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(151).不死の賢者

涙と嗚咽、そして送り出す笑顔が交錯する葬儀。

父の意志を継ぐ少年は、目を瞑り深く頭を下げる。

そして妻の涙は、男を送り出す。

立ち昇る煙は、大坑道の天井を這う。

それは、蒼い世界を見つけ、より高い世界を目指す。。

少年の背中を軽く叩く女性は、笑顔を向ける。


「マルク、さぁ最後の宴をしよう。」

「叔父さんは、湿っぽいの嫌いだったよな。」


ジェルジアは、手を鳴らし、従業員たちを導く。

気丈に振る舞う背中は、少し小さく見えた。

少年は涙を拭い、それに続く。

宴は始まり、男も女も酒を飲む。

その味は、苦く塩辛いものだった。

ドワーフは、酒好きと言うがそれは違う。

水など手に入りにくい世界では、腐らない酒が命の水となる。

それは、海の男達の考えと同じ。

酒精の強いその水は、主賓を想う人々の涙を隠す。

騒ぎ謡い各々の気持ちを空へと届ける。

少年は、人々の父への想いを受け、先を見据えた。


「姉ちゃん。俺、姉ちゃんみたいに頑張るよ。」

「父さんが、ゆっくり眠れるように頑張る。」


「フフッ、そうだね。」

「今のマルクなら、叔父さんもゆっくり眠れるよ。」


二人は、笑顔で涙を流す。

その姿を見る彼の母も同じだ。

宴は夜通し続く、ドワーフの酒豪さは伊達ではない。

中には、そのまま仕事に向かう者もいる。

その者の口から告げられる言葉に、主賓の妻は目を潤ませた。


「奥さん、昼過ぎには、領主様が顔を見せるそうですよ。」

「あんまり、酒飲ませないでくださいね。・・あの人、弱いんで。」

「じゃぁ、俺たちは行きますね。」

「チャップさんが良き旅を送れます様に。」

「イ デゼーア ヨウ フェリキタス」


「ありがとうございました。」

「主人も・・・幸せです。」


数人のドワーフは、荷物を持ち商業区を後にした。

宴の人々は、その顔触れを変化させるも、その熱量は変わらない。


「おぅ、ルシアか。 まぁ、よって祈ってけよ。」

「俺の弟の葬儀だ。」

「アイツは俺と違って、賑やかなのか好きだったからな」


僕達は、導かれるように、葬儀の列に加わった。

それは、ミーシャの時とはまるで違う。

しかし、その根幹は同じだと感じられた。

そこには、人を想う気持ちが形を変え、故人を送り出す姿がある。


「オヤジにそっくりだね。 きっと家族想いなんだろうな。」


「言うじゃねえか・・・手でも合わせてやってくれ・・・」

「・・なぁ、チャップ、俺のダチだ。」

「こいつ等も、お前の門出を祝ってくれてるぜ・・」


オヤジは顔を隠し、斎場の奥を刺す。

そこには、個人の遺品があった。

彼の使っていた道具、綺麗に手入れされたパイプはその人柄を映す。

僕達は、手を合わせ、彼の家族への幸せ祈る。

隣では、目を瞑り祈る師匠が小さく呟いた。


「イ デゼーア ヨウ フェリキタス」


不思議な言葉だが、何処か温かい。

彼女は目を開け、笑顔を向ける。


「ルシア、行こうか。」

「ラスティ、こっちだ。」


「ねぇ、師匠。」


「なんだ?」


「さっきの言葉ってどんな意味なの?」


「あぁアレか。古代語とか神代語だな。」

「"アナタの家族に幸せがあります様に"みたいな意味だな。」

「エルフやドワーフの葬儀などでは礼式的に使われる言葉だ。」


師匠は優しく僕に答え、小猫の為に少し屈む。

小さな淑女は、師匠を登り定位置に収まった。

遺品を飾る部屋は、彼を送り出す炉がある。

その炎は、静かだが熱く、彼の想いの様にも思えた。

僕達は、オヤジが待つ部屋へと戻る。

そして、オヤジの弟チャップ・アスカロンの宴に加わった。



昼を告げる低い鐘の音が響きく。

しかし、宴の空気は変わらない。鐘の音など関係ないのだ。

オヤジは、泣きながらチャップとの思い出を話す。

それは何度となく同じ内容を繰り返すし、その想いで僕を殴る。

師匠は、ラスティを連れ早々にトーアの元へ。

炉から感じる温かさは、兄の醜態を謝る様に優しかった。

斎場の外には、長身の黒いエルフの姿。

知的な声は扉を開け、中に入る。


「遅くなってすまない。私も手を合わせていいかな?」


「エービッヒ様。 もちろんです。」

「チャップの最後を見てやってください。」

「あの人もきっと喜びます。」


「本当にすまないね。奥さん。」

「私がもっとしっかりしていれば・・・」


「いえ・・・さぁ、あちらです。」


チャップの妻ノイエは涙を拭い、彼を案内する。

横を過ぎる黒エルフに頭を下げるドワーフたち。

僕達もそれに倣い頭を下げる。

一瞬、黒エルフの視線を感じるも、それが嘘の様に彼は進んだ。


「チャップ、本当にすまない。」

「私に落ち度がなければ、君が死ぬことなど・・・」


彼は、チャップの遺品を飾る祭壇のまえで膝を付き涙を流す。

その姿は、噂に聞く賢者の姿には見えなかった。

ただ、友を想う男の姿にしか見えない。

彼は目を瞑り祈る。


「イ デゼーア ヨウ フェリキタス」


その瞬間、彼の周りは光る。

そして斎場は、温かい光に包まれた。


「すまないな、チャップ。」

「私には、こんなことしかしてやれない・・・」

「奥さん、何かあったら私に話してくれ。」

「チャップとの約束だ。」


「領主様・・・ありがとうございます。」

「さぁ、あの人の・・チャップの最後の宴に・・・」


「あぁ・・・寄らせてもらうよ。」


ノイエに向けられた顔は、涙を拭うも止まらぬ涙。

それは、無理に作った男の笑顔を彩り、彼の心根を表す。

長身の黒エルフは、ドワーフに混ざり酒を飲む。

その姿は、やはり普通の男。

むしろ理想的な領主にも見えた。

笑顔の中心にいる男は、小さなカップを飲み干す。

そして、顔を真っ赤にし意識を失った。

心配するドワーフたちを他所に、ため息をつく執事長。


「アナタは優しすぎる・・・」


彼は、部下と共に長身の黒エルフを担ぎ領主館へ戻っていった。


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