10(148).ドワーフ
薄暗闇を紫色の炎に導かれた。
無機質な風は、火照った体から熱を奪う。
大隧道の中は、案内なしでは、死の淵を見せた。
「おいルシア、俺達からはぐれるなよ。」
「ここいらは、縦横無尽に穴が掘られてんだ。」
「ジジイのドワーフでもなきゃ帰っちゃ来れねえ。」
「忘れんなよ。」
僕は、初めてオヤジが心強く思えた。
しかし、その気持ちは、すぐにかき消される。
「アナタ、もう少し上品にはなせませんの?」
「だから、ジェルジアは、ついてこないのよ。」
「関係ねぇだろ? なぁ、ルシアもそう思おだろ?」
オヤジの苦笑いが僕へと牙を剥く。
夫婦喧嘩に、特にトーアのそれに関わりたくはない。
僕は師匠へ視線を飛ばすも、彼女はラスティをじゃらす。
それは彼女達が既に回避行動に移っていたたという事だ。
「オヤジ、それが原因だよ。」
僕は、オヤジに殴る様な口調をぶつける。
ソレは、トーアの表情を緩ませる。
「ほら見なさいな、ルシアさんも言ってますよ。」
「アナタは言葉が汚いって。ねぇルシアさん。」
完全に藪蛇だった。
オヤジに振られた時点で、僕は負けていたのだ。
愛想笑いと、相槌は昼食まで続くことになった。
その間、師匠はラスティと散策を楽しんだ。
昼も過ぎ、進む先には巨大な門が立ちはだかる。
それは大隧道の通行を管理する門。
そこに並ぶ旅人や行商の列は長く続く。
1刻半ほど経った後、僕達は問題なく門を越えた。
しかし、法王から受けた通行証は見せていない。
僕達は、トーアの顔で難なく通れたのだ。
それは予想していない事だった。
「トーアさん、あなたは何故オヤジと?」
「ルシアさん。ダメですよ。」
「女性に、そんなことを聞いては。」
「なれそめなど、素面では語れません。」
「ねぇ。アリシアさん。」
彼女の毒牙は、師匠にもおよぶ。
しかしそこは師匠、その年季は違った。
旨い事、彼女に話を合わせる。
そして、話の主導を取った。
最後には、ドワーフの国のスイーツに話題を変えていた。
僕は、ため息をつきオヤジに質問を投げる。
「なぁオヤジ、トーアさんは何者なんだ?」
「あいつか。俺には勿体ない程、いい嫁だ。」
「知ってるよ・・・そうじゃない。」
「おまえ、いつも冷てぇよな。」
「アイツは、元王女だよ、確か第4王女だったかな。」
「俺は、腕がいいだろ。」
僕は、ゴミを見る目でオヤジを見た。
しかし、その腕を否定できない事は事実だ。
「で、腕のいいオヤジは、なんで姫君と?」
「俺はな、品評会でホレられたのよ。」
頭を掻掻きながらデレるオヤジは、何処か可愛げがある。
しかし、その会話を聞いていた元姫君は冷たい視線を浴びせた。
「何をおっしゃるのですか?」
「アナタが私に惚れたのですよ? ね?」
そこには、中年の愛の押し付け合いがあった。
気品に満ちたトーアの表情もこれでは台無しだ。
二人のジャレ合いは、僕達の精神を削っていく。
これでは、話に上がるジェルジアは一緒に居ずらいだろう。
しかし、歳を重ねてなお仲睦まじい事は、僕達を微笑ませた。
しばし、彼らを見守っていると、二人は咳払いし話題を変える。
元姫君は静かにドワーフの国の過去を話しだした。
元は貿易都市のある地域に国があったという。
彼らは、エルフに次いで魔力が高く、彼ら以上に手先が器用だった。
その為、魔導具の生成に秀でた種族だったという。
彼らは、エルフ達と共に平和に暮らしていた。
しかし、それも2000年前に終わる。
彼らは、エルフと共に、土地を奪われ、逃げ延びた。
東側へ向かう者も存在したが、彼らが返ってくることは無かったという。
それでも、この地に残ったドワーフ達は国を築く。
そこには、豊富な鉱物資源があり、彼らの地位を高めていった。
時は経ち、彼らは鉱物が有限なものだと知る。
それは絶望でしかなかった。
しかし旅する賢者が街に知恵をもたらせる。
それから500年、彼の力によりドワーフの地位を盤石なものへと。
話し終えた婦人は、賢者の名前を口にする。
エーヴィッヒ・ノスフェラー。
その名前に師匠は一瞬眉を顰める。
しかし、僕の視線に気づき、その表情は笑顔に戻った。
「・・・ルシア、英雄譚の賢者の名前と一緒だな。」
「こういうの好きだろ?」
「ルシア、好きなの?」
師匠の言葉に、ラスティも乗る。
その視線は、やや冷たい。
僕は、ため息をつき、二人にその答えを返す。
「もうそんな歳じゃないよ。」
「でも、本人なら会ってみたいかな。」
冷たい視線は消え、次の話題へと変わっていく。
会話が終わる頃には、鐘のような低い音が響き渡る。
「もうこんな時間か、少し急ぐぞ。」
オヤジに急かされるように僕達は小走りに進む。
ドワーフの国では1日程度の距離に次の町がある。
その理由は、衛生面が全てだ。
洞窟の床は固く、出したものは還ることは無い。
半時ほど進むと街が見えた。




