僕達は、戦士達の援護に向かう。
そこは、見た目以上に重い空気が張り詰めていた。
僕は、魔力を両手に乗せ、女仙の術の発動を止めに入る。
「なぜ、発現しないの・・・」
「ババアだからでは、ございませんか?」
「剛蓬、そのままおさえておきなさい。」
赤毛の猿娘はオークの背中を駆け上がり空中で棒を強く振り上げる。
そして、一瞬小さな笑みを漏らす。
「起きなさい、如意金箍棍)!」
彼女の一声で握られた棍は、魔力を喰らい質量を増す。
そして、彼女は重力と共にその質量で女仙の頭部を叩き潰す。
しかし、女仙は倒れない。
そこには、嫌な空気がさらにどす黒く渦巻ていた。




