5(143).遭遇
山を臨む街は、吹き降ろす風が強い。
振り返ると美しい景色が眼下に広がった。
宿や食堂は、それなりの数がある。
しかし、規模間に合わない程に静かだ。
そして、すれ違う人の顔は暗く重い。
1つの食堂からは、聞き覚えのある声。
豪快な笑い声と穏やかな声が2つ。
場の空気とは対照的だった。
魅かれるように足は進む。
扉を開けると、元気のない女将の声。
「あぁ、いらっしゃい。 2人かい?」
僕は、指を3つ立て返答を返す。
彼女は、やつれた笑顔で席を勧めた。
先客は、相変わらず豪快に話す。
対照的に微笑む女性。
僕の知る声は男の方だ。
不意に振り返る豪快な男。
「おぉ?! おめぇは・・・まだ生きえるじゃねえか!」
「馬鹿野郎、たまには顔をだせっつたろ・・・」
「で、こんな所でどうしたい?」
ラトゥールの武器屋のオヤジだ。
僕は、唇を噛み目を細める。
しかし、不思議と奥の女性に目が行った。
「あぁ、俺の嫁だよ。 俺には勿体ねぇけどな。」
「まぁ、積もる話は、飯の後にしようや。」
彼は、豪快に笑い、視線を妻へ戻した。
そして、また彼らの世界に入った。
視線を机に戻すと、既に注文は終わっている。
師匠の選ぶ料理は、基本的に間違いはない。
運ばれる料理は、皿にもられた腸詰や、野菜、軽い食感のパン。
そこに、溶かしたチーズがかかった。
独特な匂いと食感は食欲をそそる。
笑顔が絶えない、机には、四角いパスタの入ったスープ。
それらは、風で冷やされた体にを癒した。
空腹を満たし、一息つく目の前には、甘い香り。
師匠の注文の例外が目の前に現れる。
それは、甘味の量がおかしい事だ。
喜びの声と笑顔は、微笑ましい。
フワフワとした食感の菓子パンからは、ナッツの芳ばしい香り。
それは、師匠のモノだけから香る。
1つは紅いマーブル模様でナッツを含む菓子パン。
もう一つは、黄色いスポンジケーキ。
師匠は、スポンジケーキをラスティへ取り分ける。
そして残る一つにかぶり付く。
ラスティは、容量以上のモノを体に納めた。
しかし、物には限度がある。
残りは、僕らで綺麗にした。
食事中、師匠とラスティは、終始笑顔だ。
そこに食事を終えたオヤジ達が声を掛ける。
「後で、ちいとばっか面かしてくれね・・」
オヤジは、品の良い女性に日傘でどつかれ言葉が止まる。
その女性は、終始笑顔を崩さない。
「あなた、頼むならもっと礼儀良く・・・」
「ルシアさんですよね。 後で、お話を聞いてもらえませんか?」
「私は、ゲルギオスの妻、トーアと申します。」
品の良い女性は、スカートの裾を摘みお辞儀する。
しかし、その雰囲気には、ライザの様に逆らえないオーラを孕む。
「広場で待ってますね。 では、失礼します。」
「さぁ、いきましょ。あなた。」
二人は、それが日常の事の様に、店を出ていく。
僕達もそれを追う様に店を出た。
日は高く温かい、それでも人通りは少ない広場。
椅子に座るオヤジは、僕を見つけ手を振る。
「オヤジ、待たせたね・・・トーアさんは?」
オヤジは、立ち上がり僕達のを先導する。
その先に広がる光景は、オヤジが浮く空間。
もちろん冒険者の僕も浮いているだろう。
品の良い洋菓子屋のテラスだ。
奥の席には、トーアが静かに微笑む。
「あなた、大丈夫でしたか?」
「あぁ、まぁコイツなら大丈夫だ・・・」
僕達には、わからない会話だ。
彼女は、優しく視線を飛ばし、僕達を席に誘う。
昼下がりの静かな時間、真逆の様に血生臭い話が始まる。
「ルシアさんは、"義勇の騎士"なんて噂はご存じ?」
彼女の言うソレは、ここ最近、巷を騒がせる話だ。
地方領主を惨殺し、その地を重税から解放するといった話。
中には、悪どい領主もいるが、全てがそうではない。
この町の領主は後者だ。
そして、殆どの町が、ここと同じになっているという。
僕は、トーアの言葉に頷き返す。
彼女は、それならと話を進めた。
そこには、オヤジが旅する理由があった。
彼は、義弟の葬儀の為、故郷へ向かうのだという。
その為、この先の護衛が欲しいのだ。
ここからは山道と言うより登山に近い。
国交はあれど、大山脈の通行は、承認なしには行えない。
その為か、道の整備は二の次になっていた。
馬車など無いその道を夫婦2人では危険なのだ。
彼女は、僕達に頭を下げる。
それは、何処ぞの姫の様な所作。
気分を返す者などいないだろう。
僕は、師匠に視線を向ける。
その先には、笑顔の女性が二人。
まだ食うのか・・・
ため息と共に時間は過ぎた。
女性とは簡単に打ち解ける者なのだろうか。
僕とオヤジは蚊帳の外。
3人の女性は既に意気投合。
依頼などあってないようなものだ。
トーアは不敵に告げる。
「ルシアさん、あなた達にも良い話よ。」
「だって、大坑道は迷路の様に広がっているもの。」
「値段じゃないのよ。ね、あなた。」
流石にオヤジを手なずける女性だ。
初めから彼女の手の上で踊らされていただけなのだ。
僕達は、オヤジ夫婦と共にドワーフの町を目指す事になった。
遠くの空から黒灰色の雲がゆっくりと近づく。
そこに光る稲光は、美しく、どこか物寂し気に見えた。




