28(166).語られぬ英雄
新王国樹立の夜から空は白み始めた。
見回す必要がないほど人が集まる旧闘技場。
今は競技場と改名され、両集落の中心地になっている。
隣で寝息を立てる2人の眠り姫たち。
少しずつ変わる寝相に心は癒された。
テントの外は草原特有の霧が世界を覆っている。
樋鳴りは、静かな空間を切り裂く。
洗練された響きに、鳥の鳴き声はその勢いを失わせた。
背後から近づく魔力は、最近よく遭遇する。
「相変わらずの良い子ちゃんだねぇ、ルシアは。」
「良いことではないですか・・なぁルシア。」
そこには、王になった男と、それを護衛する軍の戦士長になった女。
見た目は遊牧民らしく簡素だが、それは無駄がない証拠だ。
僕は、手を止め挨拶をする。
「馬観様と葉衣様、おはようございます。」
「やめてくれよ、アタシたちの仲じゃないか。 なぁ、馬観。」
「ハハハッ、そうですね。 貴方も私と同じ堅物ですね。」
「止めてしまって、すまないね、鍛錬を続けてください。」
彼らは、爽やかな笑顔で雑談する。
それは、樋鳴りを詩人が奏でる音楽とでも感じている様だった。
僕は、久しぶりに握るレイピアの重さを感じながら円を描く。
懐かしい白い人影は、同じように円を描いた。
僕は、彼女に近況を報告する。
その全ての返答は笑顔ばかり。
優しい彼女と別れ僕は、朝の鍛錬を終えた。
女戦士は、不敵な笑顔でこちらに進む。
「ルシア、あんた剣持つと顔が変わるな。」
「・・・ギラついたその目、嫌いじゃないねぇ。」
「どうだい、一本やってみないかい。」
久しぶりの組み打ちだ。
そして、彼女の武器は、二股の槍のようだが刺股というらしい。
ぼくは頷き、盾を前に構える。
彼女の笑顔は不敵に変わった。
「フフッ、さて、どう立ち回るかねぇ。」
僕は、彼女を中心に右回りで間合いを詰める。
距離が詰まる毎に張り詰める空気。
遠くからは、馬観の刺す様な視線。
風が草原を駆ける音だけが耳につく。
日が昇り、霧が徐々に晴れたその時。
彼女は逆光の中にいた。
そして、その影は消える。
「チンタラしているんじゃないよ!」
正面から徐々に距離を詰めながら、無数の突きが襲い掛かる。
それでも僕は、幾つかを躱し、その一つを盾でいなす。
後方にそれていく刺股、しかしその軌道は緩い。
彼女は、脚を掛ける様に体を入れる。
そして、肘で僕を押し倒す。
「捕らえたよ!」
僕はバランスを崩すも、身長差の為か倒されることは無かった。
幸運に恵まれ、その場から距離をとる。
体術と棒術の連携は、初めての感覚だ。
「葉衣さんは、すごいね!」
「可愛い坊やだね、でも何も出やしないよ。」
彼女は、笑顔で視線を向ける。
そして体勢は、既に次の一手へ移っていた。
僕は、レイピアを前に構えなおす。
そして彼女の突きを躱し、その長い柄へ刃を立て、そして戻す。
腕の捻りにより、突きのその先へ僕は踏み込む。
「くっ・・この程度で!」
僕の盾は彼女の脇腹に迫る。
それを、彼女は残った手を使い掌底で止めに入った。
僕は、盾の握りから手を離し、相手を彼女の腕に絡ませた。
そして魔力を高める。
「葉衣、お前の負けだ!」
「ルシア、アンタ見かけによらずいい度胸だ。」
「次は、こうはいかないよ。」
「ハハハッ、葉衣、負け惜しみですか?」
「・・・あんた、ぶつよ。」
状況を読み、止めに入った馬観。
しかし彼の軽口は、彼女をイラつかせた。
そして彼らは、僕をお茶に誘う。
「なぁルシア、まだ時間は大丈夫かな?」
「君と話していると、私は気持ちを整理できる。」
「どうだろう?」
「・・・まだ起きないと思うから大丈夫だよ。」
僕は、少し眠り姫たちを気するも、まだその時ではない。
彼らの後につき、大きなテントへと向かった。
テントの周りでは、朝餉の用意をする者達の姿。
働く者達に声を掛け労う姿は、あまりヒューマンの町では見ない光景だ。
王と従者が冗談を言い合える関係は、不敬にも思えたが国の若さとも言る。
テントの中では、既に身支度を整えた双樹の姿。
「おかえり、馬観・・・葉衣さん。」
「・・・ルシアさんでよろしかったでしょうか? ごきげんよう。」
彼女の表情は、その姿も相まって、優しくそしてほのぼのとしている。
しかし、その瞳の奥には嫉妬にも似た何かを感じた。
