38(176).漢の娘
光から解放され、静かな部屋へ向かう。
小さくなる歓声はどこか心を癒す。
達成感の無い無情さは、不甲斐なさを強く感じさせる。
僕は、明るい顔で扉を開ける事ができなかった。
小さな淑女は、その姿に涙した。
「ルシア・・ボロボロだよ・・」
「ごめん、ラスティ・・」
「アリシアはまだ・・・・」
「ルシア・・・ウチ、ルシアの体が心配だよ。」
「またボロボロだよ・・血だって出てるし・・」
彼女は、僕の頬を触り、小さな手を血でにじませた。
僕は、その手を優しく握る。
「ありがと、ラスティ。」
「・・・僕がこんなじゃ、ダメだね。」
僕は、彼女に状況を伝え、移動する準備をした。
彼女は、せわしなく動くが、その力では容易に荷は動かない。
それも、必死に準備する。
その姿に僕は助けられた。
半時ほど経ち、僕達は闘技場を出る。
そして、装飾の施された馬車に乗せられた。
馬車は、目抜き通りを進み城下から城門へと進む。
そして、馬車は止まる。
冷たい視線が、僕に刺さる。
「降りろ、ここからは歩きだ。」
「私について参れ。」
奉蘭は、僕を引き連れ、階段を上がっていく。
そこには、石垣に築かれた門、そして巨大な城。
下層と上層では、その構造が違う様に思えた。
呆然と見つめる僕に、奉蘭は冷たい視線を飛ばす。
「貴様は、下郎か・・・」
「さっさと付いて来い、私は暇ではない。」
内部は不思議と西を感じさせる部分もある。
しかし、全てにおいて異国の文化を感じさせた。
そして少し進むと、段差があり少し高くなっている。
そこは、石畳から板へと変わっていた。
「おい、下郎! 靴を脱げ。」
「どこの山猿だ貴様は・・・」
僕は、ここに来て何度も罵倒されている。
これが、文化の違いなのだろう。
ラスティも少し困惑していた。
僕は彼女を撫で優しく囁く。
「ラスティ、隠れてて。」
「君の事は必ず守る・・・約束だ。」
僕は、彼女の温かさを首に感じならが、靴を脱ぐ。
そして、言われるがまま奉蘭に付き従う。
そして襖と言われる扉の前で止まる。
「董巌様、ここに連れて参りました。」
「で、あるか。入れ。」
襖の向こうからは、あの忌々しい声が聞こえた。
僕は、拳を握る手に力が入り、血がにじむ。
そして、襖は左右に開かれる。
奥には2人、その左右に1人づつ。
「アリシア!」
「控えい! 大殿の御前にあるぞ。」
僕は、横から膝の裏を奉蘭に蹴られた。
そして無様にその場で跪く。
眉を顰め、唇を噛む。
そして板の間に爪を立てた。
「よい、奉蘭よ。しておけ。」
「彼奴は、これで優勝しおった者じゃ。」
「のう、小娘。・・・ 近う寄れ。」
顔を上げると、部屋の奥で胡坐をかく男の顔には圧があった。
その横でくつろぐ女性。
そして、手前にはアインの主人と、拘束されたアリシアが控える。
僕は、感情を押し殺し、董巌の指示に従う。
「小娘。儂が憎いか?」
「ガハハハハッ、力なき者は、憎む事すら烏滸がましいわ!」
「・・・なんだその目は。 ほれ、言うてみぃ。」
煽る様に、笑う董巌。そしてクスクスと笑うその妹。
僕は、立ち上がり、董巌達を睨みつける。
それに腹を立てる奉蘭は、また蹴り倒そうと動く。
しかし、これでも僕は優勝者だ。
それを躱し、軸足の膝の裏を蹴り返す。
虚を突かれた奉蘭は体勢を崩す。
そして、迫りくる美しい顔に魔力のおびた掌底を見舞う。
彼は、昇天しかけた瞬間、後頭部で襖を横から数枚ぶち抜く。
「はぁわぁ・うぁああ・・・」
「いい加減にしろよ。」
「アンタらは、強欲過ぎる。」
「それでも、人を統べる王か!」
僕は、怒りに任せ、董巌へ声を荒げた。
それを見つめる男は、目を輝かせ睨みつける。
それは、その存在に相応しい威圧感があった。
「ほぅ、小娘。 竜人族の王に物申すか?」
「して、王が強欲で何が悪いと申す?」
「アンタみたいな奴がいるから戦争が起こるんだ!」
そこには鋭い眼差しで、こちらを見据える男の姿がある。
それは、笑いなど一切ない。
場には、張り詰めた空気が流れた。
「小娘。 戦が嫌いか?」
「僕は、男だ!」
「戦争なんて起きない方がいいに決まっている!!」
僕は、今まで見た戦争の悲惨さ、
そして、その渦に巻き込まれ死んでいった者たちを思い出す。
そして彼らの想いを、今までの鬱憤に乗せぶちまけた。
しかし、それを聞く董巌は、堰を破ることは無い。
「で。あるか。」
「小娘。 戦を否定しても良い。」
「じゃがな、それは技術革新を否定することぞ。」
「技術は、民の生活を豊かにする。」
「人は、豊かな王の元に集まり、王は民へ力を与える。」
「ソレのどこが悪い。」
「力ない者は何も残らぬ・・・」
