38(126).山の主
雪原を風の様に駆ける3台の犬橇。
其々を3頭つづの犬たちが引く。
そして、どの橇も1頭は狼が紛れ統率をとった。
先頭を走る僕は、地図と方向を合わせながら進む。
トナカイの橇に比べ、かなり小型な為、速度も高く小回りも効く。
白銀の世界を順調に進む橇は、4つの聞こえない音色で方向を変える。
それは僕達が、ソシゲネスより借り受けた笛の音だ。
空は青く澄み切り、コウヤの時とは雲泥の差だった。
月はその姿を徐々に薄くし、太陽は森を紅く染め始める。
「ルシア!! そろそろ朝餉をとろう!」
後方から、師匠の声が聞こえる。
僕は、停止用の犬笛を吹く。
何も聞こえないが、狼たちはその速度を落とし始めた。
僕は、それに合わせ足でブレーキをかける。
太陽に照らされる森の影は美しい。
3人は、犬橇から降り、食事の用意を始める。
ラスティもチョコチョコと歩き、綺麗な雪を鍋一杯に集めた。
彼女が鍋を引きずる光景は、子供が手伝いをする姿そのままだ。
僕の表情は柔らかい。
それに気づく彼女は、眉を顰め目を細める。
「ルシア・・・ウチの事、馬鹿にしてるでしょ?」
「そんな事ないよ。」
「フフッ、ラスティは可愛いね。」
少し頬を染めた小さな淑女は、鍋を置くと師匠の元へ走っていく。
僕は彼女を見送り、魔導具に魔力を流し炎を起こす。
静かな時間は、4人を笑顔にする。
肌寒さと、朝餉の温かさが生の実感を与えた。
コーヒーを片手に、地図を眺め目的地を確認。
犬橇の移動速度は、思いのほか速い事がわかる。
目的地には、日が沈む前には到着すると思えた。
師匠は、ハーレに視線を送り、言葉を投げる。
「なぁ、ハーレ。」
「 お前は、どうしたいんだ?」
沈黙がその場を支配する。
中心の学者は、俯き言葉を選びながら紡ぐ。
「私は・・・」
「ノイマン家の・・いや、ひい爺さんの無念を晴らしたいんだと思う。」
「結果がどうであれ、他人をどうこうしたい訳じゃない・・・」
「こんな性分だからかな、ただ知りたいんだ。」
師匠は、彼女の言葉が纏まると視線を太陽に向けた。
その表情は逆光で分からない。
しかし明るい声で彼女の言葉を後押しする。
「そうか・・・」
「それは、お前にとって大切なことだな。」
「お前自身の世界だ、お前がやりたい事をすればいい。」
「・・・そろそろ出発しよう。」
彼女は屈み、雪にジャレつくラスティを抱き上げる。
そして、僕に視線を投げ、少し微笑んだ。
ぼくは、荷物をまとめ、先頭の犬橇に乗り、後方へ合図を出す。
師匠は、直進の犬笛を吹く。
ゆっくりと、動き始める橇は次第にその速さを上げていった。
目的地は、山の中腹にあった。
森を抜け林を越えると、そこには丸太小屋。
そして、その奥には巨大な洞窟が口を開けている。
僕達は、丸太小屋の前に犬橇をとめ、引手達に食事を与え労う。
行儀の良い彼らは、僕の意を理解し、その場で体を休めた。
4人は、丸太小屋のドアノッカーで小屋の主を呼ぶ。
何度か続けたが、返答はない。
ノブに手をかけると、以外にも引っ掛かりなく動く。
静かに空気を吸う様に開く扉。
その中は、埃と蜘蛛の巣が主張し合っている。
師匠は僕の肩に手を置き、周りに指示を出す。
「ルシア、洞窟に行ってみよう。」
「ラスティは、ルシアの目になってくれ。」
「ハーレは私から離れるなよ。」
僕は頷き、ラスティを肩に乗せる。
彼女は頭を僕にこすりつけ、しっかりと爪を僕の肩に立てた。
丸太小屋の後ろには、ぽっかりと空いた大穴。
その入り口の大きさは、今まで見てきたダンジョンの比ではない。
風は、その大きな闇に飲み込まれるように流れ込む。
中からは、やけにデカい魔力が感じられるが、その芯は見えない。
僕は、前衛となり、4人の進む先を照らす。
まだ外が明るい為なのか、それとも別の何かなのか、中には光が入った。
僕は、肩の小猫を撫で、彼女に声をかける。
「ラスティ、大丈夫そうだ。」
「師匠の元に行って。」
彼女は、僕に視線を送り、ヒョイと僕の背後に飛ぶ。
音も無く彼女の姿は、光の中に消えていった。
僕は、盾を構え、ゆっくりと進む。
空間を埋め尽くす様に感じられる魔力。
それは、聖母のそれとは違う。
ただ単にデカいだけだ。
それは、言葉では簡単だが、その異常性は計り知れない。
洞窟を進むとその奥には門。
しかし、どこかおかしい。
どう見てもサイズ違いの扉だ。
そして、それは完全には締まっていない。
僕は、その巨大な扉を両手で引っ張る。
扉にしては重いが、動かせない訳ではなかった。
ゆっくりと動く扉は、その動きとは裏腹に巨大な音を鳴らす。
そこには罠が仕掛けてあったのだ。
洞窟に響き渡る美しい鐘の音。
それは教会のソレと遜色がないほど。
