26(164).始まる闘技:旗取り合戦
ここに来て3か月、僕は馬観やその仲間たちと打ち解けた。
そこにいる者達は、性別を超え、互いを認め合う。
そして、それそれの役目を全うする。
皆、馬観に信頼をおき、目標を目指した。
そして、試合の日。
目の前には、予想は出来たが、僕は目を疑った。
牛民と呼ばれる者達は、ミノスと呼ばれる種族。
それは、場が違えばミノタウロスと呼ばれてもわからない。
ただ、様々な者がいた。
ダンジョンで見た様な力強い姿から、色気のある美しい姿まで様々だ。
簡易的に作られた闘技場には、両種族が集まり観戦する姿もあった。
太陽は天辺に昇り、式典が始まる。
お互いの長老が、宣誓し、そして互いの代表選手がその場へ向かい頭を垂れた。
遠くからは分からないが、馬観はミノスの女戦士と言葉を交わしている様に見える。
「アイツは、双樹殿には弱いからな・・・」
「いいじゃない、仇への愛なんて逆に燃えるじゃない。」
「バーカ、それで前回は負けたじゃねーか。」
「あっ、確かに・・・馬観、告ればいいのにね。」
「あの堅物ができるかよ・・・まぁそんなヤツだから信用できんだけどな。」
「フフッ・・・まぁ、がんばりますか!」
前に並ぶグラシュティンの男女は、他愛のない会話で気を落ち着けている。
僕は、初めての空気に少し気圧された。
遠くから、親しい者の声援も聞こえる様で届いてはいない。
中央から、4人が散る様に元の場所へ戻る。
長老たちは観戦席へ、そして2人の戦士は互いの陣営に。
観客たちの興奮は、徐々に高まる。
それに答えるかの様に馬観は声を張り上げた。
そして皆は、体を打ち鳴らし続く。
「さぁ~準備だ! 準備しろ!」
「食いしばれや!!」
「「「へいやぁはっーーーー!!」」」
「うぉー! 手を鳴らせ!」
「「「力強く踏み鳴らせ! さぁ、蹄を鳴らせ!!」」」
「進むか!退くか!」
「「「進むか! 退くか!」」」
「「「進むか! 退くか!」」」
「我ら戦士たちが風と共に太陽を呼ぶ!!」
「「「風よ我らに!!」」」
「「「風よ我らに!!」」」
歓声を掻き消し、魂の叫びがこだまする。
それに応える様に辺りは光に包まれ、馬観率いる馬民達は加護を受けた。
そして、会場からは歓声が巻き起こる。
対する牛民たちも同じように声を張り上げ詠いあげる。
場内の歓声は最高潮に高まり、合戦の火蓋は切って落とされた。
前の馬観を含めた12人の戦士達は、盛大に敵陣へ突っ込む。
激しい衝撃ともに、衝撃波が会場に広がる。
揺るぐ会場に観戦者はさらに声を上げた。
「馬観、半分率いて先へ行きな! ここはあたしらが抑える。」
「やるよ、アンタ達!」
「「「あいよ姉さん!!」」」
「葉衣頼む。 お前たちは、私に続け!」
馬観は、半数を率い、さらに敵陣の奥へ進む。
そこは、魔法が放たれ行く手を阻んだ。
しかし、これは戦争ではない。
長老の言う痛い程度で済む様に調整する魔導具を付けている。
馬観たちは、一瞬たじろぐも、声を張り上げ突進む。
「お前たち、今年こそは肥沃な大地は我らのモノだ!」
「この程度の魔法どうということは無い!!」
「臆すな、我らは風と共にある!!」
「「「ウォーーー!!」」」
一人また一人と組み合っていき、部隊は小さくなっていく。
しかし、後方からは悲報が告げられた。
「旗が奪われた!」
「取り返してくれ!!!」
馬民達に緊張が走る。
今動ける者は先頭を率いる馬観と数名、そして僕だ。
しかし、牛民は機を逃さない。
馬観たちは、彼らの罠にはめられたのだ。
残るのは僕だけ。
馬観からの指示が飛ぶ。
「ルシア、馬旗は任せた!」
「私は、牛旗を奪う。」
「わかった、最善を尽くすよ。」
僕は、踵を返し、来た道を戻る。
進む先の戦場は、砂煙に包まれ状況は分からない。
緊張の中、僕は砂煙に突っ込んだ。
砂煙に包まれた後衛部隊は、牛民達とやり合っている。
一組は組み合い、また一組は殴り合う。
様々な形で繰り広げられるぶつかり合い。
ぶつかり合う度に、衝撃波に乗り汗は舞い散った。
向かう先には、大きな旗を持つミノスの男性。
そこには、異常ともいえる程の筋肉があった。
「俺様は止められねぇよ。嬢ちゃん。」
「ヒューマンじゃ、筋肉も魅力も足りねえよ・・・」
「さっさと退きな、轢いちまうぞ!!」
肉体が黒光りする黒毛牛。
そして対照的に白く浮かび上がる歯。
それは、頭部に存在主張する1対の角と相まって恐怖を与える。
しかし、首回りのフワフワした被毛が彼のを優しく見せた。
「出来るもんならやってみろ!!」
僕は、場の空気に飲まれ冷静さを欠いている。
しかし、繰り返された鍛錬だけは僕を裏切らない。
盾を引きレイピアを構える様に腕を構える。
黒光りする牛民は、その勢いのまま肩を突き出す。
「終いだ、小娘!!」
僕は、彼を右に避けるように動き、流れに合わせ腕でそれをいなす。
そして、右に構えた盾の縁を牛民の脇腹へねじり込む。
「僕は、男だ!!!」
衝撃は逃げるが、魔力は確実に送り込まれた。
魔力は、魔導具による減衰効果は適用されない。
それは、僕の使う魔力には属性がないからだ。
その結果、黒光りは今まで味わったことのない量の魔力を感じた。
一瞬、昇天し力を増すが、その刹那、脱力。
そして、少ない衝撃で黒光りは壁へと吹き飛んだ。
客席の歓声と共に師匠とラスティの声。
「いいぞ~。ルシア!!」
「アリシアが心配してるよ!!」
「バッ、やめろラスティ。恥ずかしいだろ。」
僕は、彼女の声に応え手を振る。
そして、沈んだ黒光りから旗を奪取し、自陣へと持ち帰る。
歓声は一層高まり、家族の声援を掻き消していった。
勝負はまだ始まったばかりだ。




