40(128).フロストジャイアント
朝の雪山は、恐ろしく寒いく、指先は痛い。
昨夜掃除した丸太小屋からは、虚ろな視線が二つ。
僕は、少しの幸せを感じつつ、剣の鍛錬をする。
それは近くにできた不安定な魔法の炎。
ボサボサな髪で、あくびをする女性は、フラフラと足元が定まらない。
壁に寄りかかる彼女の頭の上には、同じように欠伸をする小猫。
彼女達をしり目に、樋鳴りは淀みなく響き渡る。
そして、気持ちの良い音で、固められていく足元の雪。
次第に体から蒸気があがる。
そこには、静かだが緩急のある動作。
一通りの動作を終え、レイピアを鞘に納める。
何時からいたのか、洞窟の前にはトゥーン。
「・・懐かしい動きをするな。」
「・・儂と手合わせなんぞどうじゃ?」
笑顔の彼に、僕は全力で拒否。
あの戦闘は、どう転んでも死以外はなかった。
師匠と二人だから今があるのだ。
その姿に、師匠は手を振り、部屋の中へ戻っていった。
彼女の炎は消え、体温だけが僕の命をつなぎとめる。
そして時は過ぎ、小屋を覆う様に食欲を誘う香りが広がった。
洞窟の奥からトゥーンは、僕達を朝餉に誘う。
そこには、その体躯とは裏腹に繊細な料理が並んだ。
食事をとる中、ラスティは巨人を静かに見つめる。
その視線に、トゥーンは困惑しながらも笑顔を返した。
返される笑顔を受けた彼女は、天を2度ほど嗅ぎ、彼に質問を投げる。
「トゥーンは、人間食べるの?」
その発言に場は沸き返る。
2人の女性は吹き出し、久しぶりに花が咲いたようだった。
彼女は、その反応に眉を顰め彼女達に視線を送る。
師匠は、そんな彼女を優しく撫で、彼女に笑いながら伝えた。
「フフッ、ラスティ。 コイツはそういうのじゃないよ。」
「んーそうだな・・・お前が思うのは詩の話だな。」
「こいつは連れ去らない。」
「言っただろ、アレの話は方便さ。」
「ハーレの爺さんの話しの様に、歌にも影があるもだ。」
トゥーンを眺めるラスティの表情は少し明るい。
僕は、師匠に撫でられるラスティに優しく伝えた。
「ラスティきっと生きてるよ。」
「世界をめぐる中で君の家族にだって会えるさ。」
ラスティは、撫でられる手に頭をこすりつける。
それは、愛情表現以上に何か忘れようとしている様だった。
人は、業が深い生き物だ、
対立を生み不幸を作る。その一方で生活を豊かにする。
そして、止める事の出来ない波は何処までも飲み込んでいく。
朝食が終わり、トゥーンは僕達に質問をした。
それは、今後の事だ。
「・・お前たちは、これからどうするんだね?」
「・・儂は、いつまでいてもらっても構わんよ。」
僕は、3人に視線を送る。
2人は僕と同意の様だが、学者は少し違った。
彼女は俯き、不安げな表情で唇を噛む。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「お前ら、私はトゥーンの元で勉強したいと思ってる。」
「自分勝手で・・すまない・・・」
「ハーレ。いいんじゃないかな。」
「僕だって、君の立場ならそうしたいよ。」
「実際そうだし・・・」
僕は、ハーレに言葉を返し、師匠に視線を向けた。
師匠と一瞬視線が合うが、彼女は少し俯き、視線を外す様にラスティをいじる。
その行動に、いつものハーレが現れた。
「そうだよな。 おじゃまな私は、ここでお別れだ。」
「お前たちと旅ができてよかったよ。」
「トゥーンが許す限り、私はここにいると思う。」
「・・・ここはウチより機材がそろってるんだ。」
「なんかあったら訪ねてくれよな。 なぁ先生。」
彼女はトゥーンに視線を送る。
彼は、その視線に優しく頷き僕達に言葉をかけた。
「・・世間には、危ない存在が隠れてい生きている。」
「・・くれぐれも気をつけるんじゃぞ。」
「お前が言うなよ・・・」
師匠は頭を掻き、巨人をめねつけた。
僕達は準備し、トゥーンの研究所を後にする。
橇を引く犬たちは、彼らの家を目指いた。
3台の内一台は、荷物が縛り付けてある。
静かに雪上をかける一行は、日が沈むまでには町へついた。
犬たちは、主人の元へ戻り、尻尾降り愛情を示す。
「あら、おかえりなさい。」
「旦那は、寄り合いに行ってるよ。」
「アンタ達、少し待ってるかい?」
僕は首を横に振り、宿へ戻ることを伝えた。
そして、彼女に礼をし、犬たちを労う。
僕達は、彼女たちに見送られ、ソシゲネス家を後にした。
雪道は、沈む夕日で美しい。
夕日の中で、雪特有の足音にはしゃぐラスティ。
それを眺めながら、僕は師匠とゆっくり歩いた。
夕日を眺める彼女の表情は明るい。
気が付くと、彼女は僕の手を握っている。
そこには少し冷たい彼女の指先。
優しい時間だけがゆっくりと過ぎていった。
そして尻尾を立て、あちこちを飛び回る小猫。
「「あっ!」」
雪に消えた小猫に駆け寄る師匠。
僕は、小さな悪戯淑女をだけ上げる。
「へへッ、ありがと、ルシア。」
小猫を抱え、師匠と共に宿へ向かった。
3人の夕餉は久しぶりだ。
少し騒がしい学者がいないだけでだいぶ変わる。
それでも、そこに悲壮感はない。
昔の様に3人の食事。
しかしそこには、昔とは違った空気があった。
食事に集中する小猫。ソレを見守る女性。
僕は、この温かみのある空間を大切したいと心に誓った。
翌朝、ソシゲネス家への道すがら、次の目的地を決める。
候補は、法王庁のある島ファルナウム。
もう一つは、ミーシャの故郷リヒターだ。
距離で言えば法王庁が近い。
師匠は、腕を組み悩みに耽る。
それをしり目に、ラスティは僕のフードから風景を楽しむ。
そして彼女は、法王庁に想いを馳せた。
その表情で考えをまとめた師匠は、彼女に賛同する。
結果、僕達は法王庁を目指すことになった。




