31(169).初戦:期待と傲慢
とある村に、天童と呼ばれた少年がいた。
彼は、身のこなしに優れ、数ある武術を早々に納めていく。
その姿に、村人は期待し、彼を町へ送り出す。
村の期待を背負った少年は、町でも期待を集めた。
それは、同じように期待される子供の中でも飛びぬけた才があったからだ。
そして時は過ぎ、少年は青年へと歳を重ね、街へ行きその才を開花させた。
彼は、沢山の師に巡り合うも、彼の居場所は其処にない。
天童と呼ばれた男は、何時しか成年へとなり弟子を取る様になる。
「なんだその動きは・・・」
「そんな事が出来ないのは、お前に才がないからだ。」
「さっさと、やめてしまえ!」
彼の言葉は、厳しく冷たい。
しかし、その才にあやかる者もまた多い。
祀りたてられた男は、自らを武天と名乗る様になった。
そして彼は、ある中年と相まみえる。
「なんだよ、その構えは?」
「馬鹿らしい・・来ねぇんなら、こっちらか行くぞ。」
「悪く思うなよ、爺さん!」
彼は、派手に動く。
それは、見る者を圧倒し、歓声を煽った。
しかし、結果は違った。
その中年は風を読み、音を聞き、魔力を感じ動く。
一筋の樋鳴りは、甲高い金属音を作り出した。
そして、二つに断たれた刀身は空しく転がる。
「いけませんね。」
「貴方には、心も礼節もない・・・」
「それじゃぁ、いけませんよ。」
中年が言葉を残し去った後には、地に臥し項垂れる男。
自分で集めた観客は、その姿に手の平を返し罵った。
彼は、自身で開いた道場に帰るも、そこには誰もいない。
絶望に打ちひしがれた男は、正気を保つために自身に言い聞かせる。
「俺は強い、俺は天才、俺は間違っていない・・・」
そして、彼は人を切り、心を癒す。
その先に残ったモノは、裏社会との繋がりのみ。
狂犬と恐れられた男は、光を求め、自身の為に歓声の渦へ歩み寄る。
僕は、眩しさに手を翳す。
次第にその全容を表す闘技場。
最上段の席には、ゴツイ武人の様な風貌の男と、それに寄り添う女性二人。
そして、その後ろには、輝く宝物と、探し求めた女性の姿。
僕は、彼女に視線を合わせ叫び呼ぶ。
「アリシア!!」
拘束された彼女は、口を塞がれ叫ぶことは許されない。
体を揺らし拘束に抗うも、魔力も封じられ何もできない姿をさらす。
その状況を楽しむ様、ゴツイ男は声を上げた。
「のぉ、娘! お前の力でこの女を解放してみぃや。」
「さぁ、儂を楽しませてみぃ!!」
男の笑いと共に試合開始が告げられる。
正面には、幅広の曲刀を持つ猿獣人。
その表情は、この世の物とは思えぬほどに壊れている。
口からは念仏の様に、言葉が漏れ出ていた。
「俺は強い、俺は強い、俺は強い、俺は強い、────────」
僕はため息をつき、登った血を降ろす。
それを待つことなく飛び掛かる猿獣人。
飛び蹴りから続く、剣による突きは派手に見えた。
僕は、体をずらしそれを避ける。そして彼を見据える。
彼は着地し、地面に円を描く様に振り返る。
僕は、その意味を模索するも、客席で笑う男に気を取られた。
戦いは、一方的に進む。
それは、派手に動く姿が、猿獣人を優勢に見せている。
無駄に振り回す刀剣は、空しく鳴り響き、派手に光を散らす。
さらに続く変化を持たせた斬撃は、その振り回しとは無関係だ。
事ある毎に彼の脚が迫りくる。
その上、外野の声は、僕を更にイラつかせた。
「のぅ、小娘。それじゃぁ女はやれんな!」
「そうじゃのう、こいつは妓楼にでも売り飛ばそうかのぉ。」
「いい金になりそうだ・・・」
「その前に、儂が食うてみるのも必要かのぉ。」
「くそジジイが!! アリシアに手を出したら許さない!」
拘束具を揺らす音は彼女を痛めつけた。
僕は、冷静さを欠いている。
そして事は起こった。
派手な斬撃は僕の顔に一筋の傷を残す。
そして滴る血。
正面でニヤつく猿顔に僕は怒りをぶつけた。
しかし、その身のこなしは本物だ。
ぎりぎりで除け、反動を利用する様に足技が舞う。
虚を突く打撃に僕は吹き飛ばされ、宙に身を置いた。
それは、彼にとって十分すぎる時間。
呟いていた言葉は、奇声に変わる。
ハッキリとした言葉が、狂った高音で放たれた。
「俺は天才、俺は天才、俺は天才、俺は天才、────────」
空中で、放たれる蹴りは、第一撃以外は見た目ほど重くない。
僕は、連撃を喰らい闘技場の壁際へと吹き飛ばされた。
そして男は、天を向けて大きく叫ぶ。
「俺は、間違っちゃいねぇんだ!!」
正気に戻った男は、視線を向け体制を低くした。
その間、僕は首を振り意識を戻す。
そして、口に溜まった血を吐き出した。
「アリシア・・・」
迫りくる、蹴り、そして剣閃。
僕は、体を半身にしてそれを躱す。
そして向き返り、次撃に備えた。
自信に満ちた表情の男は、助走をつけ加速。
それは、風を纏いさらに早くなった。
「もう一度俺は、羽ばたいてやるぜ!」
飛び蹴りはフェイクとなり剣閃が頬をよぎる。
しかし、それはもう遅い。
僕は構えたレイピアで足首を切り飛ばす。
着地できず血と砂にまみれた猿獣人。
僕は、彼の喉元に剣を突き立てた。
「僕の勝ちだ、引けよ。」
そして、外野のジジイを睨む。
しかし、それを受ける男には効果は無い。
むしろ、興味を持たれるだけだった。
「娘、お主の勝ちじゃ。」
「女が欲しくば、さっさと控室に帰れ。」
「それとも、儂の女になるか・・グハハハハッ」
「お兄様、おやめなさいな、あんな小娘。」
それを横で諫める女性。
しかし、その表情は挑戦的だ。
僕は、男に飛び掛かろうとするも、彼の複数の斥候に取り押さえられる。
そして、彼らを睨むも、そのまま控室に連行された。
会場では、静かに項垂れる女性の姿。
それは、歓声に飲まれ誰の心にも止まらなかった。




