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39(127).星霜の傍観者

大きな椅子で足を遊ばせる3人。

家主は、意外にも小さなカップを用意する。

大きなポットから、小さなカップへと注がれる紅茶は何処か面白い。

酔いの冷めた巨人は、思いのほか知的に見えた。


「・・そっちの小さな猫の娘は、こっちがイイかな?」


カップにほんのり湯気の立つ白い液体。

それは甘い香りのするミルクだ。

彼は優しい表情で、彼女の前に優しく置く。


「ありがと!」


ラスティは、カップを両手で持ち少しずつ啜る。

巨人は、床でくつろぐ犬たちにも、同じものを与えた。

彼は、椅子に戻り、改めて謝罪する。


「・・本当にすまなかった。」

「・・儂は、てっきり・・・まぁ気にするな。」

「・・して、なに用で、ここに来た?」


流暢に話す巨人は、顔に掛けられた眼鏡の位置を直す。

そして、僕達に視線を飛ばした。

それに答えたのはハーレだ。

彼女は、手記を取り出し彼の巨大な手にソレを預けた。

その姿は、子供が親にモノを渡す様にも見える。

巨人の翁はパラパラとソレをめくる。

その姿に僕は、心を癒された。


「ほぉ、ラオム ウゼグ・・夢は夢ではなかったか。」

「・・お前さんは、ソシゲネスの者かな?」


彼女は、左右に首を振り、それを否定。

そして、真剣な眼差しで彼に切り出した。


「ニコラウス・ノイマンのひ孫です・・・」

「私は、この手記が真実なのか知りたい・・」

「だから、貴方に会いに来たんだ。」


彼女の強い視線にトゥーンは表情を変える。

そこには、先ほどの好々爺の姿は無い。


「・・知って、君はどうするのかね?」

「・・人は、昔も今も獣と変わらぬよ。」

「・・欲望に生き、そして死んでいく。」

「・・真実は、時として自分を苦しめるぞ。」


トゥーンの静かだが重い言葉に、ハーレは眉を顰め唇を噛む。

それでも彼女の意志は固い。

強い視線を彼に送り話を進めさせた。


「・・では、昔話でもしようか。」

「・・ジジイの自慢話など楽しくないぞ・・・」


トゥーンは、天井の明かりを眺めながら話し出した。

それは、ニコラウスの優しさとハーシェル家の闇。

そして、トゥーン自身のこと。



彼は、神代より生きる巨人族、いわば神の眷属である。

その彼は、この地に残り、天を見つめる。

それは、彼に様々な気づきを与えた。

天の動き、風の動き、それが大地に与える影響。

月日は流れ、その気づきは、学問と呼べるものへと変わる。

彼の周りには、様々な学者が訪れた。

師と仰がれ、さらに月日は流れる。

その中で、彼は3人の若者と共に過ごすことがあった。

それは若き日のニコラウス、彼の助手テオン、そしてアイザックだ。

師の元で彼らは、解析学、天文学、自然地理学を学ぶ。

頭角を現したのはニコラウス。

トゥーンもそれは予想できた。

彼の曽祖父、ブランデスとは旧知の仲。

そのため幼き日のニコラウスをよく知っていたからだ。

彼らは日々、老師の元で研究を続けた。

そこには、人の業が少しづつ顔を出し始めていた。

トゥーンは思う、人というものは、競い合うを好むものだと。

張り合う様にアイザックは研究を進めた。

しかし、運というモノは惨いことをする。

アイザックは、常にニコラウスの背中を追わされた。


そして時が経ち、彼の業は強くなる。

その彼を見つめるトゥーンの瞳には、決して快く映ることは無かった。

それは、共に同じ道を究めんとする才能ある二人を失うように思えたからだ。

老師は、二人に別の課題を与え、旅へと送り出す。

しかしその時はまだ、惨事を生むとは少しも考えていなかった。


十数年が過ぎ、彼らはお互いに、それ相応の地位につく。

一方は、天才天文学者。

もう一方は、天文学に精通した領主。

ある雪の降る晩の事だ。

その部屋には、血の付いたナイフを手にする男が一人。

それを見た侍女の叫びが事を世間に知らしめた。

天才天文学者は牢に入れられ、数か月後に、自らの命を絶った。

一方刺された領主は、命を取り留め、その後天才と呼ばれた。


しかし、真実は違った。

領主館に入り込む男は、顔を隠し部屋を物色する。

それを見つけた領主はソレを諫める。

しかし、強盗にその気持ちは届くことは無い。

バレまわる二人の男。

それは、静かなはずなどある訳がない。

そこへ駆け付け友人を助けようとする学者。

彼ら二人は奮闘するも取り逃す。

そこに残るモノは、血の付いたナイフを持つ男。

そして、腹部を刺された領主だけ。

世間というものは、真実よりも他人の不幸が好きなのだろう。

稀代の天才は一夜にして罪人に。

彼の減刑を懇願する怪我人は、優しき天才領主へ。

その後、牢獄から2通の手紙が奇文と共に送り出された。

1通は彼の家族へ。

そしてもう1通は、信頼する彼の助手へ。



トゥーンは、深いため息を吐き、カップを口に運んだ。

もう湯気の立たないカップを煽り、ゆっくりと立ち上がる。


「・・お茶を温め直してこよう。」

「・・少し待っておれな。」


そこには重い空気だけが残った。

ハーレの表情は、悲しみと怒りに満ちている。

しかし、時代は変わり、その罪を償わせる相手はいない。

ぶつける相手を失った感情は、彼女を侵食し行動に移す。

大きく机は叩かれ、カップのお茶に波紋を残した。

そして静まり返る空間に、巨人は戻る。

彼は、立ち尽くすハーレの前に屈むと、俯く彼女に優しく声をかけた。


「・・儂はな、こんなことは望んでおらなんだ。」

「・・どうにかできたかもしれんが、それはもう過ぎた事。」

「・・お主はまだ若い。」

「・・罪深い言葉だが、忘れて自分の生を生きなさい。」

「・・お主は、ノイマンであって、ニコラウスではない。」

「・・お主は、お主だ。」


彼女は俯いたまま、強く歯を食いしばる。

強く握られた拳は小刻みに震え、白い肌を紅く染めた。

その姿に、トゥーンは優しく彼女を引き寄せ抱きしめる。


「・・ジジイですまんが、チイと泣け。」

「・・涙は心を洗ってくれる。」


そこには静かな嗚咽だけが聞こえる。

僕は、その場の空気に耐え切れず部屋の外へ出た。


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