42(130).ファルナウム島
氷海を抜け、船は港に入港する。
甲板では、改心したエリクさんたちが手を振る。
あれから、僕達は、何度か彼らに遭遇。
しかし、彼らは挑発的にならず、僕達に付き従うようになった。
それは、少しうれしくもあるが、面倒くさくもある。
その為か、師匠は、彼らを適当にあしらった。
そんな中、彼らの標的は僕に移る。
「ルシアのねえさん。俺たちに手ほどきしてくださいよ」
「ねぇ、エリクさん。」
「エリクさん、じゃねんだよ。エリクさんなんだよ・・・」
「そうじゃねぇ、お願いしますよルシアのねえさん。」
「お前らもしっかりと頼めよ。」
日々繰り返される祈りにも似た行動は彼らの性格を表す。。
そんな彼らと過ごすうち、悪いヤツには思えなくなった。
実際、言葉は汚いが、人の良い奴らだった。
エリクは、僕に謝罪し、兄さんと呼ぶように変わる。
その結果が見送りをする姿だ。
海から吹き上げる風は、本土よりも冷たい。
ここは、ファルナウム島の玄関口:シメオン。
出港したエドモストンに比べ、活気はないが、清楚なイメージを受ける。
目に映るのは、粛々と作業をする行商人や漁師たち。
町は、白銀に覆われエドモストン同様に輝いていた。
ラスティは、師匠の腕から飛び降り、そこかしこを嗅ぎまわる。
僕は師匠と共に彼女を追った。
小さな淑女は、興味本位の散策が無意識に昼食探しに変る。
彼女の目の前には、鶏肉を焼く屋台がその匂いを主張した。
芳ばしい香りに、釣られるラスティを摑まえる師匠。
そして彼女もまた、その香りにつられ注文を始める。
「フフッ、捕まえたぞ、ラスティ。」
「アリシア、良い匂いだよ!」
「・・・店主、それを貰おうか!」
僕は急いで彼女達に合流し、会計を済ませた。
空腹の淑女たちを引き付けた実力は伊達ではない。
特製のだれが掛かる鳥串。
甘い中に、調和する醤油の塩加減。
そこに主張しすぎない辛さがアクセントを与える。
しかし、そのタレは鳥の旨味を邪魔することなく引き立てた。
噛むほどに広がる、鳥の肉汁。
たれの甘さが、ソレを引き立てる。
鶏肉本来のさっぱりとした味は、嫌な油っぽさは全くない。
口に残る後味は、次の串を無意識に運んだ。
師匠も無意識に声を上げる。
「店主。あと6本くれ。」
「あいよ!」
僕は、追加で4本頼み、合計10本の会計を行った。
椅子に掛け、笑顔で頬張る2人。
一方は足を遊ばせ、その満足度合いを表現する。
セルキー(海豹の獣人)の店主は焼き上げると、串を差し出す。
「ハハハッ、嬢ちゃんも大変だな。」
「これおまけな。 しっかり食って大きくなれよ。」
僕は、12本の串を受け取り、彼女達の元へ向かった。
満足そうに頬張る、二刀流の女剣士たち。
そこには、淑女の欠片は一切無い。
2人とも、口元をタレで化粧し、道化の様に満面の笑み。
通り過ぎる、人々は、口を手で隠し微笑む。
正面の屋台には、行列ができ、オヤジは大忙しだ。
僕は、食べ終わったラスティの口を濡れた布で綺麗にする。
笑顔の彼女は、僕の腕に頭をこすりつけた。
僕は、彼女を優しく抱き上げ、フードへと納める。
そして次の町へ向かう馬車に乗り込んだ。
満足げな二人は、お腹も膨れ睡魔と戦う。
小さな方は早々に撃沈し、僕の膝の上で丸くなる。
大きい方は、未だに戦闘中だ。
何かを躱しながら左右に揺れる。
しかし、そう長くは続かない。
一言の後、彼女は僕へ寄り掛かった。
「ルシア、おやすみ・・・」
馬車はカタコトと轍に沿って進む。
御者の性格か、あまりスピードは出ない。
馬車は島の外周を沿うように進む。
山裾に街が見えてきたあたりで道は内陸へと伸びていく。
風の冷たさは、刺す様に痛い。
他の利用者は毛布に包まり縮こまる。
僕は、快適ではないが、脚と肩回りは温かい。
太陽は、西の空からゆっくりと沈む。
辛うじて、日のある内に僕らは法王庁の門前町ぺータに到着。
そこで僕は目を疑った。
それは、同じ島なのにぺータには雪が無かったからだ。
正確には、町の中には雪が無い。
しかし、街の外には雪がある。
そして、不思議な光景を、法衣姿の町民たちが際立たせた。
町行く人々は皆、静かだ。
とは言え、その静けさに、強制されている雰囲気は全くない。
僕達は、馬車を下り宿を探す。
ぺータの夜もまた、何処までも静かだった。
日が昇るも静かな町は、静かに始まる。
僕は、宿の庭を借り、日々の鍛錬にいそしむ。
町には樋鳴りが響き、森で鍛錬しているかと錯覚するほどだ。
それは、視線すら感じなかったからだろう。
冬でも温かいこの町は、どこか不思議だ。
町民たちに不満げ表情は無いが、飛びぬけて明るい訳でも無い。
僕は、鍛錬を終え、部屋に戻る。
町民の様に静かな寝顔の二人が僕を出迎える。
僕は、肌を拭き、身支度を整える。
その音で、ラスティは目を覚まし、伸びをする。
「ルシア、おはよ・・・」
彼女は、顔を洗い身だしなみを整える。
最近のモフモフから、少し軽装を選ぶ彼女。
僕は、そこに外套をかける。
彼女は僕の腕に寄り添いソレを纏う。
モフモフさはないが、これはこれで可愛い。
一方、幸せそうな寝顔の女性は寝返りを打つ。
それを眺めるラスティは、僕に視線を送る。
そして、ヒョコヒョコと近づき事を起こす。
「ったーー!! ラスティやめろと言ってるだろ!」
「・・・ルシアが仕向けたのか?」
僕は首を横に振り、彼女の髪に櫛を通す。
ブツブツと言いながら着替える師匠。
ボサボサの髪は、簡単に整っていく。
一方で、ラスティは僕のフードに入り、毛繕いを始める。
厳粛な町で騒ぐ者は僕達だけだった。




