30(168).誓い
美しい白い狼が目の前で食事をしている。
その所作は、どこか美しい。
彼は食べ終えると、手を合わせお辞儀をする。
「御馳走様・・・」
「して、娘は、申候共に絡まれておったが何用だ?」
僕は、牙を剥き木の棒で牙の手入れをする狼に事の発端を話す。
それは、意外にも彼の追っていた者と同じ場所を示すことに。
「やはり、奉蘭か・・・そいつは、この国の王直属の高官だ。」
「そして、ここの王は董巌。」
「昔は、うつけと罵られたが、その才でのし上がった男だ。」
「とはいえ、家柄、血筋は元から良かったのだがな・・・」
「・・・お主が聞きたい事は是ではないな。」
「すいません、重要な情報だとはわかります。」
「でも、僕は師匠を探さないと・・・」
「僕が、師匠を守るって・・・」
呀慶は、俯く少女を撫で、諭す様に声を掛ける。
その表情は優しく大らかだ。
「娘、お主には、ちと危険だ。」
「ここは引け、私がお前の師も助けてきて進ぜよう。」
「私も、馬鹿を助けなければならないからな。」
「あの、呀慶さん、僕は男ですし、師匠は僕が助けます。」
「情報が有ったら、ただとは言いませんから教えてください。」
狼は混乱する。明らかに目の前にいるのは少女だ。
しかし、言われてみれば男の香。
眉を顰め思考する白狼。
そして、深い呼吸の後、白狼は悟った。
世界には、触れるべきではない事があると。
「そ、そうか、少年。 では共に協力といこうか。」
「・・では、私の考えから話そう。」
呀慶は、視線を天井に向け、顎をさする。
そして、彼の調査した情報を共有した。
「この国では年に数回だが、闘技大会を利用した賭博が行われる。」
「まぁ、国民の息抜きとして董巌自らが主催するものだ。」
「しかし、それは他国には、あまり口外されない・・・」
「意味ははかるな?」
白狼は、少し目を細め、顎を撫でる手を止める。
僕は、俯き思考する。そして北国を思い出した。
「人身売買も行われているのですか?」
「しかし、師匠は・・・」
「聡い子よ・・・」
白狼は、また顎を擦りだす。
しかし表情は少し明るい。
「まず、この国では、他国の人間など、どうでもいいという考えだ。」
「そして、旅人など良いカモよ・・・」
「攫われた娘は、美しいのだろ?」
「・・・僕にはそう映ります。」
「フンッ、はっきりせい。」
「気持ちは、伝わらなければ何もならんぞ。」
俯く僕に、白狼は表情を緩め話を続ける。
それを僕は、師匠を想いつつ聞いた。
「お前の師は、大会の景品か賭けの対象にでもされたのであろう・・」
「ここからが、本題だ。」
僕は、顔を上げ彼に視線を向ける。
それに反応する様に彼も表情に力を込めた。
「事情があって私は、表立っては動けん。」
「そこで、私は君の師を含め所在を探し解放する。」
「君には、注意を引いて欲しい。」
「それは、どういうことですか?」
白狼は、体を正し、視線を合わす。
そして、彼の計画を話し始めた。
「そうだな、言葉が足りなかったな。」
「5日後に、大きな賭博が行われるんだよ。」
「もしかすると、君の師も、賞品になっているかもしれない。」
「君は、それに参加する・・・出来るだけ場を沸かせ、勝ち抜いてくれ。」
「・・・もしかすると、同胞も出ているかもしれないが気にするな。」
「まぁ、そっちは大丈夫だろう・・・」
「では、僕は、その大会に参加すればいいんですね。」
「あぁ、大会を盛り上げてくれ。」
「そうすれば・・・まぁなる様になるだろう。」
濁す部分もあるが、彼の言葉には力はあった。
しかし、どこか雑さを感じてならない。
僕の口からは、意識なく疑問符が発せられた。
「えっ・・・」
「私を信じろ。 御心のままにと言うだろ。」
「これでも僧侶だ。」
「はい・・・」
事は動いてしまった。
この雑な計画で国を欺けるのだろうか。
5日が過ぎ、指定された場所へ向かう。
そこは、路地裏の酒場。
ガラの悪い客を横目に、カウンターのオヤジに声を掛ける。
「参加だ。」
「・・・下だ。」
カウンターの裏を顎で示され、僕は闇の中へ足を進める。
軋む階段は、石造りに変わり、そして歓声が聞こえた。
そこには、歓声と共に闘技場が現れる。
その中では前座だろうか、獣と戦う人の姿。
しかし、それは戦いではなく、一方的な蹂躙だ。
喉笛は食いちぎられ、空気の出る音で掻き消される悲鳴。
飛び散る血しぶきと、人の臓物に喚起する観客たち。
僕は、目を背けつつも階段を下りた。
そして、受付に向かい大会の参加登録をする。
受付の綺麗な女性は、僕をまじまじと見て声を掛けた。
「アンタ、止めといたほうがいいんじゃない?・・・死ぬわよ。」
「お姉さんありがと・・・でも大丈夫。」
彼女は、薄目で僕を見つめ、書類の処理を行う。
そして、控室を指さした。
「まぁ、理由があんだろうけどね。」
「あっちが控室よ・・・」
「貴方は、20番の部屋ね。」
「怖くなったら会場じゃなくて、こっちに戻っといで。」
「妓楼ぐらいなら面倒見るわよ。」
僕は、どこか擦れた受付嬢を後に、指示された控室へ向かう。
そこには、僕を含め32の魔力があった。
会場からは、相変わらずの歓声が聞こえる。
それは、魂が消える事への歓声なのだろうか。
僕は、ラスティを撫でながら考える。
膝の上に丸くなるラスティは、少し不安そうに耳をたたむ。
「ルシア、ウチ二人がいなくなったら悲しい。」
「大丈夫だよ。絶対に師匠は僕が助ける。」
「ラスティに悲しい想いは、これ以上させないよ。」
「約束しよ・・・ね。」
「うん、ルシアは、いつも約束守るもんね。」
僕は、彼女の小さな背嚢に旅の通行証を預け、金貨を1枚渡す。
それを見た彼女の尻尾は項垂れ、その悲壮感は増した。
「ラスティ、僕が約束を破ったらこれは君の物だよ。」
「ウチ。そんなのいらない・・・」
ラスティは、僕の胸に飛びつき、顔を埋める。
そしてギュッと離さない。
僕は彼女の背中を撫で、彼女の気持ちを落ち着かせる。
「大丈夫だよ、これは僕のだからね。」
「預けるだけだよ。」
「いらないもん・・・」
彼女の小さな腕は、力ずよく僕を離さない。
しかし、無情にも呼び出しが聞こえた。
「おい20番、出番だ!」
そこの声に僕はラスティを抱えたまま立ち上がる。
そして、薄っすらと震える彼女の頭を優しく撫でた。
「終わったら、3人でご飯食べようね。」
「うん・・・」
「ルシア、いってらっしゃい。」
「うん、行ってくる。」
僕は、部屋の鍵をラスティに渡す。
そして控室を後に、歓声に包まれた光の中へ足を運んだ。