「小娘・・・いや、小童だったか。」
「貴様は戦をなんとする。」
董巌は、その強い眼差しで僕を睨みつける。
僕の手は汗だくだ。
彼の言葉にも真理がある。
しかし、僕にはミーシャと求めた世界がある。
「戦争で民が苦しむ事が、彼らの求める世界ではないでしょ!」
「人は手を取り合って進むべきではないのか!」
董巌は威圧はそのままに、口元を少し緩める。
しかし、そこは戦場と変わらぬ空気。
「フンッ、それは知れた事。」
「理想論など価値はない。」
「しかしな、我が民は死なぬ。」
「 死地に向かうは、我ら貴族のみじゃ。」
「我らは死しても民を守る。それが平時の興との折り合いじゃ。」
「そんなこと・・・戦わなければ不要でしょ!」
董巌は、並行する僕の意見に苛立ち、立ち上がる。
そして、飾られた打刀を握りしめた。
威圧は、殺気に変わりるも、場の空気はギリギリで保たれている。
「言いよるわ、お主も男ならその身で示せい!」
董巌は刀を抜き放つ。
その刀身は赤い宝石の様に美しく、そして妖気を放つ。
横では、拘束具に阻まれたアリシアが暴れるも何もできない。
僕は、その姿に正気を失う。
「お前は、人の命をなんだと思っているんだ!」
僕は、レイピアを抜き放ち刀身に赤紫の焔を灯す。
そして、レイピアを前に半身に構えた。
その間に、董巌は音も無く間合いを詰める。
「小童、図に乗るな!」
僕は顔を掴まれ、対面の部屋の奥まで投げ飛ばされた。
そして、それを追う様に斬撃が飛ぶ。
僕は片膝立ちでそれをいなすも、数発は鎧を切り裂いた。
「伊達に、勝者ではあるまいよ・・」
息をする僕を見据える顔には余裕がある。
僕は、構え直し、深く息を吐く。
それは、師匠の抜刀の型。
表情を読み、動きを読む。そして、魔力を読む。
僕は、迫りくる董巌の大上段からの斬撃に合せる。
それは、激しい魔力のぶつかり合い。
そして、激しく、甲高い金属音。
宙には2つの刀身が舞う。
そして、二本の刃が、畳に刺さった。
「ミーシャ・・・」
美しいレイピアは、その刃で僕を守った。
それは、相手も同じこと。
赤い宝石の様な刃は、畳に食い込むも怪しく光る。
「興ざめじゃ。」
「しかし、貴様は漢だったか。」
「この破片、くれてやるわ。」
董巌は、刺さった刀身を抜き僕へ軽く投げる。
そして、元の座敷へ戻った。
「おい童、さっさとついて来い。」
「報酬の話が残っておる。」
「・・・さっさと起きろや、奉蘭!」
僕を呼ぶ董巌は、戻り際に、横たわる奉蘭を蹴り起こす。
そして、奥へ進み、上座の座布団に腰を掛けた。
彼は、顎で奉蘭に指示し、アリシアの拘束を外させる。
そして僕に声を投げた。
「月山のジジイなら、直せよう。」
「お前の言う世界・・・」
「そうじゃな・・・わしに貴様の生き様を見せてみぃ。」
「その女もお前に預けておく。」
その言葉に激昂するアリシア。
しかし、魔法は使えない。
「私は、おまえの女ではない!」
彼女は鬼の形相で、づかづかと上座へ向かう。
僕は、その姿に警戒する奉蘭を睨む。
彼女は、王の横でくつろぐ女の胸ぐらを掴み持ち上げる。
そして、わめき散らす女の顔を殴り飛ばした。
「さっさと返せ。」
「それは、貴様がはめていい指輪ではない!」
「返さないのなら、その腕ごと持っていく。」
彼女は今までにない殺気を放つ。
そして、ショートソードを抜き、その刃に赤紫の焔を灯す。
それを見る大殿は、どこか満足そうだ。
しかし、その刃を向けられる女は必死に指を外し彼女に掲げた。
「こ・こんなもの、いりませぬわ!」
呂妃は、顔を引きつらせ捨て台詞を吐くが、その身は震えている。
アリシアは、宙を舞う指輪を荒く受け取ると、向ける先の無い魔力を沈めた。
僕は、彼女と王の間に立ち、王を睨みつけ殺気を飛ばす。
「もう僕達に関わるな。」
「アリシアに手を出したら、僕はこの国を亡ぼす。」
「で、あるか。」
「国と女を天秤にかける・・・」
「フハハハハッ、その豪胆さ気に入った。」
「先ほどの暴言、無かったことにしてやる。 さっさといね。」
僕達は城から出て初めて生気を感じた。
そして、僕は彼女を抱きしめる。
「アリシア、ごめん。」
「君を、守り切れな・・・」
その言葉を遮る様に彼女は言葉を重ねる。
そして、傷だらけの腕で精一杯力強く抱き返した。
「ルシア・・・それ以上は止めてくれ。」
「・・お前に会いたかった・・・」
「もう、はなさない・・・」
風は静かに流れていく。
この世から英雄が2人消えた。
家族の為に国を売り賢者と称賛された男と、
国の為に暗黒騎士と蔑まれた男。
僕達の前には、新たな世界が広がる。
折れたレイピアの刀身は、鞘の中で静かに輝き、僕達を見守ていた。




