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34(172).準決勝:鬼手仏心

廊下を行きかう足音。

僕は、目を開け辺りを見回す。

すると横には、小さな淑女が不安な眼差しを向ける。

彼女の表情から、あまり寝ていない様にも思えた。


「おはよう、ラスティ。」

「寝れなかったのかな?」


僕の言葉に、彼女は堰を切った様に涙を溢れさせた。

そして、僕の顔に抱き着く。

僕は、彼女の背を撫で彼女の言葉を聞いた。


「ルシア・・・魘されてたよ。」

「ウチ、ルシアが・・・」


僕は、彼女を顔から剥がし、抱きしめる。

そして、優しく声を掛けた。


「ラスティ、いつだって僕達は一緒だよ。」

「僕は、いつも君を一人にしなかったろ?」


「ウチ・・・」


視線の交わされぬ会話、しかし彼女の小さな腕は、その想いを伝える。

こすりつけられた顔の当たりの温かさ。

そして、届かないまでも回された腕は、僕の心を握りつぶす。

僕は、彼女を撫で椅子に置く。


「ラスティ、ほら見て。」

「僕は元気だよ。」

「ねっ・・・ゴホッゴホッ・・・イッタ・・」


「ウチ、わかるもん・・・」


「アハハッァ・・・大丈夫。」

「今日は、アリシアと一緒にご飯食べよ。」

「・・・約束だ。」


「うん。」


痛む体に鞭を打ち、僕達は朝餉をとった。

彼女の用意したそれは、初めてながら相手への想いが感じられる。

味などは、想いに追従するものだ。

それは、昨日の食事の何倍も美味しく思えた。

そして、時間は過ぎ、呼び出しの鈴が鳴る。


「おい、小娘! 出番だ。」


案内が、看守の様に僕を呼ぶ。

腰にレイピアを下げ、盾を持つ。


「ルシア・・・約束だよ。」


「うん、必ず帰ってくる。」


「・・・いってらっしゃい。」


僕は、部屋に鍵のかかる音を確認し、廊下を進んだ。

目の前の光の先からは、嫌味なほど明るい歓声が聞こえる。

そして、沸き上がる客席の主賓席には、嫌味な笑顔が控えた。


「生きておるな、小娘。」

「ガハハハッ、足掻いてみぃ。」

「その矮小な姿で、何処まであらがえるかのぉ。」

「のぉ呂妃(ろひ)、次はお前の推す者の様じゃな。」


「ウフフフッ、お兄様、優勝候補ですのよ。」

「だた、振り向いては、くださりませんのよね・・・口惜しや・・・」


二人は、僕の心に反し、楽しそうに会話する。

そして会場も、また同じだろう。

人は他人の不幸を楽しむというが、間違っていないだろう。

会場に渦巻く気持ち悪い空気は、僕を苛立たせた。



対面する門が開き、師匠と変わらぬ上背の影。

魔力量も、そこが知れない。

左腰には、一振りの打刀と言われる極東の剣。

影は、次第にその姿を現す。

その姿は美しくも、儚さなど一切ない。

美しい黒髪に2本の先が赤く根元に行くにつれ黒く捻じれた角。

着崩した派手な着物は、(さらし)を覗かせる。

そして蛮族の様に虎の皮を腰に半分巻く。

一見して派手だが、そこに気品も覗かせた。

会場からは、男女問わす黄色い声援が聞こえる。

それは、彼女の名声が成すモノだろう。

自信に満ちた表情は、何処か師匠を感じさせた。


「嬢ちゃ・・・いや、坊やか。」

「まぁいい。」

「あたしは、糞馬鹿兄貴くそばかやろうを連れて帰らないと、ジジイに怒られるのよ。」

「だから・・・負けてくれない?」

「じゃないと、痛いじゃすまないと思うよ。」

「金の為に死にたくないでしょ?」


