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45(133).母の想いと言葉の重み

修道院の応接室。

子供たちの笑い声と鳥の囀りが聞こえた。

枢機卿は、紅茶を口に運びながら3人の訪問者の質問に答える。


「そうですか、君は彼女の息子でしたか。」

「・・・懐かしいですね。」

「彼女は、僕の教え子の一人なんですよ。」


枢機卿は、遠い目で語りだした。

その表情は明るく、娘の話をする父親の様だ。

話し終えると彼は、僕に質問する。


「長い事行方不明でしたが、彼女は立派な息子を授かったんですね。」

「それで、ティーネさんは、お元気ですか?」


枢機卿は、優しい笑顔で僕に尋ねる。

しかし、それは愚問だと気付く。

そして、視線を落とし、そのことを悔い謝った。


「そうですか・・・それは辛いことを・・申し訳ありませんでした。」


「いえ・・・母は最後まで立派でした。」

「僕には、"人に期待するな"と・・・」

「"期待すると傷つく"と残して息を引き取りました。」


僕は、机に叔母から託された母の形見を置く。

布に包まれたソレを解くと、枢機卿は悲しそうな笑顔を見せた。


「フフフッ、彼女らしい言葉ですね。」

「相変わらず、言葉足らずだ・・・」

「君には、真意が伝りましたか?」


僕は、枢機卿の言葉に対し、自分の意見を返す。

それは、今までの人生から導いた答えだ。


「僕は、母が言いたかったことは、正直わかりません。」

「でも、お互いを理解することが、相手を想う事じゃないかなって。」

「期待は、一方的に想う事じゃないかって感じたんです。」

「だから、母は一方的な想いは良くないって言いたかったんじゃないでしょうか。」


枢機卿は、目を瞑り優しい表情で頷きながら僕の話に聞き入った。

そして、目を開き言葉を返す。


「彼女は、いい子を持ちましたね。」

「君はまだ若いのに、彼女の・・・」

「いえ、これは法王様の教えなのですがね。」

「彼の真意に辿り着けましたね。」

「大変な人生を歩まれた様だ・・・」


枢機卿は手を合わせ、天に祈る。

その先にいるのは神ではなく彼の教え子。

それは、神々しくも思える姿だった。

しかし、老司祭はその姿に唖然とする。

そこに枢機卿は視線を向けず、僕に視線を送る。


「ティーネさん、私はこのめぐり合わせに感謝します。」

「ルシアさん、君の母の言葉にはね、続きがあるんだよ。」


彼は、静かに目を閉じ法王の言葉の続きを語りだす。

それは、経典などではなく教訓の様なモノだ。


”人には期待するな、それは自分を傷つけるだけだから。”

”人はお互いを想い合う。”

”しかし、過度な想いは、相手に重く圧し掛かる。”

”重い気持ちは、次第に悪意を生む。”

”それは、ぶつかるか、避けられるか。”

”もしくは、利用されるかもしれない。”

”ただ、それが自分を傷つける事には変わらない。”

”だから、期待はするな。”

”お互いを想うことは、期待し合う事ではない。”

”想うとは、お互いの気持ちを知る事なのだから。”


枢機卿は、静かに話し終えると少し表情を崩す。

そしてまた、遠くに視線を飛ばす。


「フフッ、彼女は、覚えるのが苦手だったからね・・・」

「して・・・ルシアさん、君の目的は、言葉の真意ではありませんよね?」


枢機卿は優しく目配りし、老司祭を部屋から下がらせる。

そして、ゆっくりと紅茶を口へ運ぶ。

僕は、修道女だった頃の母について質問する。

それは、母がなぜ ”力” を失ったのかに繋がると感じたからだ。

枢機卿は腕を組み、片手で口を覆う。

そして、その答えを濁す。


「あの時期は、大変だったからね・・・」

「そういえば、法王様が戻ってきておいでだよ。」

「彼もティーネの事を心配していたから彼に聞くと言い。」

「私では、話せないことも多いからね・・・」

「ルシアさん、こんな答えですまないね。」


枢機卿は、僕に頭を下げる。

初老の男性は、表面だけ取り繕っている様には見えない。

その言葉が全てを表しているのだろう。

僕は、彼と同じように頭を下げる。

すると彼は笑う。


「よくできた子だね。」

「君ぐらいの頃のティーネさんは、それはお転婆だったよ。」

「まぁ、この程度は話せるね。 フフフッ。」

「三日後また来なさい。 法王さまにお時間を頂いておきましょう。」


そして、枢機卿は、師匠に視線を飛ばす。

その表情は、今までとは少し違っていた。


「・・・アリシアさんでよろしいですね。」

「貴方の目的はどういった事でしょうか?」

「私にお答え出来る事であればよろしいのですが・・・」


「んっ、あぁ問題ない事だよ。 離れの図書室を少し貸してくれ。」

「私も三日後でいい。 どうだろうか?」


枢機卿は、深く頭を下げ、師匠の言葉に返答する。

それは、仰々しくも見えたが、師匠はあまり気にしていない。


「問題ございません。」

「それでは、三日後、またお越しください。」

「ルシアさんも、よろしいかな?」


僕達は、枢機卿の確認に頷きその意を返す。

彼は、笑顔でソレを受け入れる。

そして最後に、ラスティへ視線を飛ばした。


「ラスティさん、では私と参りましょうか?」

「貴方が嫌だと思えば、ルシアさんの元へ戻ればいい。」

「貴方の身の安全は、私が補償いたします。」


ラスティは、枢機卿の優しい顔を覗きこみ小さく頷く。

そして、視線を僕へ向ける。


「ルシア、水筒ありがと。」

「少しだけ、お姉ちゃんと一緒にいるね。」

「だけど・・・」


「大丈夫だよ。君を置いては行かないよ。」

「三日後また会おう。 辛くなったら直ぐ帰っておいで。」


「うん。」


彼女は、笑顔になり僕の足に頭を擦り付ける。

そして、師匠にも同じ様にした。

小さな淑女は、枢機卿の後について廊下の奥へ消えていった。


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