3(141).時の違い
町から街へ馬車は進む。
街道を行き来する人の量は明らかに増えていた。
それを支えるのは、以前とは比べ物にならない程に整備された道。
とは言え、自然も多く残る風景は心癒される。
潮風はその塩気を失い、緑の匂いを強くした。
ラスティは、師匠にこの地で起きた出来事を、大きな身振りで話している。
それを見るのは、師匠だけではない。
頷きながら聴き入る者や、驚きながら聴く者もいる。
彼女の動作を眺める彼らは総じて笑顔だ。
僕も耳を傾けるが、恥ずかしくなるばかり。
止めるにも止められない彼女の講談は、僕の羞恥心を増大させた。
話が終わる頃には、無事にカールへ着く。
客たちは、可愛い講談者に手を振り離れていく。
残るのは、やり切った顔のラスティと、クスクスと笑うアリシア。
僕はやり場のない感情に苛まれつつ、ため息をつく。
僕達は、カールの領主に挨拶をする為、領主館を訪れた。
ノッカーを叩き、扉から出てきた者は見たことのない使用人。
「おぉ、ルシア様ではありませんか! ささ中へどうぞ。」
「・・・お前たち、領主さまへお伝えを。」
「ささ、こちらへ。」
僕達は、応接間へ通された。
あの時と変わらない風景は今も美しい。
騒々しさはないが、慌ただしい足音が廊下に響く。
そして、扉が開き、ミーシャの甥が嬉しそうに口を開いた。
「ルシア様。 お待ちしておりました。」
「父が待っています。 どうか此方へ。」
移動の繰り返しだが、彼らの心は温かい。
それは、当事者ではなくとも家族として迎えられている事が窺えた。
ミーシャの甥に案内された場所は、以前にも入った事のある書斎。
彼は、扉の前で咳払いし、中の者へ声を掛ける。
「お父様、ルシア様がいらっしゃいました。」
「・・・あぁ、通してくれ・・ゴホッ・・ゴホッ」
部屋の中には、ミーシャの兄ヨウルの姿。
彼は、ベットで上半身を起こし、こちらに視線を送る。
その表情は、優しく、喜びに満ちていた。
「ルシア。待っていたよ。」
「もう会えないものかと思っていた・・ゴホッ・・」
「今日は、ミーシャの所へ?」
「えぇ。これから向かおうと思っています。」
「ヨウル様、ご体調はどうされたのですか?」
彼は、表情を崩し、咳をする。
その姿は、あまりにも弱々しく見えた。
「歳だろうな・・ゴホッ・・」
「君がリヒターを発ってから1年ほどで母もな・・・」
「残念です・・・」
「その気持ちは嬉しいよ・・ゴホッ・・」
彼は、娘か孫であろう女性に促され横になった。
そして、視線だけ此方に向ける。
「最後に君に会えたのは、ミーシャの導きだろうな。」
「どこまでも、優しい妹だよ・・・ゴホッ」
「君に会えてうれしかったよ。 ゆっくりしていくといい。」
「ありがとうございます・・・」
僕達は、彼の部屋を後にし、ミーシャの墓へ向かった。
そこは小高い丘の上。
彼女の好きな花が辺り一面に咲き乱れていた。
「ミーシャ。ただいま。」
僕は、彼女の墓標に、彼女の好きなチーズを備えた。
そして、ゆっくりと屈み、目を瞑り手を合わせる。
静かな闇の中で、彼女の笑顔が見えた気がした。
僕は、彼女に旅の話をする。
それは、きっと彼女も知ってる話。
最後に、僕は伝える。
「ミーシャ、また来るね。」
そして僕は、後ろに控えた二人に振り返る。
そこには、2人の女性もまた同じように手を合わせていた。
師匠は僕に気づくと、ラスティに声を掛ける。
「ラスティ、ミーシャ嬢と話はできたか?」
「うん。ミーシャ喜んでたよ。」
「そうか、よかったな。」
「ルシア、先に行ってもらっていいか?」
「ラスティを頼む。」
彼女は、ミーシャを抱き上げ肩掛けに納めて僕に渡す。
僕は、頷き彼女の想いを尊重した。
そして、広場へと先に向かう。
残ったアリシアは、背嚢から小さな瓶を出す。
そして、木の器に一杯注ぎ、瓶をミーシャの墓標の前に置く。
"ミーシャ嬢。勝手だが来たよ。"
"君は、酒も飲めると聞いた。"
"迷惑かもしれないが、君の好物に合う酒だ。"
"アイツも1杯くらいなら、うるさく言わんだろうさ。"
アリシアは、瓶に器を軽く当てる。
静かな丘に美しい音色が響いた。
そして、ひとくち口を付け空を眺める。
"アイツは、君のお陰で強くなった。"
"私は嬉しい。だが、少し君に嫉妬しているよ・・・"
アリシアは、器のワインをもう一口飲む。
そして、また空を見上げる。
"なぁ、ミーシャ嬢。君は私を認めてくれるだろうか?"
"私はアイツの傍にいてもいいのだろうか・・・"
彼女は返ることのない返答を待つ。
リヒターの風は優しく彼女の髪を遊ぶ。
薄金色の髪は、陽の光を反射し美しく光る。
彼女は、残りのワインを飲み干し、目を瞑る。
"ミーシャ嬢。また旨い酒を持って来るよ。"
"それではな・・・"
アリシアを包む様に、優しい風が渦巻き、そしてまた天高く登る。
アリシアはその風に視線を向け祈った。
"アイツを、ルシアを守ってやってくれ。"
リヒターの春は強い風が吹く。
しかし、この日は1日中静かだった。
僕達は、スキュレイア王にも謁見したが、彼もまた臥せっていた。
これが、ミーシャの母の言う時間の違いというものだ。
僕達は、彼らと最後の別れをし、静かな風と共にリーアを目指した。




