44(132).すれ違う想い
見つめ合う二人の獣人。
感情のは、互いの想いを埋めることは無い。
涙を浮かべる女性と、困惑する小猫。
それを取り囲む修道女たちは、その光景を神に感謝する。
「ソマリさん、祈りが通じましたね・・・」
涙を流し、彼女を抱きしめる老女司祭。
彼女たちは、それそれの世界に浸っている。
僕達は、完全に蚊帳の外で困惑。
ラスティの視線も僕や師匠へ向けられた。
「あなた達は、ソマリさんの妹さんを・・」
「そうですか、見つけてくださったんですね。」
「いや・・・」
僕の声を遮るだけの圧が彼女の笑顔にはあった。
彼女の行動は、内輪への慈愛であり、部外者へのソレはない。
「あぁ、私とした事が、お礼をしなければなりませんね。」
「さぁ、こちらへどうぞ。」
「ソマリさんも、可愛い妹さんもご一緒にね。」
僕達には、その誘導を拒絶できる空気は残されていない。
ラスティの表情は何時になく暗く、師匠の腕からから僕のフードへ飛び移る。
「どうしたの、ラスティ?」
「・・・君はどうしたいんだい?」
「僕は、君の気持ちを大事にしたい。」
「そうだな、私も同じ気持ちだ。」
「ウチは・・・」
小猫は、悩む。
それを拒むように、修道院の奥へと誘う老司祭。
背後からは、それを強制する様に優しく促す修道女達。
僕達は逃げ場を失い、仕方なくそれに従った。
応接室へ通され、紅茶が振る舞われる。
それは、柑橘系の匂いがした。
「ラスティ、これはダメだよ。」
「すいません。これ別の物と交換はできませんか?」
「彼女の体には、よくありませんので・・」
修道士たちは、笑顔のまま眉を顰める。
そして、一言述べた。
「好き嫌いは良くありませんよ。」
「これもまた、神の御恵みなのです。」
修道女たちの態度に、横に控える師匠は目を細める。
そして、ラスティを撫でながら、ため息を吐く。
「はぁ・・・お前達は、何かと言えば神だな。」
「今、必要なことはラスティの事だろ。」
「お前達は、コイツをどうしたいんだ。」
老司祭は、眉間に深い皺をよせ、表情を潜める。
その不思議な表情に、考えを窺うことは叶わない。
静かな修道院に、感情を押させた声が響く。
「私たちは、ソマリさんの想いを尊重します。」
「それは、神への祈りが導いた所業。」
「貴方たちは、ただそれに乗せられていただけなのですよ。」
「こちらが・・・」
老司祭の言葉をソマリは止めるように言葉を被せた。
それは、司祭よりは”妹”の事を考えている事が窺える。
「司祭様・・・」
「ラスティこっちへおいで。」
「私は貴方に会えることを祈っていました・・・」
「・・・独りにしてごめんなさい。」
「でも、私があなたの事を忘れた日は一日も無かったのよ・・・」
ソマリは、泣き顔でラスティに微笑む。
彼女は、師匠の膝の上でソレを眺めた。
「ラスティ、僕達は止めないよ。」
「君が、僕達と一緒にいたいならそれは嬉しい。」
「でも、家族と居たいならそれは止めない。」
悩む小猫は、ソマリの泣き顔と、僕達の顔を見比べる。
そこには、少し不安な表情があった。
鳥の囀りだけが聞こえる昼下がりの応接室。
急に扉が開く。
「・・・これは失礼しました。」
そこには、見覚えのある男性。
それは、僕には良い記憶ではないが枢機卿だ。
彼は場の空気を読み、すぐに部屋から退出しようと動く。
しかし老司祭は、彼を止め、事情を話す。
枢機卿は、目を閉じ話を聞きながら頷き、状況を理解する。
そして、彼は笑顔になり、僕達に声を掛けた。
「そうですか・・・では、どうでしょう。」
「数日、ラスティさんをソマリさんに預けてみてはいかがですかな。」
「それから、ラスティさんの意志を確かめてはどうでしょう?」
「ねぇ、ラスティさん、試しですよ。」
「君が嫌なら、そちらのルシアさんと・・・」
「・・・アリシアだ・・」
「これは失礼いたしました。」
「そちらのアリシアさんと暮せばいい。」
「どうです?」
ラスティは、枢機卿の話を聞き、僕達に視線を飛ばす。
その表情は少し軽くなっていた。
「ラスティ、大丈夫だよ。」
「君の背嚢にこれ付けとくね。」
それは、小さな水筒。
僕が初めて作った魔導具だ。
「ちょっと早いけど、誕生日の贈り物。」
「君の魔力でも、数日分は大丈夫だよ・・・だぶん。」
「ラスティ、大丈夫だ。私も確認してる。」
彼女は、僕の体に、嬉しそうに頭を擦り付けた。
そして、僕に声を掛ける。
「ルシア、今日はウチの事で来たんじゃないでしょ?」
彼女は、不意な状況を終わらせ、本来の目的へと話を移す。
それは、タイミングも良かった。
彼女の言葉に枢機卿も興味を持ったのだ。
「目的ですか。伺ってもよろしいですか?」
僕達が頷くと、枢機卿は、司祭を残し修道女たちを払う。
そして、ソマリに紅茶を頼んだ。
「ソマリさん、すいませんが、お茶をお願いします。」
「ラスティさん、お砂糖はだいじょうですか?」
「うん。」
「では、1つは紅茶に砂糖だけの物でお願いしますね。」
彼は、彼女が戻るまで雑談し、紅茶が届くと彼女を下がらせる。
そして、咳払いし、本題に移っていった。




