17(155).夢幻
魔力の炎が揺らめき、炸裂音が響く荒れた丘。
2つの影がぶつかり合う。
薄れゆく意識の中で、最後に見た世界は、変わらぬ闇。
手ごたえも得ることなく、意識は消えていく。
「先生? どうかしたの?」
「んっ・・・、姫・・様・・・?」
「・・何よ、先生がいいって言ったのよ。」
目の前には、懐かしい女性の顔。
手には、木剣を持ち、首をかしげる。
背後から駆け寄る足音は、どこか慌しい。
「姫様! 不意打ちなんてダメですよ!」
「んー、でもアインが、どこからでも良いっていいたわ。」
「・・・」
「ほら、お父様もしっかりしてください。」
姫付きの侍女は、近衛兵長である父の手を引く
何処かおぼろげな眼差しの父は、不思議な表情だ。
「あぁ・・・ありがとうアリシア。」
「・・・ごめんなさい、アイン。」
二人の女性に囲まれたアインは困惑する。
現実じみた感覚は、夢を見ているとは思えない。
遠い昔の記憶であることは薄っすらと感じた。
それは、彼の乾いた心に潤いを与える。
そして、風の匂いと後頭部の痛みが現実味を強くした。
「ハハハッ、私も歳でしょうな・・・」
「姫様は、筋がいい。 これから稽古いたしましょうか?」
「フフフッ、良いですねアイン。」
「今度は、正面から取ってあげますわよ。」
二人の笑顔に。侍女は眉を顰め目を細める。
そして、低い声で二人を窘めた。
「ダメですよ。」
「姫様は、これから魔導の講義がございます。」
「またノイマン様にお小言を・・」
「いいのよ、爺は、会話を楽しんでるだけなんだから。」
「エーヴィッヒだってそうよ。」
「どうせ、小言から娘の話になるだけ。」
「・・・」
「ダメです。行きますよ、アデライード様。」
ツンとするアデライードの手を引く侍女。
その姿は、いつもの日常だ。
年の近い二人は、幼少の時から変わらぬ関係。
幼い時から見てきた彼女は、高貴さを纏うも相変わらず。
それは、逆に親しみを失わせる事は無い。
彼にとって姫君は、我が子と共に育てたの娘だ。
鮮やかな風景は、次第に歪む。
正面の姫君は、また頭を傾げる。
「アイン、どうしたの?」
「アリシア、薬師を呼んできてちょうだい。」
「いや・・・違うのです。」
「違うのですよ・・・・フフッ、私は幸せだ。」
「んっ・・・アリシア、急いだ方が良さそうよ!」
涙の歪みは、次第に広がり、彼女たちの声もぼやける。
そして、色付いた世界は闇に包まれた。
「・・・い、死狂い。・・おい、死狂い、起きろ。」
「もう一度、ぶっかけろ。」
顔に冷たい液体が掛かったとわかる。
舌に痺れは感じられ無い。
それはタダの水だとわかる。
「死ねなかったのか・・・」
「おい、死狂い、お前に客だ。」
カツカツとヒールの音が響く。
魔力は多少あるようだが、よくある商人のソレだ。
隣の牢からは、縋るような声が聞こえる。
「助けに来てくださったんですね?」
「・・えっ・・いや、待ってください・・」
「うるさいぞ! 面会は貴様らじゃない。」
牢屋の格子を強打する金属音。
それに反応することなく近づくヒールの音は冷たい。
アインは、空気を探る様に首を回す。
闇の中で、徐々に近づく魔力は、正面で止まった。
「貴方が、アイン・グラディアートルさんね。フフフッ」
「貴方は、エーヴィッヒ殺しの主犯としてここにいます。」
「・・・お分かりよね。」
彼女は、視線の合わない盲目の男に笑みを投げる。
そして屈み、格子の先で地べたに座る男に手を伸ばす。
「フフッ、私には、そんなことどうでもいいの。」
「このままだと、死刑よね。」
「ハハッ、そりゃぁ、ありがてぇ事でございます。」
格子は、強く叩かれる。
その音は、後方に控える看守をこわばらせた。
「死狂い・・・良くいったモノね。」
「私はね、結構、勉強しているのよ・・・暗黒騎士様。」
アインは、顔を背け眉を顰めた。
その呼び名には、嫌な思い出しかない。
不死の賢者と暗黒騎士、それは英雄譚の一節だ。
国を憂う賢者と勇者に立ちふさがる暗黒剣士。
広まった詩は、戦勝国の話であり、そこには2つの正義があった。
片や暗黒騎士、仕える国では聖騎士と。
アインの表情を見つめる女性の視線は、彼を値踏みする。
そして、彼の意識を引く様に、優しく格子を叩く。
「私が貴方を釈放します。」
「領主殺害の場に巻き込まれた貴方を、私は買います。」
「・・・どういう意味かお分かりね?」
女性は、従者に視線を送る。
そして、看守にお声を掛けた。
「この位で、どうかしら。」
「これは・・・」
「足りないのなら、宿へ来なさいな。」
「損はさせないわ。」
「・・・」
アインの牢屋には、やけどで爛れた男の死体が投げ込まれた。
そして、盲目の男は布をかぶされる。
牢屋からは、若い男の声がむなしく響く。
それから3日後、領主の葬儀が終わると共に数名の若者の命は潰えた。




