2(140).滄海の僥倖
船は大陸を西から回り込むように南下した。
すでに冬の風も温かく感じる。
日が増すごとに日差しは強くなった。
甲板では、薄着の水夫たちが作業に励む。
太陽は既に東の空に上がるも、師匠はまだ起きない。
もちろんラスティもだ。
僕は、二人が似てきた事に少し心配を擁いた。
甲板の隅で、僕はミーシャと共に踊る。
レイピアの樋鳴りは、美しく波の音に映えた。
幾何学模様を描く足取りは、女性水夫達の目に留まる。
レイピアの閃光は、ゆっくりだが、正確にそれに乗った。
それを見るダファが声を掛ける。
「ルシア、また打ち合ってみっか?」
彼は、槍と曲刀を構える。
僕は、頷き構えることで了承の意を返した。
船は凪に入り、速度を落とし、そして停まる。
やることを失った水夫達は観客へと変わった。
どこにでも賭け事を持ち出す者はいる。
3人のコボルト水夫は、それを仕切った。
「かぁー、オメエらには、粋ってもんがわかんねえのかよ・・」
「まあいいか・・・それじゃあ、行くぜ。」
ダファは、一足飛びに距離を詰める。
放たれる閃光は、殺意こそないが、雑さはない。
僕は、槍の間合いから一歩下がる。
徐々に、後方の空間は無くなっていく。
そして、手すりの支柱にかかとが触れる。
それもでダファは、表情を変えない。
その状況でも、隙を見せ、僕を誘う。
僕は、彼に笑顔を返し、弧を描く様に横に跳ぶ。
それは、彼の想定の内だろう。
彼は冷静に軸を合わせてくる。
左回りに、動き出す二人。
彼の構えは変化し、突き出した鉾の穂先を下げ柄を上げる。
ジリジリと詰まる間合い。
曲刀は、触手で保持され隙を伺う。
「やっぱいいな、お前とやるのは。」
彼は、意識をそらし、また距離を詰める。
僕は半身に構え、ダファーの斬撃を待つ。
ゆっくりと、レイピアを甲板と傾斜させる。
そして腕を曲げ、肘を立た。
ダファから放たれた鉾先は、僕の太ももを襲う。
しかし、それはレイピアの刃に邪魔された。
そして、その行先は持ち主の制御下を離れる。
僕は、鉾先を背後に流す。
ダファもそれは、予想していた様だ。
彼の影から、隠し持つ曲刀が迫る。
僕は払いつつ、その曲刀の刃に、レイピアを合わる。
それは火花を散らし、彼に大きく隙を作る。
そこには、レイピアの穂先が彼を向いているのみ。
僕は腕をねじりながら体の内に戻す。
そして、全身で突きを繰り出した。
彼は、身のこなしに長けている。
それは、四肢では間にあわない。
カナロアや、ガナパディの様に腕の代わりがある者にしかできない動きだ。
予想できない軌道で彼は回避した。
そして、また構える。
「今回は盾も使わねえのかよ・・・」
「風も出てきたし、止めにしようか。」
「面白かったぜ、ルシア。 また頼むわ。」
彼は、そういうとコボルトを小突き、船長室へ向かった。
観客たちは、ダファに諫められ、その博打は白紙に戻る。
風は、汗の浮いた肌を優しく撫でた。
海を眺め風に当たる僕は、柔らかい布は掛けられる。
「動きが綺麗になったな。」
「フフッ、落ち着いて見てられたぞ。」
そこには、悪戯な笑顔があった。
彼女は、僕の頭を布越しに強く撫でる。
そして、隣で海を眺めた。
彼女の肩掛けには、ラスティがチョコンと佇む。
その表情は、どこか幸せそうだった。
三人で眺める海は、あの時と同じだ。
僕達は、まだ見えぬリヒターに想いを馳せる。
甲板は、また慌ただしく働く水夫達で賑わった。
遠くには、巨大な動く島。
師匠は、視線を変えることなく、僕達に疑問を投げる。
「アレは・・・なんだろうな。」
「動いてるように見えるんだが・・・」
この会話を耳にしたコボルトは、申し訳なさそうに会話に入る。
しかし、作業を止めることは無い。
「姉さん、こりゃ僥倖ですぜ。」
「ありゃ、アクバラちゅう神獣の1つですよ。」
「まあ、でっけえ亀ですね。」
「ほぉ、くわしいんだな水夫。」
「まぁ、海神なんて言われてる獣ですからね。」
「水夫で知らんヤツは、ただの素人ですぜ」
「とはいえ、近づきたい代物じゃねえですけどね。」
師匠は首を傾げ、その言葉に問いかける。
彼女の表情は、子供のそれだ。
コボルトは、相変わらず視線を返さず答えた。
「そりゃね、あれが動けば流れができるでしょ。」
「船なんか、簡単に沈んじまいやすよ。」
「そういう事か・・・すまんな時間をとらせて。」
「いえ、出すぎた真似したのは、アッシですから気にせんでください。」
彼は、そう言うと作業を終わらせ次の作業へ移っていった。
海には相変わらずゆっくりと動く巨大な亀。
師匠は、シゲシゲと海の先にいる海神に視線を送る。
同じように、肩掛けの中から視線を送るラスティの姿。
僕は再び思う。二人は似てきたと。
日が西へ移る頃、アクバラは姿を消す。
元いた場所には、巨大な渦だけが残っていた。
何事もない航海は続く。
空を飛ぶ海鳥は、僕達と共に海を翔る。
僕は、船の船首に、リヒターを見つめる彼女の面影を感じた。
日は、また昇り繰り返す。
水夫達は、せわしなく働く。
小さかった、島がその全容を明らかにする。
出迎える獣人達の表情は、以前にもまして明るい。
5隻の船は、無事にリヒターの玄関口であるクーデリアに入港した。
久しぶりのリヒターの風は、優しく頬を撫でる。
僕達は、ダファ達に礼を言い船を降りた。




