43(131).小さな修道女
冬である事を忘れさせる世界がここにはあった。
花壇には花が咲き乱れ、樹木は青々としている。
しかし、遠くを見ると雪が積もる世界。
ここは、法王庁のおひざ元の町ぺータである。
僕達は、太陽が昇ったばかりの町を散歩した。
隣を歩く女性にあっては異常事態である。
そうさせたのは、町を支配している生活時間だ。
町人達は、朝日の昇る前に起き、生活を開始する。
粛々と過ごす彼らの時間は、修道士のそれであろう。
そして日が落ちると、蝋燭で食事をとり、肌を清め眠りにつく。
それは、健康的ではある。
健康的ではあるが、外の人間にとっては、たまったものではない。
しかし、それを言うのは場違いだ。
嫌ならば、町から出ていけばいいだけの事。
結果、その生活時間に合わせ彼女も起きた訳だ。
欠伸をしながら彼女は椅子を探す。
彼女は、僕のフードからラスティを攫い、椅子へ移動。
そして人形を抱きしめるようにし、睡魔の僕と化す。
僕はため息をつき、彼女の横に掛ける。
ラスティもまんざらでもない様で、同じような表情で寝息を立てた。
木陰から差し込む太陽の陽ざしと小鳥の声は心を和ます。
目の前では、修道女達が清掃をしていた。
そこには、高齢な者から小さな子供まで様々。
種族の違いすらそこには存在しない様に見える。
ここには、ミーシャの理想がある様にも思えた。
彼女たちは、小一時間作業をすると、石碑に祈りを捧げる。
そして、荷物をまとめ庁舎へと歩きだした。
同じような集団が2・3過ぎた後、1人の幼女が駆ける姿があった。
彼女は少し大きめな服を羽織り、ピョコピョコと走る。
前の修道女を追う姿は、何とも可愛らしかった。
僕は、ボーッとそれを眺めていると、彼女はこちらに気を取られ足を取られる。
「あぶない!」
僕は、無意識に体が動き、彼女を助けた。
腕に受け止、彼女は無傷の様だった。
「大丈夫かい。 ケガはないよね?」
「あ、ありがとうございます。」
彼女は、キョロキョロと体を確認する。
そして顔を明るくし返答した。
「はい、ケガはないです!」
彼女は何かをやり遂げたかの表情だ。
そこに、裏が無いことは分かる。
「そう、 よかったね。」
しかし、彼女は少し肩で息をしている。
その理由は、走っていたからだけには思えない。
僕は彼女の頭に手を置く。
「ちょっとまってね。」
僕は、彼女の魔力上限を意識しながら魔力譲渡をする。
彼女の息は多少は楽になった。
「はい、これでよし。」
「あんまり急ぐと危ないよ。」
「はい・・・あたし、ちょうさ?にもどります!」
「お兄ちゃん、ありがと!!」
彼女は体いっぱいに手を振り、そして踵を返し駆けてく。
幼女の背中が見えなくなったころ、眠り姫たちは目覚めた。
僕は、この島特有のお茶を食堂で購入し、うつろな二人に与える。
予想はしていたが、また静けさを壊す師匠。
「んんーーーー! ルリア、これはうまいな!!」
「私はこれが大好きなんだよ! よく見つけたな。」
僕は、大事なことを聞き逃したような気がした。
しかし、喜ぶ彼女に気圧されてしまう。
彼女は、珍しく両手で持ちそれを呑む。
甘いミルクで煮だされた紅茶に、少量の香辛料が入ったモノだ。
確かに、師匠好みの飲み物だった。
僕は、半分ほど師匠に飲み物を献上した。
まるで少女の様な表所の師匠と同じように喜ぶラスティ。
二人はお互いの笑顔に笑い合う。
僕は、目覚めた二人を連れ食堂に入る。
そこで、これからについて話した。
この町に来た理由は、母の足跡をたどることにある。
叔母の話では、二人はここの出身という事だ。
彼女たちの過去を知る者を見つける事が次の目標になる。
師匠は、笑顔でそれを聞く。
そしてラスティも同様だ。
何時からか、彼女も師匠と同じような味覚になっていた。
遠目で見れば親子か姉妹だろか。
二つの笑顔に、僕は話を続けた。
師匠は、笑顔でもしっかり聞いている。
「では、・・・っんーーー!!」
「では、まずは修道院にでも行ってみるか。」
「ルシア・・・っんー!! うまいな!」
「師匠、食べてからにしましょう・・・」
僕は会議を止め、食事に集中する事にした。
「なんだ、ルシア・・・私はしっかりとだな。」
「お前。私が適当に話してるとでも・・・」
「フフフッ、美味いな・・・なんだその目は・・」
彼女は、少し不満そうだが、目の前の料理に表情を戻す。
笑顔で、視線を送り合う二人。
幸せが伝染し僕まで笑顔になっていた。
それは店員や客にも伝染しる。
「お客さん。いい食べっぷりですな・・」
「こんなことは久しぶりですよ。」
「これサービスね。」
机には新たな大皿が1品投入された。
二人の笑顔は、店内の雰囲気を明るく変える。
僕達が店を後にする際、厨房は大忙しになっていた。
僕達の向かう先はぺータの修道院だ。
食堂の給仕から教えられた通りに進む。
目抜き通りを抜け路地に入るも、そこには人はいない。
遠くの草むらでは笑顔でかける子供達。
冬であることを忘れさえる光景だ。
その奥には修道院が見えた。
僕達は、修道院の扉を叩く。
建物の奥からは声が響く。
そして、少し時間を置いて、一人の女性が扉を開けた。
「はい、どういたしましたか・・・」
僕達の前には、獣人の女性。
その毛並みはラスティと同じ模様だ。
師匠の腕に抱えられたラスティは、向けられる視線に動揺する。
正面の女性は、口を手で隠し、その瞳に涙を湛えた。
そして、一度呟くように自問し、彼女に声をかける。
「ラスティ・・・ラスティー!!」
「私よ。ラスティ。覚えてないの?」
「おねえ・・ちゃん?」
彼女は口を覆い泣き崩れる。
その場には、他の修道士達が集まっていた。




