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27(165).師子無畏

二つの旗は風ではためき、互いの存在を主張し合う。

太陽の下、ぶつかり合う2種の存在と1人の男の娘。

汗は衝撃と共に舞い散り、細かな光を反射させる。

闘技場は、歓声の渦に包まれ、そこには文化的な争いが行われていた。

現在、牛民の優勢は崩れ、戦況は再び硬直に戻った。

しかし、牛旗の下では、2つの魂が激突している。


「馬観様、今回も(わたくし)が頂きますわよ。」

「それ、そこ、えい、それ、そーら。」


気の抜けそうな掛け声と共に轟音が馬観の頬を掠める。

しかし、それを受ける彼の表情は何処か幸せそうにも見えた。

それを見つつも、それぞれが互いに組み合う両民たち。


「ハハハッ、今年も俺たちの勝ちだな。」


「くそったれ、お前を捌いて俺は加勢する。」

「じゃまだ、どけよ!」


全体の流れは馬民に流れているが、頭がダメだ。

むき出しの刃で、じゃれ合う二人。

二人だけの世界で楽しむ姿に馬民達は眉を顰め唇を噛む。

僕は、馬陣の旗守(はたもり)から送り出され、最前線へ。

そこには、笑顔で殴り合う不思議な姿。

他人からはそう映るだろうが僕には違った。

それは、僕の鍛錬と同じだ。

僕は、互いを想う一つの絆に見えた。


「馬観、その人を頼む。」

「僕は旗を狙う。」


しかし言葉は届かない、その世界は二人だけのモノの様だ。

そして、僕はそこにはいる勇気はない。

繰り返される衝撃波は地形を変える。

笑顔でじゃれ合う二人は1つの天災にも思えた。

後方からは、葉衣の声が飛ぶ。


「ルシア、馬観はいい。双樹と好きにさせておけ。」

「戦姫さえいなければ少しは楽だ。」


「なんだと葉衣。」

「ミノスには、双樹以外にも俺様がいるんだよ!」


横から飛び出るように現れた牛。

その角は派手に天を衝く刺すように伸びている。

葉衣は、目を細め、その姿を確認する。

そして、僕を抱えると旗へ向け放り投げた。


「ルシア、後は頼んだよ。」

「あたしは、アンタの帰り道を作っとく。」

「美味しい所をやるんだ、負けて帰んなよ!」


「うん、やてみるよ!」


彼女は苦笑いで僕を見送ると、正面の派手な角に視線を向ける。

そしてため息をつき、地面を踏み抜く。


「飛ばした男は歯切れが悪い、正面には派手野郎かい。」

「アタシは、ツクヅク男運がないねぇ!」


「楽しくやろうや、馬の姉さん。」


言葉尻がハッキリしないまま、派手角は葉衣と組みあう。

そして、その見た目とは裏腹に、彼女の力を利用し投げ飛ばす。

空に舞う葉衣は眉を顰め唇を噛む。そして表情を崩す。


「ご大層な角は、伊達じゃないって事かい・・・気に入らないね!」


彼女は空中で体を捻り、綺麗に着地。

そして、正面の派手角に視線を向ける。

彼女の性格から、不正以外なら何でもしたい。

攻めるなら、とことん攻める。それが彼女の持ち味だ。

彼女は、妙なステップを踏みつつその気持ちを高める。


「なんだそりゃ、発情でもしてんのか、姉ちゃんよぉ?」


「フンッ、どうとでも言いな。」


彼女は、姿勢を深く落ちし加速する。

そして男の頭上を越え、空中で足を使い頭を掴む。


「大胆だね、姉ちゃんよぉ・・」


「おめでたい奴だねぇ・・・」


巨体が宙に浮き弧を描く。


「なんとぉーー!」


男の叫びは空しく散り、そして地面に突き刺さる。

彼女は屈み、息を確認。

そして投げ飛ばした少年を追う。



戦場唯一の花畑で二人は求め合う。

美しい正拳突き、そして美しい髪をはためかせ放たれる可憐な回し蹴り。

それを放つ女は、受ける男の優しさに心惹かれる。

彼女は初めて会ったあの時と同じ優しさを感じた。


「馬観様、お受けくださいまし。私の気持ち!」


日常では味わうことのない衝撃波が馬観を襲う。

しかし彼は、それを全身全霊を持って受け止める。

そして爽やかに言葉を返す。


「双樹殿、素晴らしい身のこなしです。」

「私は、貴方の全てを受け止めたい。」


「まぁ、馬観さま。 では参りますわよ!」