「僕にも助けなきゃいけない人がいる。」

「貴方には恨みはないけど・・・」

「僕は負けない!」


彼女は、顰めた眉のまま、笑顔を作る。

爽やかに光るその瞳には、色気よりも神々しさを感じた。


「あんた、素敵よ。その表情。」

「でも、ダメ・・・行くよ!」


鬼娘は、剣も抜かず走り出す。

少しづつ加速し、そして姿は消えた。

僕は、盾を構え魔力を読む。

その瞬間、激しい衝撃が盾に走り、僕は引きづられた。

会場からは、大きな歓声が巻き起こる。

砂煙の渦巻く舞台は、彼女が振り払った腕によりかき消される。

そして武術など無視した様に、ただ振りかぶった拳。

嫌な予感が僕の脳裏を駆け巡る。


「ヤバい・・・」


加速するそれは、一瞬音を残し盾にめり込む。

それでも、僕はその威力を止めることなく逃がす。

それでも激しい打撃は、盾の形を歪にした。


「フフッ、少しは本気みたいね。」

「ちょっと焼けちゃうな・・・君の想い人。」

「でも、ここからはどうかなぁ・・・」


鬼娘は、息を強く吐くとゆっくりと空気を吸う。

そして、姿勢を正し、刀に手を掛ける。

すると、ただでさえ重苦しい空気が、さらに重量を増す。


「アンタ、ホントに死ぬよ・・・」

「あたしも負ける訳にはいかないの!」


僕はレイピアを抜き、走る剣閃と切り結ぶ。

その瞬間、激しい衝撃波が空気を震わせた。

そして、斬り払われた刀は、その太刀筋を変え、さらに迫る。

咄嗟の盾は、それをどうにか防ぐ。

繰り返しぶつかり合う衝撃に、僕は少しずつ壁へと追いやられた。


「やるわね。」

「これならどうかしら・・・」


彼女は刀を納め、腰を落とす。

そして、体重を前に乗せ姿を消す。

一瞬、魔力の高まりを感じ、僕はそこにレイピアを置く。


「クッ、まだだ!」


僕は、レイピアで抜刀を払い、辛うじていなす。

そして、盾を彼女の脇目掛けねじ込む。

しかし、そこには誰もいない。

姿を現す鬼娘の表情は場の空気とは正反対。


「これもダメかぁ・・・」

「アンタ、やるじゃん・・」


鬼娘は、僕に視線を向ける。

しかし、その視線に対し全てを返す視線は持たない。

僕は、彼女の奥にあるアリシアに、時折意識を奪われた。

そこには、力なき項垂れす彼女の姿。

僕は、眉を顰め唇を噛む。

それに気付き意識を広げる鬼娘。


「アンタが呀慶の行ってた子か・・・」

「そっか・・でも、あたしも引けないな。」

「いくら、糞馬鹿野郎でも兄貴だからね。」


彼女は、魔力を刀に流す。

それは、刀身で揺らめき、紫の炎へと変わる。

観客席からは地響きの様な声。


「やめろ。瀬織(せおり)!!」


それは、息を切らせた呀慶だ。

彼は、手に紙を持ち彼女を止める。


「うるさい、呀慶!」

「あたしは、こいつに興味が湧いたの。」

「だから、本気でやらなきゃ、気持なんかわからない!」


「瀬織、本分を忘れるな!」


止める呀慶の声は、彼女には届かない。

笑顔に満ちた瀬織は、刀を構える。


「ここからは、歯ぁ食いしばれよ 坊や!」


僕は、目を見開き、彼女の集中する。

そして息を整え、左手のレイピアに魔力を込めた。

そこには、2つの紫の刃が揺らぐ。

凍り付くほど張り詰めた空気に息をのむ客席。

そしてそれは、2つの軌跡を残しぶつかり合う。


「ほう、使い手とは面白い。」

「さぁ見せい、 その魂で、この儂を沸かせてみぃ!」


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