33(171).古の技術
衝撃波が、舞台を揺るがす。
観客からは、大きな歓声が沸きたった。
その状況に、上層の客席で優雅に観戦する者達は笑い合う。
「お主の連れてきた者は、どれもやりおるわ!」
「ウフフッ、是も商売ですのよ董巌様。」
「新たな技術、新たな力、金さえあれば、どれも揃います。」
「で、あるか。 ガハハハハッ!」
「そちは、カーミラと言ったか・・・覚えておこう。」
触れ合い、そして弾け飛ぶ互いの盾。
その一瞬の隙を、ドワーフのメイスが襲う。
加速する塊は、おびた魔力を火炎に変える。
「うぬは、なぜそこに在る!」
「何故、邪魔をするのだ!!」
僕は咄嗟にレイピアの柄頭でそれを止める。
そして、その反動で燃え盛る塊をはじき返す。
新たに生まれた隙に、僕は、腕を返し、斬撃へと移る。
その僅かな互いの隙に繰り返される斬撃と打撃の応酬。
舞い散る赤と青の鮮血。
「人なのに・・青い血?」
ドワーフを襲う斬撃は、青い美しい鮮血を孕む。
それは、ダンジョンの魔物の様に映った。
しかし、彼には意志があり、その上で思考もしている。
そして、記憶すらもある様に彼は言葉を飛ばす。
僕は、違和感だらけの状況を、振り払う様に頭を振る。
それは隙を生み、その一時を見逃すどのドワーフは甘くはなかった。
「娘よ、勝機は汝にあり!」
ドワーフは、メイスと盾に火炎を纏う。
そして体勢を落とし間合いを詰めた。
僕は、盾を構えそれに応える。
メイスは、いなされその力を失う。
しかし、その隙を埋める様に進む盾。
放たれたレイピアは、盾の縁に阻まれる。
想う様に切り込めない事に僕は苛立ち声を上げた。
「こぉのぉぉぉ!」
僕は、強引に盾の縁をドワーフの顔にねじり込む。
そして、それは間違いなく入ったが、そこには笑顔が感じられた。
嫌な感触を強引に振り抜くも、完全に押し切れない。
ドワーフはどっしりと構え、既に行動を起こしていた。
「なんぞぉぉぉ!」
「炎の英霊よ、汝にその契約を示せ!!」
『イ デゼーア アーダ アル フラマ ラルジュ』
魔力は、既にその力を発散するだけだった。
光は、魔力と共に彼を包み、そしてそれを反転。
彼を中心にして巨大な爆発が起こる。
僕は、空中に浮いていた。
眼下には、目に光を潜めたドワーフ。
そして、客席の歓声に交じり、アリシアの悲鳴。
薄れゆく意識の中で彼女の涙が光る。
そして、僕はボロ雑巾の様に舞台に叩きつけられた。
その光景に笑みを浮かべ、肩で息をしながらドワーフは近づく。
1歩また1歩と重厚な足音。
僕は、強引にうつ伏せになり、少しづつ上体を起こした。
鎧の金属部は、まだ湯気を上げている。
魔鉱石との合金だけが辛うじて握ることができた。
真上から投げられる声には既に力はない。
「少女の為に・・あの子の病気を治すために・・」
僕は、立ち上がりざまにレイピアを走らせる。
斬撃は、容易に彼の腕を断つ。
青い血しぶきは、辺りを青く染めた。
その光景に観客は歓喜する。
血しぶきの中に佇む男は微動だにしない。
「腕一本で、エルタニアに帰れるなら安いモノ・・・」
僕は、その光景と地名に正気を疑った。
それは、朽ちかけた歴史に記された国名。
今は、無管理地域になっている場所だ。
そして僕は悟った。
「ハァ、ハァ、アンタの国は・・もうない・・・」
僕は、迫る盾をレイピアでいなす。
そして、バランスを失った英霊の背後をとる。
「彷徨う英霊よ・・・安らかに・・眠れ!」
背中に手を当て魔力を流し、その存在を発散させる。
しかし、彼の魔力は暴走を始めた。
「・・・ないだと・・・」
「ない筈など、なかろうよ・・・」
「少女の為に!・・・少女の為に・・」
「・・・少女とは誰なのだ!・・うぬは・・」
ドワーフの魔力はさらに高まり、その質量は計り知れない。
僕は、手を離し距離を置く。
彼は、自問自答を続け、答えをそこに見い出す。
「・・・あの時、汝は死んだのか・・」
「・・うぬは・・セセリア・・我が娘・・・」
「・・・セセリアも死んだ・・のか・・」
最早、誰の制御も受け付けない魔力は、その鉾先を外へと見い出す。
彼は、青紫の光に包まれ、それを炎の様に揺らめかせた。
観客席らは、董巌の声。
「抑えろ、奉蘭。」
「ハッ。」
奉蘭は、数名と共に舞台に術式を作り出す。
それは、光と共にドワーフを束縛し、巨大な石室へと変わった。
そして、中からは大きな爆発音。
一呼吸すると、静まり返った会場は騒めき立つ。
「董巌様、終わりました。」
「で、あるな。」
「フフフッ、小娘の勝ちじゃ。」
「どこまで上るかのぉ・・」
「のぉ、カーミラ・・・お主のもう1人とは、ぶつかるかの?」
董巌は笑みを浮かべ苦虫を噛む女性商人を煽る。
しかし彼女は、その事には動じない。
独り小さく呟き、そして彼に笑顔で返す。
「やはり、ダメだったか・・・」
「まぁ、今回は良しとしましょう。」
「・・・」
「董巌様、それはあり得ませんわ。」
「素質を欠いたヒューマンでは、これが限界ですもの。」
「ガハハハッ、で、あるか。」
僕は、生き絶え絶えに、自らの脚で控室へ戻る。
そして倒れ込む様に扉を開けた。
その姿を目の当たりにした小猫は飛ぶように駆け寄る。
「ルシアの馬鹿!」
「アリシアに会う前に死んじゃうよ!」
「・・ハハッ、でも帰ってきたろ?」
「・・・大丈夫さ。」
「誰も一人には・・・しないよ。」
僕の記憶はそこで途切れた。
そして目覚めた時には、また少し絞ったであろう布が目を覆う。
布越しに感じる小さな魔力。
僕は、彼女の頭の辺りを優しく撫でる。
「ありがと、ラスティ。」
撫でた手に伝わる小刻みな震え。
そこから返る言葉も同様だ。
「ウチ・・・もう、こんなの・・見たくないよ。」
「ラスティ、あと2回だよ。」
「僕は、必ず帰ってくる。」
彼女は、僕の手から離れ顔にしがみつく。
昔の彼女からは、想像もできなかった行動だ。
僕は、その背中を優しく撫でた。
「・・・ラスティ、約束だよ。」
「僕は、必ず戻ってくる。」
控室には、静かな時間だけが流れていく。
会場では、一喜一憂する姿が見られた。
「俺は、ドワーフに大金かけてたんだぜ・・・」
「フフフッ、貢いだと思えば変わらんさ。」
「俺は、これで家族と美味いもんでも食って来るよ。」
会場の火は落ち、そこには、すすり泣く女性達。
独り強情な女性は、さるぐつわを外された。
しかし、怒鳴る気力も失くし、ぐったりと項垂れる。
「・・・ルシア。」
闇に包まれた闘技場。
街もまた、同じように闇の中へと沈んでいった。




