6(144).人誅
深い闇の中、幾つかの影は街を駆ける。
そこには、小さな囁きだけがあった。
「ナル、状況は?」
「はい、エルロック様。」
「この領主は、エーヴィッヒに繋がる者でした。」
「領主館は、既に制圧済み。」
「残るは領主のみです。」
「・・・エルロック様の手を煩わせずとも・・」
「いいんだ、ナル。 俺が先頭に立たなきゃダメだろ。」
「後ろで指示してるだけじゃ、貴族と同じだ。」
「貴族と同じ奴に、お前はついて行きたいか?」
「・・・いえ。」
「でも私は、エルロック様の行くところなら何処へでも・・」
「ありがとう、ナル。」
「俺は、領主の元へ向かう。」
「お前たちは、周辺の警戒に当たってくれ。」
「かしこまりました。 エルロック様、ご無事で・・・」
2つの影は別れ、1つは領主の元へと向かっていった。
そして、その夜また一人領主の命は消えた。
夜は明けるも、ドワーフの国は薄暗い。
街を歩く人々の肌は白く、皆色素が薄い。
闇の中には、彼らの姿がハッキリと映し出された。
とは言え同じ人間、会話はどこの国でも変わらない。
昨今の話題は、領主惨殺だ。
憂う者もいれば、喜ぶ者もいる。
新たな領主が立つまでは、税の取り立ては無い。
しかし、外交も行われない。
潤うのは商人だけだろう。
喜ぶ領民をしり目に、2人の冒険者はお茶を啜る。
その表情は明るく満足そうだ。
「エルロック様、民は皆、喜んでいますね。」
「そうだね、ナル。 俺たちは間違っていない。」
「この後のことは領民がどうにかするさ。」
「で、ヴァンジョンズからは何か言ってきているか?」
「昨日の今日ですので、明後日にでも文があるのでは?」
「ハハッ、そうだね。 俺は少し焦っているようだな。」
「ナル。一緒に昼食でもしないか?」
「はい。エルロック様。」
二人は、人ごみの中に消えていく。
ドワーフの町は、騒がしく喜怒哀楽が入り混じっていた。
噂は、早くもドワーフ王国から外へと広がっていく。
それは、階級など関係ない。
日が経つごとに広がり、噂には尾ひれが生える。
噂する人の表情は様々だ。
笑い話の様に伝える者、次は我が身と身構える者。
領主が死ぬとは、そういうモノなのだろう。
外交が不在など、他の地域にとっては嬉しい限り。
関税をかけ従順させる事も、支援をし従順させる事も変わらぬ事。
その根幹は、権利さえ奪えればいいのだから。
不安になる者の多くは、情報を持つ商人だろう。
知識がなければ、税で生活を苦しめる領主など不要なのだ。
農民などは浮足立っている者さえいた。
「あんたら、大山脈に向かうのか?」
「今はやめとけ。 ありゃ、よくねぇ流れだ。」
山から下るドワーフの行商は僕達に声を掛ける。
彼らの表情は重く暗い。
その不安をあおる声に、オヤジは返す。
「まぁ、乱れても故郷だ。」
「また、国でなんかあったんかい?」
「あぁ・・・知ってるだろうが人誅だとさ。」
「俺は、その領主の伝手で交易をしてたんだがね・・・」
「お払い箱になっちまったよ・・・」
「そりゃ、つれぇわなぁ・・・これ持ってけよ。」
「酒は心の薬。 コイツは効くぜぇ、スピリッツの220年物だ。」
「ハハッ、ちげーねぇな。 すまんな兄弟。」
二人は笑顔を交わし、その場を後にする。
山道はそれなりに整地され、登山と言うほどでもない。
すれ違う度に交わされる会話は、オヤジの顔を暗くさせる。
その度に、彼の声色は低くなり、視線を落とす事が増えた。
「貴方、しっかりしなさい!」
「ジメジメしてたら、ジェルジアに嫌われますわよ。」
やはり、こういう時の女性は強い。
沈むオヤジに活を入れる品の良い女性。
見た目に反し豪快だ。
蒼天に鳴り響く程腰の入った平手。
オヤジは背に赤い紅葉を残しただろう。
オヤジは、その喝に豪快な笑顔を返す。
「ガハハッ、そうだな。葬式に行く俺がこれじゃダメだな。」
「死んだ奴も浮かばれんわな。」
師匠は僕に寄り添い、二人の会話を羨ましく眺めた。
しかし、彼女の表情には、何か深い悲しみも感じられる。
「師匠、大丈夫? 少し休もうか?」
「ルシア・・・では私をおぶってもらおうかな?」
「いや、それはちょっと・・・」
「フフッ、冗談だよ。 お前はいつも優しいな。」
彼女の闇はその影を潜め、いつもの笑顔に戻った。
甲高い鳥の声、風の駆ける音。
山岳地帯は人を寄せ付けまいとその力を示す。
それは、侵食する人間を自然が誅める様にも感じられた。




