32(170).BEST16:炎の嵐
控室までの廊下を引きずられる音が小さな耳に入る。
血と土汚れがその抵抗の虚しさをを現す。
遠くに聞こえる歓声の中で、1つの控室に少年は放り込まれた。
「董巌様に感謝するんだな!」
勢い良く締められた扉は、反動で廊下を見せる。
音におびえる小猫は、急いで扉を閉めて少年に駆け寄った。
そして小さな手で彼を擦る。
「・・・ルシア、ボロボロだよ。」
「ウチ、心配だよ・・・」
彼女の言葉に優しい返答はない。
目の前の少年は、気を失っているのだから。
闘技場で取り押さえられた彼は、警備に取り押さえられ殴れらえ続けた。
観客は、飛び散るに反吐に歓喜し熱狂した。
しかしそれを止めたのは、他でもない董巌だ。
「その辺にしておけ!」
「1試合無くなるのは勿体なかろうよ。」
「時間まで、控室にでも閉じ込めておけ。」
それは憐みでも優しさでもない。
だた玩具を大事にする程度の事。
実際、闘技の興行が終わってしまえば、どうなるかなど考えるまでも無い。
少年はただ、彼の気まぐれで命を取り留めたのだ。
それを見つめる囚われの姫は、 膝を付き、項垂れ涙を流すのみ。
その表情を隠すことは、拘束具が許さない。
繋がれ泣く姿を董巌は楽しむ。
それはあまりにも趣味の悪い光景だった。
時は過ぎ、僕は目を覚ました。
頭には、あまり絞り切れていない濡れた布。
そこから顔を伝う水は、看護する小猫の涙にも思えた。
「うっ・・・ラスティ?」
「ルシアーー!!」
小さな手は僕の顔を抱きしめる。
そして、こすりつけられる小猫の顔が心を癒す。
しかし、力強い小さな手は爪を立てる。
「ラスティ、痛いよ。」
「僕は大丈夫。 ありがとラスティ。」
「ウチ・・・」
彼女の大きな瞳からは、大粒の涙がその小さな頬を伝い床に落ちる。
僕は、彼女を優しく抱き上げ、包み込む。
「ありがと・・・」
「でも言ったろ、必ず戻るって。」
「でも・・・ボロボロだよ・・・」
彼女は目を擦り、悲しい声を掛ける。
それは僕の心を締め付けた。
それでも、僕は笑顔で彼女に答える。
「嘘は言っていなかったろ?」
「ね・・ラスティ?」
「・・・ぼろぼろ。」
僕は苦笑いで彼女の頭を撫でる。
そして、味気ない昼食を2人で囲む。
干し肉は硬く、口内の傷に辛く当たる。
パサパサしたパンも同様だ。
それでも、食べれるだけマシだろう。
師匠は、食事できているかすら分からない。
僕は、無理やり水で流し込み、試合に備えることにした。
しかし気持ちは焦るばかりで、手からは水袋を離せない。
控室の奥では、泣きつかれたラスティが寝息を立てている。
僕は、気持ちを抑えられぬまま瞑想の真似事で時間を潰す。
時を同じくし、一人のドワーフもまた精神を集中させていた。
男は、小さな人形を握りしめ呟く。
「待っておれよ。汝が必ず病を治してやる・・・」
大きく息を吐き、男は立ち上がる。
そして、目を見開き魔力を高めていく。
それは、滑らかで素早い流れだ。
膨れ上がる魔力は、一瞬にして消える。
そして男は目を瞑り、耳を澄ませ時を待つ。
「ムネモシュメ、試合だ。」
「クックック、あと3勝すれば夢が叶うよなぁ・・・ムネモシュメ。」
嫌な笑いと共に控室の扉は叩かれた。
男は目を見開き、息を力強く吐く。
そして、目をバイザーで覆い口だけが露出した兜をかぶる。
廊下から流れ込む風を感じ、男は気合と共い控室を後にした。
歩く男の脳裏には、村に残した名前も知らぬ少女の姿。
朽ち欠けた修道院でかわされた1つの約束が彼を突き動かす。
「汝は負けるわけには、いかんのだ。」
「あの少女の為に・・・」
彼の向かう先には、歓声と眩いばかりの光の世界。
対面の門からは、年端も行かない娘が姿を現した。
「すまぬ娘よ。汝の約束の為に死んでもらう。」
対面の娘は、盾を構えこちらを観察する。
ムネモシュメには半身の姿が、攻撃的には見えなかった。
彼は魔力を纏い、そして術式を次々と完成させた。
「悪いな娘よ。汝を恨むなよ・・・」
炎の渦は娘を囲みその範囲を狭めていく。
さらに男は、魔力を高め巨大な火球を作り出す。
天井を埋め尽くす程のそれは、ジワジワと地面に沈む。
そして、爆発した。
「娘よ成仏してくれ・・・」
彼は、目を閉じ、手を合わせる。
しかし、そこには娘の姿。
彼は未だに残る巨大な魔力に困惑する。
そして、眉を顰め唇を噛む。
「なん・・だと・・・」
一瞬たじろぐも、約束の為にその足を止める。
そして、男は腰のメイスを構え、盾を前に走り出す。
それは、真実を確かめる為だ。
僕は、繰り替えされる火炎の暴力に恐怖した。
炎の渦は3方向から迫る。
逃げ場が無くなった頃、頭上からは巨大な火球。
僕は、持ち込んでしまった魔法の水袋に魔力を込める。
膨れ上がる水袋は予想以上に大きくなった。
「ダメでもともとだ!」
火球に向け投げた巨大な水袋は、炎の竜巻によって天に昇る。
それは、火球に届きそして、急激に温度を上げ、質量に見合う空気を含む。
それは一瞬の出来事だ、水蒸気爆爆発で空間は吹き飛ぶ。
僕は、魔力水を追い、魔力操作を行う。
『久しぶりよね、ルーくん。使っちゃう?』
相変わらず空気感がおかしい大精霊の軽い言葉。
僕は眉を顰めながら、鼻血を流す。
頭痛は以前より強いが、想像は現実に変わる。
水分は消え、爆発は空気を飲み込む。
それは、炎を散らした。
『ウフフッ、私に感謝しなさい。』
『・・・あら鼻血ね、アホっぽくて可愛い!』
一方的な声は、精神をすり減らす。
僕は、鼻血を拭きとり、正面の男を見据えた。
上空から降り注ぐ多少の衝撃波は、押しつぶす様に圧し掛かる。
しかし、それは大した怪我には繋がらない。
「貴方には悪いけど、負けられないんだ!」
僕は走り出し、レイピアを抜き放つ。
強引に放たれるメイスは、レイピアにいなされる。
しかし、そこには隙は無く、互いの盾がぶつかり合う。
そして大きな衝撃波が会場に広がった。
一瞬静まり返った会場は、その歓声を最高潮に引き上げる。