言葉だけならただのじゃれ合いだが、観客にはそうは映らない。

重い一撃をその体で屈服させる馬観。

受けてなお沈まない男を更に追い込む双樹。

その光景は盛り上がらない訳がない。

お互いに盛り上がる双方は、無駄に場内を沸かせた。



僕は、風を掴み距離を稼ぐ。

目の前には、巨大なミノスの男。

それは息を荒く僕を待つ。

着地は、それよりも前だろう。

僕は体を丸め、転がる様に着地する。

ミノスの男は、それを嘲笑うことはしない。

彼は、こちらを睨み、状況を読む。

そして、腰を深く落し気合を入れた。


「ハイヤァーーー!」


角を向け、両手を広げる大きいガタイを更に大きく見せる。

そこには歓声など一切感じられなかった。

ジリジリと暑さだけが注がれる。

僕は、ようやく冷静さを取り戻した。

盾を前に構え、右周りで距離を詰める。

視線を外す事なくこちらを威嚇する牛男。

その瞳の奥には、強い光を感じた。

しかしこれは、チーム戦だ。

その隙をつく様に葉衣が横を掠める。

そして、牛旗を奪う。


「ルシア、戻れ!」


彼女の声に反応した牛男は、僕から視線を外す。

その背後から僕に向けた葉衣の視線。

僕は理解し、一気に間合いを詰め、がら空きの鳩尾に盾をみまう。

それは、魔力を纏い、彼を至らせた。


「ルシア、わかって来たじゃないか。」

「じゃあ旗を貰って帰るとしようかね。」


僕は、葉衣と共に牛旗を奪取し、自陣に向け走り出す。

彼女はの横顔は凛々しく、師匠にも通じる姿がそこにはあった。

それに気づく彼女は、視線を合わさず、声を返した。


「なんだい・・・照れるからやめてくれよ。」

「そういうのは、客席のお前の女にしてやんな。」


彼女はそういう言うと牛旗を受け取り加速した。

僕の脚では到底追いつくことなど出来ない。

突風は自陣に戻り、敵旗を掲げる。

そして、歓声と共にその勝利は告げられた。



一方、じゃれ合う二人にも終止符が告げられた。

それはまた、二人を別つ言葉でもある。

先ほどまで活き活きとしていた双樹は項垂れた。

その姿に、声を掛ける馬観。


「双樹殿、今年は我が方の勝利の様ですね・・・」


「はい、その様で・・・」


「私は、貴方とこうして打ち合えた事、嬉しく思います・・」


馬観は双樹の手を強く握り、彼女の瞳を見つめる。

彼らは、まだ彼らの世界のままの様だ。

空は既に薄暗い。そこに勝利を告げる花火が上がる。

それは、彼に力を与え、勇気を与えた。

そして俯き、静かに呟く双樹の言葉は、彼の心の後押しへと変わる。


「馬観様、私は、まだ終わってほしくありません・・・」

「馬観様ともっと・・・」


「双樹殿、私は、族長になると思います・・・」

「それには、共に支え合える女性が必要なのです。」


「ええ・・・そう・ですわね。」


「私は、大らかで気高い貴方と共に未来を観たい。」

「私の妻になってはくださいませんか?」

「共に豊かな国を成してはもらえませんか?」


双樹は顔を上げ、彼の瞳を見つめる。

そこには、いつもの誠実な瞳があった。

優しく光る其瞳には、涙を浮かべた自分の姿が映る。

彼女は顔を赤らめ、また視線を落とす。

しかし、その心は揺るがない。


「はい・・・私でよろしければ・・共に。」


夜景に映る花火は二つの影を近づける。

歓声が、まるで祝福しているかの様に思える世界で影は重なった。

そして、二つの影に戻ると馬観は改めて告げる。


「私は貴方を愛します。」

「その気持ちは、今までもこれからも変わることはありません。」


「はい・・・不束者ですがよろしくお願い致します。」


その告白は、翌日には二つの集落を駆け抜けた。

そして、長く続いた闘技は内容をかえ娯楽へと変わった。

新たに歩み出した1つの国と新たな王と王妃。

草原には馬観を王とする遊牧国家が樹立した。

しかし、僕の頭には1つ大きな謎が残る。

それはダンジョンの魔力だまりから生み出される魔物とはいったい・・・


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