49(137).血縁
小さな修道女に連れられ廊下を進む。
修道院から渡り廊下の伸びる先にそこはあった。
城の様にデカい建物は荘厳。
入り口には、騎士の様な服装の僧達が守る。
小さな修道女は、小さく頭を下げ中へと進む。
そして彼女は、迷うことなく聖堂へたどり着いた。
しかし、そこには目的の人物はいない。
彼女は、首を傾げ目を瞑る。
「???」
「ほーおーさまは・・・あっちだね!」
彼女の周りには、淡い魔力が飛散している。
ファウダで味わったアレにも似ているが少し違う。
それは、だた優しく魔力が心を撫でるだけだ。
彼女は、対象を見つけ、僕の手を引き進む。
1歩ずつトコトコと階段を上り屋上へ。
そして、笑顔で正面の男へ声を掛けた。
「ほーおーさま、おつれしました。」
「ルシアさんです。 わたしはこれで。」
彼女は小さく頭を下げると踵を返す。
しかし、それを止める様に男は声を掛けた。
「ナナイ、君もここでゆっくりするといい。」
「急いでも、何も変わらないよ。」
「はい。」
正面の男は、斜に視線を飛ばす。
美しい銀色の髪は、風になびき、日の光を反射する。
横顔は、特徴的な長くとがった耳、そして浅黒く美しい肌。
彼は、ゆっくりと移動し椅子に掛ける。
そして僕に視線を飛ばした。
「想い人には、会えた様だね。」
「それでもまた、君は揺らいでいる・・」
「・・・」
「ふむ・・・あの時より君は、染まってしまったのかい?」
僕には、彼の言葉がわからなかった。
しかし、その意味深な言葉は深く頭に残った。
彼は、空に視線を向け話を続ける。
「今日は、ティーネさんの事だったか・・・」
「君は、彼女の子供だっだね。」
「旅立ってから、どれくらいになるだろうか。」
「・・・20年近くなるだろうね。」
法王はゆっくりと話す。
彼の言葉は、色あせない。
紡がれる言葉に、母の姿が浮かぶ。
そこにいた母は、聖女と呼ばれる存在だった。
聖女には、モノを封じる力があるという。
それは、英雄譚でも語られることだ。
しかし、彼女は世間から隠された。
人とは縋る物を求める者だ。
それは、時として、国を揺るがす波にも変わる。
その為、彼女の存在を隠遁し、地方の修道院へと送られた。
過去を語る法王は、昨日の事の様にそれを話す。
僕は、ゆっくりと話された母の力について質問する。
「法王様、僕の知る母には、魔法の力はありませんでした。」
「それに僕は、属性適正がありません。」
「それは、なぜですか?」
法王は、また空に視線を飛ばす。
そして目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。
「そうですか・・・」
「魔法が使えなくなる事は、自然には起きません。」
「それは、何かの力によるものでしょう・・・」
「君の事は・・・どうでしょうね・・」
「私の知る限りでは、数人いました。」
「ただ、その者は同じ時代にはいない。」
「私の知る知識はその程度です。」
「・・・東へお行きなさい。」
「あの地には、世界の真理があります。」
彼は、目を開け机の上の紅茶をとる。
ゆっくりとした動作は、誰よりも優雅だった。
そして、ナナイに視線を落とす。
「彼女は、次代の聖女候補です。」
「あまり話すものではありませんがね。」
「ティーネさんも、この子の様に、ここで生活していました。」
「・・・いや、やんちゃでしたね、彼女は・・・」
法王は、優しい笑顔で母の事を語る。
それは、僕の知らない母の一面。
彼の隣で、共にお茶を飲む母の姿が目に浮かんだ。
会話は、ゆっくりと優しく進む。
それを聞く修道女は、2代前の聖女の話に真剣だ。
彼によると今代の聖女は、ハーフエルフの女性だという。
それは、リヒターのギルドで働く職員だ。
僕には、心当たりがあった。
しかし、彼女をそう見ることができなかった。
それは、僕の中の聖女像を壊さなけらばならないからだろうか。
聖女とは、一概に英雄譚の様に落ち着いた者ではないのだと。
彼女達の人柄は、人として生きる姿は消されているように感じた。
それは、人を先導する姿のみが強調させたものなのだろう。
そして、法王の言葉が全てを物語っている様だった。
彼は、紅茶を飲み干すと、懐から不思議な素材の板を取り出す。
それは、夕日に反射し虹色に輝いた。
「ルシアさん、これがあれば大坑道の通行ができますよ。」
「君達には必要なはずです。」
「母からの贈り物だと思って受け取ってください。」
そして、法王は表情を変る。
そこには、強い表情のがあった。
彼は、脅迫するでもなく、だだ諭すように告げる。
「それと、君は常世のモノと近すぎる。」
「あまり、彼らと話すのは良くないよ。」
「現世とのつながりが薄くなるからね。」
「・・・君は、想い人を悲しませるのは嫌だろ?」
僕は、彼の言葉に深く頷く。
それを見た彼の表情は、元の優しいものへと戻る。
そして、席を立ち、ゆっくりと歩く。
その背中には、深い思いが感じられた。
その横で、慌てふためく小さな修道女。
「あっ、ほーおーさま。あたし、午後のおつとめしてない・・」
「フフフッ、気にすることはありませんよ。」
「ナナイは、私のお世話をしていた。」
「聞かれたら、そう伝えればいい。」
「これをお持ちなさい。 証明になります。」
彼は、ナナイにハンカチを渡すと、強い風が吹く。
対して、僕達は視線を落す事しかできない。
そして、風が過ぎ去ると、そこにあった筈の机は、男と共に消えた。
僕は、あの時の様に呆然と立ち尽くすも、手には通行証が残っている。
小さな修道女もまた、同じような表情だった。
二人で修道お院へ戻る道は少し肌寒い。
そこには、本当の寒さよりも違うモノがあった。
僕は、帰りの道すがら、ナナイにお願いをした。
「ナナイちゃん、お願いを聞いてもらえないかな?」
「うん、いいよ。」
「数日前に、ここで生活を始めた、ラスティって知ってるかな?」
彼女は、笑顔で頷く。
僕は、その表情を確認し彼女に手紙を託す。
「僕達にとって彼女は、家族なんだ。」
「だから、本当に最後なら・・・」
「・・・彼女に、ラスティに会って伝えたいことがあるんだ。」
「厄介ごとを頼んで、ごめんね。」
「だいじょうぶだよ。おにいちゃん。」
「これは、あさのおれいね。」
僕は、廊下に消えていく彼女を見送る。
ゆっくりと陽は沈み、青白い月が顔を見せていた。




