20(158).山の守人
リュゼリアギゲスのギルドは、冒険者よりも採鉱夫が多い。
ガタイの男女に交じり、学者然とした者もチラホラ。
奥の酒場では、昼の鐘が鳴らぬうちから騒ぐ者達も見られる。
僕は、掲示板へまっすぐ向かった。
そこには、多くの依頼書があるが、色あせた物も多い。
目的を探す中で、卑金属の採掘依頼は、飛ぶように取られる。
残るモノは貴金属と宝石類。
特に希少なモノは、紙の角すら丸くなっている。
僕は、二人の彫金師の話に出た石を探す。
見慣れない言葉を探す事は時間がかかる。
すると、見かねたのか若いオヤジの様なドワーフが声を掛けた。
「嬢ちゃん、何探してんだ?」
「・・ナンパとかじゃねんだよ。」
「なんか、必死そうで、見てられねぇっていうかさ。」
服装は、少しシックだが、質のよさそうな軽装備。
腰にはショートソード、背中には採掘を兼ねた戦槌。
ジェントルというよりダンディな出で立ちの男。
言葉には、優しさを感じるが、滲み出る嘘臭さ。
視線という物は、人の本心を映し出す。
僕は、ギルドという空間が嫌いだ。
最初に訪れてから何年も経つが、必ずこういう輩がいる。
「ありがとう、でも足りてるよ。」
男は引かない、僕の言葉を素通り。
そして、掲示板から1枚依頼書をとる。
それは、最低等級が銅の依頼書だ。
「これなら、どうかな。」
「私が、嬢ちゃんの助けになるよ。」
「ミスリル、足りてますから。」
僕は、その依頼書の内容を確認し、冷静に言葉を返す。
しかし、その表情は、何も聞いてはいない。
僕は、若いオヤジを置き去りに、掲示板を眺める。
隣では、何か言葉が聞こえるが、集中すると静かなものだ。
時間をかければ慣れない言葉も見つかるもの。
僕は、その依頼書を取り受付へ向かった。
男は、さすがについては来ない。
その依頼書が風化しているのだから。
僕は、ため息をつきながら依頼を受けた。
あの二人は、碌でも無いモノを提示していたのだ。
ギルド職員からは、何度となく確認される。
「これは等級がと言うよりは、鉱物自体の問題なんです。」
「期間中に見つかる保証はありませんので、金を捨てるだけですよ。」
「でも、可能性はあるんでしょ?」
ギルド職員は、アホの子を見る様に哀れな視線を送る。
流石に、依頼でもなければ部外者は坑道には入れない。
目的が一致した依頼書など一石二鳥でしかないのだ。
様々な想いが渦巻くギルドでは、さすがに肩が凝る。
僕は、ため息と共にギルドを後に坑道を目指しす。
地図を見ながら、35番坑道の入口へとたどり着く。
そこは、ダンジョンの入り口に比べると整備されていた。
中に入ると、知った声が飛んでくる。
「遅えぞ、チンチクリン。」
「・・・いってえな! 何すんだよ、二ティカ!」
「もう少し、マイルドに言えないの。」
「ルシアくん、私たちも付いて行っていいかしら?」
二人は、軽鎧ですらない。
それは、公園を散歩でもする様な出で立ち。
しかし、タブリスは小さな玄翁と鏨を腰にぶら下げている。
「そんな装備で大丈夫ですか?」
「あぁ、散歩だからな。」
確かに、魔生洞窟ではない。
そうは言っても、野生の獣くらいはいるだろう。
しかし、彼の言葉には重みがある。
彼らの目的は分からないが、僕はそれを了承した。
魔導の炎は、暗闇を照らし、岩壁に3人の影を移す。
後からは、場に似つかわしくないヒールの音。
静かに付き従う2人の存在感は、何処か薄い。
進むにつれ洞窟の壁面の色も少し変わる。
若干赤く見える壁面はキラキラと輝く。
そんな空間で足元を小さな生物が駆け抜ける。
それは、魔導の光に照らされ、小さな姿を現した。
闇から現れた姿は、ラスティより2周り程大きい小動物。
被毛は壁面と同様の薄紅色。
額には宝石が輝いていた。
小動物は、ラスティの様に首をかしげる。
そこには、ラスティが重なる。
「君、お腹すいてるの?」
僕は屈み、干し肉を地面に置く。
小さな動物は、警戒しながらも、それを咥え闇へ消えた。
後方からは生暖かい視線。
「へー、君、優しいのね。」
「冒険者なら、カーバンクルなんて美味しいカモなのにね。」
僕は、苦笑いで彼女に答える。
膝の砂を払い、立ち上がると、見えなかった表情が分かる。
そこには、優しい笑顔があった。
「家族に似ていたんだよ。」
「冒険者としては甘い・・・かな?」
「フフッ、ルシアくんは、話のまんまね。」
笑顔の女性の横に、足音と共にもう1人。
魔導の炎は、隣の男の表情も映し出しだす。
「チンチクリンでも、心はブレねぇな。」
「お前、この奥の壁を上ってみろよ。」
「そこには黒い壁面がある筈だ。」
「そこを掘れ。」
「コイツは貸してやる・・・あとで返せよ。」
タブリスは腰の道具を差し出した。
それは、見事な造りで、簡単に貸せる様な物ではない。
だだ、それ以上に感じたことがある。
それは、その大きさに見合わないほどに重い。
「おいおい、そんなにモヤシじゃねえだろ?」
「無駄に傷つけんなよ。」
「ルシアくん、私たちは入り口で待ってるわね。」
二人は、僕を残し、闇の中へ消えていく。
残ったのは、ドワーフの目でも見えない闇。
僕は、彼の言葉に従い、魔導の光に頼り、闇の奥へと進む。
一見、何もない岩場を、注意しながら登る。
淡い赤交じりの壁面は、次第に黒くなる。
そこは、少し鼻につく薬の様な臭いがした。
僕は、顔に布をきつく巻き、奥へと進む。
そこには、桃色に淡く光る宝石の結晶があった。
結晶を避ける様に箍を当て、優しく玄翁で叩く。
それは、抵抗なく岩肌から剥がれ落ちる。
周りには他にもそれはあった。
僕は、必要分だけそれを剥がし、その場を後にする。
33番坑道の入り口では、2人が笑顔で待っていた。
「ダブリスさん、ありがとございました。」
「おう、上手く出来たみたいだな。」
「じゃあ次行くか。」
彼は、僕を引く様に次の坑道へと進む。
その横を歩く二ティカの肩には、カーバンクルが乗っている。
小動物に優しく声を掛ける姿は、師匠とラスティの姿が重なった。




