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1(139).噂話

冬の風は、日を越える毎に少しずつ温かさを孕む。

砕氷船は、静かに北の海を進んだ。

遠くの海には、白い巨影が空に舞う。

甲板では太陽に照らされ、小さな猫を追う女性の姿。

いつもと変わらない風景に笑みが漏れた。


「兄さんじゃあないですか?」


「エリクさんも乗ってたんですね。」

「どうしたんですか?」


エリクさんは、2人の舎弟を連れ僕を訪ねた。

彼は、この砕氷船で魔術師として働く流れの冒険者だ。

彼は、周りを気にした後に、近頃起きた噂を話す。

それは、重税を敷く領主を ”何某” とかいう集団が殺害したという話だ。

その集団は、義賊ともてはやされているが、彼は違和感を投げた。


「詳しい話は分かりませんが、俺は裏があると思うんですよ。」

「聞いたことのない人間が、急に話題になるなんて無いでしょ?」

「場所はファウダより東だそうですがね。」

「ここいらじゃ、数年前にも宗教戦争があったばかりでしょ。」

「世直しみたいなもんが流行ってるんですかね?」

「まぁ、真実は分からないまま広がった情報なんて、恐ろしいもんですよ。」

「兄さんは、どう思いますか?」


エリクさんは、視線を遠くの海に移す。

彼の言うことは一理あった。

僕は同じように海を眺め、彼に言葉を返す。


「問題は、そこの民達の今後だろうね。」

「最初は税が消え楽にはなるだろうけど。」

「領地を回す者が居なければ飢える者も出るんじゃないかな。」


僕はその先の言葉を止め、追い駆けあう2人の女性に視線を送る。

彼女達は、法王庁からここまでの船旅で、さらに仲を深めた様だった。

僕は、また視線をエリクさんへ戻し、彼に続きを述べる。


「その義賊は、どこまでケツを見るんだろうね?」


「ケツ・・ですか。」

「確かにそうですね。」


遠くから、エリックさんを呼ぶ舎弟の声。

彼は、頭を掻き僕に頭を下げる。

そして、舎弟へ彼らしい言葉で答えた。


「エリクさん。そろそろ仕事です。」


「仕事じゃねえんだよ。仕事なんだよ。」

「じゃあ、兄さん、俺はこれで。」


エリクさんは、急かされるように甲板から船室へ下っていった。

僕は、エリクさんの言う宗教戦争を思い出す。

あの時は、ファウダ王子がケツを持ち、そこに各国が力を貸した。

しかし、この噂では、力が足りない。

目先の問題を解決することは簡単な事が多い。

しかし、その裏で張り巡らされた意図は、簡単には解決しないだろう。

事が起こり、一度皺ができれば、それは波紋の様に広がる。

宗教戦争など、そのいい例だろう。

僕は、噂に無関係だからだろう、独り思考に耽った。

暫く経つと、潮風に芳ばしい香りが孕む。


「おい、どうした、ルシア。」


師匠は手に持つ、鳥串を渡す。

どこで買ったのだろうか、既に小猫の口は汚れていた。

彼女はそれを見つけると、小猫を抱き上げる。


「ダメだろ、ラスティ。」

「フフッ、淑女には、なれんぞ。」


彼女は、袋から布を取り出し、小猫の口を拭く。

その光景は、子供をあやす母親の様だった。

僕は、現実に帰り、その光景に微笑む。

そして、彼女達に提案した。


「僕は、先にリヒターに渡りたいんだけど、どうかな?」

「東へ向かったら、いつ帰ってこれるか分からないだろ?」


師匠は、ラスティの口を拭き終えると、視線を返す。

そして、ラスティをあやしながら、言葉を返す。


「そうだな、それがいいかもしれないな。」

「世代が変わる前に渡ろうか。」


「ウチもミーシャのトコ行きたい。」


船は、寒空の元を静かに進んだ。

空には光のカーテンが光る。

船は銅鑼を鳴らし、入港を知らせた。

久しぶりのエドモストンだ。

だが、ハーレは居ないだろう。

僕は、乗り継ぐ船を探す。

流石にそこは有名な貿易港の1つだけはあった。

何隻も停泊する姿は圧巻だ。

その中に見覚えのある数隻の船があった。


「よお、ルシアじゃねえか。 何探してんだ?」


そこには上背のあるカナロアと3人のコボルト。

彼らは積み荷のチェックをしていた。


「久しぶり、ダファ。」

「ダファ達は、これからどこに行くの?」


彼は、チェックリストを見終えると視線を向ける。

そして、触手の様な髭を撫でながら答えた。


「ルシアの行きたい所に出してやるぜっ・・」


彼が、胸を張り、主張をした瞬間の出来事だ。

後方から飛ぶスパナは彼の後頭部を直撃。

船上からは、殺意だけが飛んでくる。

そして、手信号でコボルトに指示がでた。


「ダファさん、オヤジ切れてますよ。」

「謝ってきた方がいいんじゃないっすか?」


「この距離じゃ何度も届かねぇよ。バカヤロウ。」

「で、ルシアどうっっ・・」


一度あることは二度起きる。

スパナから玄翁に変わり、その重量を増した。

そして、地響きが駆け抜ける。


「クソガキィ!! 手前ぇの裁量じゃぁ、コイツは動かねぇよぉ。」

「ルシアに謝っとけやぁ。」


「ハハハッ、だってよダファ。」

「デイヴィさんとこ、行っても大丈夫かな?」


頭を撫でるダファを他所に、コボルトは僕の問いに答える。

そして、3人のコボルトは何事も無かったかの様に作業を続けた。


「へい、問題ありゃしませんぜ。」

「足元に気を付けてくださいね。」


僕は、ダファと、コボルト達に礼を言い、デイヴィの元へ向かう。

そこには、圧の塊の様な男が甲板で指示を飛ばす。


「時間はあんだぁ。ミス無くやれやぁ。」


「デイヴィさん、お久しぶりです。」

「この船は何方まで行かれますか?」


「どうしたい、小僧。」

「こいつぁ、リヒターに帰港するだけだぁ。」

「乗ってっかぁ?」


「3人分でいくらですか?」


「話が早えぇのは好きだぜぇ。」


僕は、デイヴィと話を付け、リヒターへの船旅を手に入れた。

出発までは、まだ時間がある。

僕は、淑女二人と合流し、食事をとった。


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