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48(136).血の強制

二人の時間は静かに過ぎた。

それは、心地よい時間だが、何か足りない。

何気ない行動、小さな衝突、そして笑い。

小さくても大きい心の一部。

僕達は、彼女と別れて3日経つ。

枢機卿との約束の日だ。

修道院まで続く長い階段を、あの笑顔を求めて登る。

隣の女性は、明るい笑顔で話す。


「なぁ、ルシア。 この服はアイツに似合うだろうか?」

「私は、いいと思うんだよ。 アイツの好きな色だ。」


小さな包みを持つ彼女の表情は温かい。

まるで我が子か孫のを見る女性の顔だ。

僕は、彼女に笑顔で返す。


「きっと喜ぶよ。 新しい服欲しがってたしね。」

「今日は、ラスティの好きな物でも食べに行こうよ。」


長い階段は、思いのほか短く感じた。

修道院は、町に比べ厳かだ。

入り口では、2人の女性。


「お待ちしておりました。」

「これより、枢機卿の元へお連れ致します。」


僕は、淡々と進む会話を遮り、小猫のことを聞く。

すると、彼女らは少しムッとするも、すぐに平静を装う。


「あの、ラスティは、どうしてますか?」


「はい、とても幸せそうですよ。」

「やはり、家族と一緒ですものね。 フフフツ。」


不自然に微笑む彼女らの表情には含みがあった。

師匠もそれを理解している。

しかし、荒事を起こす事はできない。

それは、僕たちの考えでしかないからだ。

もしかすると、ラスティ本人を苦しめるかもしれない。

師匠は、彼女の姉に小包を渡す。


「そうか・・・アイツ、ラスティに渡してくれないか。」

「誕生日の贈り物だ。 私からだと伝えて欲しい。」


しかし、彼女は眉を顰め、それをそっと止める。

その強い表情は、拒絶でしかない。


「いえ、修道院では、そういった物は頂けません。」

「フッ、物で機嫌を取ろうなどと・・・」

「ラスティをこまらせないでくれませんか?」


冷たく言い放つ言葉は、暴力でしかない。

その刃に、気持ちのやりどころ失うアリシア。

それでも、気丈に振るまう姿には哀愁が漂う。


「そ、そうか、では挨拶だけでもさせてくれないか?」


「それもできません。」

「私共は、あなた方を枢機卿の元へ連れていく以外、承っておりません。」


アリシアの視線は、地面を見つめ、表情も重い。

ため息と共に、彼女の気持ちが伝染する。

僕は、彼女の背中を撫で、少しでも寄り添う。

長く続く廊下は、以前より冷たく感じる。

感情を逆なでする様に、中庭からは子供たちの声。

心は削られ、僕達は唇を噛むしかできなかった。

立ち止まった部屋の前で、二人の修道女は注意を押し付ける。


「くれぐれも、枢機卿をわずらわせる事の無い様にお願いします。」

「枢機卿とあなた方では、身分も違いますゆえ・・・お忘れないように。」


彼女は、有無を言わせず、扉をノック。

部屋の中なら返る声に答え扉を開けた。

その声は、今までの様に低くはない。


「お連れ致しました。 私共はこれで。」


「はい、ありがとうございます。」


そこには、あの時と変わらない表情の初老の男。

その笑顔は、逆に心に突き刺さる。

僕達は、誘われるままに椅子に座った。

そして、枢機卿は、書類を眺めながら話を進める。


「待たせしてしまって、わるかったね。」

「そういえば、ラスティさんは幸せに暮らしていると聞くよ。」

「どうするかは、君たち3人で話すといい。」

「・・・」

「では、本題に入ろうかね。」

「ルシアさんには、道案内を付けますね。」

「ここは複雑だから、迷っては大変だ。」


そういうと、枢機卿はベルを鳴らす。

少し時を置き、扉を疎らにノックする音が小さく聞こえた。


「すーきこーさま、ナナイにございます。」


「入りなさい。」


扉を両手で開ける小さな修道女。

彼女は、チョコンとお辞儀をすると部屋へ入る。

そして、枢機卿の前で跪く。


「うん。勉強しているね。」

「今日は、大丈夫かい?」


「はい。おつとめ、わりました!」


「元気があっていいね。」

「でもね、お客様のいる時は、”はい”だけでいいよ。」


「はい、す・あっ・・・」


「フフフッ、ゆっくりでいいよ。」


そこには、孫と会話を楽しむ老人の姿がある。

威厳の中に慈しみに満ちた空気は、やはりと思えた。

枢機卿は僕達に視線を送り、彼女を紹介する。

彼女はそれに合わせ頭を下げた。

そして視線が合う。


「あっ!」


「んっ? ナナイさん、お知合いでしたか?」

「では、話しは早いですね。」

「ルシアさんを法王様の元へお連れ下さい。」

「今日は、庁舎にある聖堂のはずですが・・・」

「貴方なら感じ取れるはずですよ。」


「はい。」

「おに・・ルシアさん、あたしにつづいてください。」


僕は、師匠に視線を送り、部屋を後にする。

部屋を出ると彼女の表情は、年相応のモノへと変わった。

そして、僕の手を取り、足早に廊下を進む。


「お兄ちゃん、こちだよ。」


静かな廊下は、少しだけ温かく感じた。



2人が去った枢機卿の応接室。

彼は書類をまとめ、椅子に座る女性に視線を向けた。

そこには、少し気持ちを落とした表情の女性が佇む。


「どうなさいました?」

「私で良ければ、お伺いいたします・・・」


「いや、人との付き合いとは難しいものだな。」

「何年生きても、私は人並みにはできないよ。」


「フフフッ、人並みですか・・」

「法王様に比べれば、十分すぎるかと存じますよ。」


「法王か、比べられてはな・・・」


枢機卿は、書類をまとめ終えると、それを手に、椅子を発つ。

そして、彼女に頭を下げ、目的の場所へ導く。


「お待たせしました。アリシア様。では参りましょう。」


「様はやめろ。 私はそんなんじゃない。」


廊下を進む二人、静かな風だけがそこにはあった。

歩く二人に、自然と礼儀を尽くす司祭たち。

服装など関係なく、空気がそうさせていた。

そして、修道院から出て敷地内にある趣のある建物へ移る。


「どうぞ、お入りください。」

「守門を一人付けますゆえ、ごゆっくりどうぞ。」

「私は、部屋に戻ります。」


アリシアは、一人の守門を連れ、図書室の中へ入っていった。

そこは、部屋とは名ばかりの神代より存在すると言われる建物。

人の力で外見が多少変わったが、その本質は変わらない。

神代よりの叡智がそこにある。

彼女は、ラトゥールの建国、そして帝国の成り立ちを追い。

何が祀られているのかを探した。

日は沈み、蝋燭の光が彼女の頬を撫でる。


「そうか・・・」

「因果と言う奴は、根深いな・・・」


彼女は本を閉じ、建物を後にした。

修道院で待つ男性の笑顔に、少し居心地を悪くする。

しかし、その優しさに瞳を潤ませた。


「アリシア、おかえり。」


夜風は二人を優しく包む。

足りない感情を残し、ゆっくりと修道院を後にした。


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