表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
173/325

35(173).神出鬼没

激しい斬撃が、頬をかすり、盾を削ぐ。

生きた心地のしない状況は2度目だ。

しかし、あれ程ではない。

彼女には、何処か優しさを感じた。


「さぁ、打ってきなさい。」

「アンタが、あの子を想う気持ちをさ!」


遠くの観客席からは、何かを叫ぶ呀慶。

それを無視し続ける瀬織。

それは、僕にとってはどうでもいいことの様に思えた。

瀬織の斬撃は、あまり上段からは来ない。

それは、僕のいなしを警戒している為だろう。

僕は、レイピアを納め腰を落とす。

対して、彼女は嬉しそうな表情でそれを眺めた。


「ふーん・・アンタもできるんだ。」

「剣技ってのは奥が深いのよ・・・」


彼女も同じように刃を鞘に戻す。

互いの鞘は、紫の光を内包し薄っすらと光輝いた。

そこには、観客の歓声など一切ない。

ただ静まり、そして空気が張り詰めるのみ。

地面を擦る音だけが、闘技場に響く。


「瀬織。いい加減にしろ!!」


その呀慶の声をきっかけに全ては動き出す。

一方は姿を消し、一方はその姿勢を更に落す。

金属のぶつかる音と衝撃が広がる。

そこには、鬼娘の刀の下にもぐり、その刃をいなす少年の姿。

そして少年は、盾を鬼娘の脇へ向けねじ込む。

しかし、それを鬼娘は残る腕で止める。

その場に硬直する2人。

その姿に湧き上がる会場。

その後ろでは新たな別の叫び声。


「止まれ! 貴様! 待てと言っているだろ!!」


「待てち言われて、待つ奴がおっか。」


警備に追われる男は会場を見渡す。

そして、董巌を見つけると顔を崩し叫ぶ。


「よう、董巌んの糞おやじ!」

「わしは、自主的に出所すっ!!」

「捕まったんな、おはんらん国ん法じゃ。」

「わしん国では、こん程度では裁かれん。」

「じゃあな、糞おやじ。」


それに続く様に、眉を顰めた呀慶が舞台に向け声を飛ばす。

そして白い包みを僕へ向け投げる。


「瀬織、用は叶った。」

「戦う必要はもうない・・・帰るぞ!」

「ルシア、受け取れ。お前の女の身請け証だ!」

「これで、法的にも奴は何も言えなくなる。」


瀬織はため息と共に緊張を解き、頭を掻く。

それに応じ僕もレイピアを鞘に納めた。


「アンタ、面白かったよ。」

「後は、頑張んな。」


彼女は、打刀を鞘に戻す。

そして両手を上げて宣言する。


「・・・あたしの負けだ!」


場内は騒めき、批判的な声も飛ぶが、その分喜ぶ声も沸き上がる。

その光景を楽しそうに眺める董巌は、手に持つ扇子で自らの足を叩く。


「小娘の勝ちじゃ。」

「だがなぁ小娘・・・」

「そんな紙切れで、どうにかなるとでも思うたか?」

「優勝してみぃ、そうなれば、儂はこの娘から手を引こう。」

「儂は城で待っておる。」


董巌は、席を立ち背を向ける。

そして、家臣に声を掛けた。


「奉蘭、あとは見ておけ。」


「ハッ。」


命がけの綱割が、半分まで進んだ。

僕は、アリシアの身請け証を握りしめ控室に戻る。

背後で沸き立つ会場は好きになれなかった。



沸き立つ会場から逃走する3人。

二人の会話に頭を抱える白い狼は、魔力を込めた言葉を風に乗せる。

街の外からは、応じる様に巨大な獣が彼らの元へ駆けよった。


「久しぶりね、元気だった騶虞(すうぐ)ぅ!」


瀬織は、短毛の白い巨大な虎の頭に抱き付き顔を埋めた。

それを嫌がる様子もなく、自らも寄り添う。

ゴロゴロと音を立てる喉はその表だ。

そんな、和やかな空気など実際には無い。

取り囲む、楼臨の兵士達。

槍の穂先は、三人を取り囲む。


「瀬織、おまんが遊んじょっでだぞ。」


「お前が捕まらなければ、こうはなってない・・」


正面から正論をぶつけられた驍宗は、眉を顰め目を細めた。

しかし、白狼はその圧を受ける気すらない。

二人は、巨獣に跨り、呀慶は瀬織に手を伸ばす。


「来い、瀬織!」


「ありがと・・・呀慶。」

「少しは見習えよ、馬鹿兄貴。」


呀慶は、瀬織を抱き上げる。

そこには、予想しなかった行動に、うろたえる姿がある。

それを見る、驍宗は相変わらずの表情だ。


「が、呀慶なんのつもり・・・」


「昔は嫌がらなかったと記憶しているが・・違うのか?」


「お前も糞兄貴と同じだよ!」


瀬織は呀慶を殴り、その腕から離れ巨獣に跨る。

三人を乗せた巨獣は、周囲の兵士たちを威嚇。

それを宥め、大太刀を構える驍宗。


「騶虞、押して参っど!」


背に乗せた鬼の掛け声に呼応する巨獣。

走り出した咆哮と共に刃を振るう鬼。

正面の人垣は、紙の様に容易く切り開かれる。

その後方では術兵達の魔力の高まる。


「瀬織、糞男に掴まっていろ。」


呀慶は、後方を向き、その魔力の元へ呪詛を流す。

それは、抑揚のない詠唱。

静かだが、頭を離れず、理解できないな言葉の羅列。

走り去る巨獣を追える兵など何処にもいない。

太陽を背に3人と1匹は闇へと消えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