僕は、新たな国の王妃に頭を下げ、勧められた席へと着く。
彼女が視線をぶつけらた戦士長は、苦笑いで彼女へ告げる。
「王女様、アタシは堅物には興味はないよ。」
「あんたの思ってる事なんざ、ありゃしないさね。」
「堅物って・・馬観はそんな事ありません!」
「フフッ、可愛いねぇあんた。・・・アタシは失礼するよ。」
「じゃあな、ルシア。 また頼むよ。」
「このまま終わるのはしゃくだからね。」
彼女は、背を向け手を振りながらテントを出ていった。
それにホッと胸をなど降ろす双樹の姿は、彼女らしくも思える。
新たな王族からは、西の話を質問された。
それに対し、僕は旅の話を交えつつ、分かる範囲で状況を伝えた。
「ルシアさんは、すごいものですね。」
「吟遊詩人さんの話す詩歌の様なお話ですわ。」
「私は、ミーシャ様との淡い愛のお話や、」
「アリシア様との師弟愛のお話が好きですわ。」
「ねぇ、馬観、素敵ですわよね。」
「そうですね、双樹。」
「 私もルシアの様に君に尽くしたいですね。」
「もぅ、馬観たら・・・」
僕は、葉衣が出ていった真の理由を理解した。
この甘ったるい空間は確かに頂けない。
それでも、新たな王族の話は聞かなければならない。
それは、報酬の為だ。
2人の歯が浮くような会話に僕は相槌を打つぐらいしかできない。
それでも、救いの手は稀に訪れる。
テントの外で、僕の名前を叫ぶ女性。
僕は、話の区切りで、彼女たちの事を告げる。
「馬観、師匠たちが探しているみたいなんだ。」
「呼んでもいいかな?」
「もちろんですよ。」
「そうですね。彼女達も功労者でしたね。」
僕は叫び、彼女たちに場所を知らせる。
すると入り口ではないところから可愛い鼻がゴソゴソと現れる。
牛の姫君は、それを目にし、目を煌めかせた。
「あら、フフフッ、まぁまぁ。可愛いお鼻。」
「んんんーーー! ・・・ルシアいた! 探したんだよ。」
小猫には王家など関係ない。
温かい視線の中、それを気にせず僕へと飛びつく。
そして、その小さな頭を擦り付けた。
すると、背後の扉は開き、師匠の声が小猫へ飛ぶ。
「こら、ラスティ。ダメだろ!」
「・・・これは、失礼した。」
「ご機嫌麗しゅう、遊牧の王よ。」
その代わり様に、2人の王族は、笑顔で微笑む。
そして彼女達を椅子に誘う。
「ハハハッ、アリシア殿、そんな礼儀など不要ですよ。」
「ルシアにも言いましたが貴方は私の友人だ。」
「フフフッ、アリシア様はルシアさんと同じですわね。」
「私は貴方の様に馬観から愛されたいですの。フフフッ。」
「王女、何をお戯れを・・・」
「ルシア、何か吹き込んだのか・・・」
師匠は軽く俯き、顔は少し紅潮させる。
そして僕に視線を飛ばし、僕の苦笑いを理解する。
場は和み、話は弾んだ。
師匠と王女、そしてラスティは、何の話をしているのか分からない。
しかし。楽しそうに話していた。
僕は、馬観に報酬の話を始める。
それは、長老との約束でもあったモノだ。
まずは東の世界の話だった。
そこに在る文化は、大きくは変わらないが、自然と共に生きる人々の姿がある。
しかし、文化が遅れているとは決して言えない世界があった。
話がひと段落すると、馬観から地図を渡される。
それは、大隧道以東の世界の半分だ。
そこに在るすべての国は聞いたことが無いモノだった。
最後に馬観は僕に真剣な眼差しを向ける。
「ルシア、私はお前に感謝しています。」
「君がいたおかげで闘技に勝つ事ができ、こうして王女を得る事も出来ました。」
「しかし、君のことは語られることは無いと思います・・・」
「それは、君が我々と同じ種族ではないですからね。」
「だから私はその分、君の事を忘れません・・」
「大切な友として、そして語られぬ英雄としてですね。」
「馬観・・・ありがとう。」
「僕も、君のことを忘れないよ。」
僕は、彼と握手しその場を後にした。
草原は、優しい風と共に僕らを送り出す。
僕は、馬観の話にリヒターの王オルハウルの言葉が重なる。
彼もまた同じように僕に声を掛け、最後の言葉を残した。
"語られる事の無い英雄"
この世界では、それだけ種族の違いは無視できない事なのだと。
先を行く二人の淑女は振り返り、笑顔を飛ばす。
僕は、彼女達の元へ急いだ。