しかし、場違いでしかないソレは、洞窟の主を起こす。
地響きと共に砂煙が吹き付ける。
洞窟の奥から聞こえる低い声。
そこか古代魔法の様な響きだが、まったく聞き取れない。
僕の後方からは、強い声が飛ぶ。
「ルシア、下がれ!! コイツはヤバい!」
僕は、踵を返し入り口はと走る。
洞窟の外では、魔力を高めた師匠。
その奥では犬橇を物陰へ移動させるハーレの姿があった。
理解できない言葉は、静かな山に轟く。
そして、巨大な槌が音を後方に置いて地面を抉る。
その後、衝撃波が地面をむき出しにした。
僕の視線の先には、見上げてなお、表情が見えない巨人。
彼を覆う異常なまでの魔力は、魔力特有の色ではない。
それは、神々しささえ感じさせた。
人為的に作られた嵐に僕達はたじろぐ。
それを気に留める事のない巨人は、槌を引き上げ、何かを叫ぶ。
周囲は、酒飲み特有の匂いが漂う。
無情にも通り過ぎたのだろう槌。
音の無い、横薙ぎは避けてなお、後を追う爆発音と共に僕を盾ごと吹き飛ばす。
森の枝は僕の速度を殺し、その優しくも無い幹で包む。
体の痛みに僕は、生の喜びを感じた。
口の中の違和感を唾と共に吐き、足元の雪は赤く染まる。
肩で息をする僕は、歯を食いしばりレイピアを抜く。
正面では、あの槌が師匠を襲う。
「アリシアー!!」
僕は、感情と共に走り出す。
レイピアに魔力を食わせ、刃を赤紫の炎が包む。
体に残る魔力はわずか、それでも行くしかない。
目に映る師匠は後方へ跳びつつ、正面に複数種の防壁を張る。
岩の防壁は音も無く粉砕され、続く衝撃波で風の防壁もかき消された。
しかし、その爆発音は彼女を吹き飛ばすだけの力を残す。
彼女は、家一軒分は舞い上がった。
それでも綺麗に着地。しかし完ぺきではない。
数歩振らつきながらも、巨人を見据え体勢を整える
酒臭い巨人は、また槌を持ち上げ、天から睨みつける。
「巨人、こっちだー!!」
僕は、体を回転させ、遠心力と体重の乗った一撃を巨人の足へ放つ。
それは、地面に叩きつけれられた槌の柄に防がれる。
剣閃は何事も無く、その場で止まった。
それは、反動を生み、僕は逆に弾かれる。
何もなかったかの様に天からは、また何かまた聞こえた。
繰り返される理解できない言葉の雨。
それに対し、師匠もまた同じように言葉を返す。
そして、彼女は怒鳴りと共に術式を構築。
躊躇なく、巨人顔に水球をぶつけた。
それに対し、酒臭い巨人は激怒。
その手に握る巨大な槌を天に向けて振り上げる。
その瞬間、僕は空に吸い上げられそうになった。
そんな中、師匠の鬼気迫る激しい声が飛ぶ。
「ルシア! そこから離れろ!!!」
巨大な槌は、その鈍い金属の色を加速と共に紅く燃え上がらせた。
そして、大地を天に巻き上げ衝撃を残す。
大地は揺れ、そして爆発音と共に更なる衝撃で地面は吹き飛んだ。
それは、大自然を動かす。
「ルシア、雪崩だ!! 早くこっちに来い!!」
僕は、師匠の造った小さな岩の空間へ走る。
横目に映る光景は、雪の津波。
ぎりぎりでソレを回避し、師匠の元へたどり着いた。
そこには、ハーレと犬たちもいる。
師匠の表情には怒りが満ちていた。
「あの酔っ払い! 何考えているんだ。」
彼女は、言葉を投げ捨て、壁を蹴とばす。
そして、その場に座り込む。
少し経つと、地響きは落ち着いた。
師匠は魔力を高め、魔力を空へ向け放つ。
岩漿は、雪の壁を簡単に溶かし空へ。
そして、師匠の指の音と共い空中で炸裂し滅した。
「ルシア、あのバカを起こしに行くぞ。」
師匠の表情は、未だ怒りに満ちている。
僕達は、垂れ流される異質な魔力の元へ向かった。
「おい糞巨人! 生きてるよな!」
「ヒュー ディーグ ヴォルク! ウゼグ!」
彼女が、巨人を罵倒し続けた。
すると、地面から、巨大な手が現れ、その大地を盛り上がらせた。
巨大な体躯は、次第に姿を見せる。
そこには、どこか愛嬌のある表情があった。
頭を掻きながら、その巨人は座り込む。
そして、風圧を伴い頭を下げた。
「イ デゼーア・・・すまなかったな。エルフとその友よ。」
「エンドレ ヴァダ・・酒が効いてしまったようだな、ガハハハッ!!」
「イ マペル トゥーン・・儂はトゥーンという。」
「イ ゾルド・・・儂は、混乱していた様だ。」
「・・・昔の夢だ。 懐かしい夢だった・・・」
肌の白い巨人は、思いにふける様に遠い視線を見せる。
師匠は、その表情を無視し、その巨木の様な足に蹴りを入れた。
「だにが、"効いてしまった" だ。」
「こっちは、死にそうになったんだぞ!!」
「・・・言葉は理解できるな?」
巨人は軽く頷き、立ち上がる。
そして、魔力と共に優しく腕を広げた。
その瞬間、洞窟を塞ぐ事故現場は元の姿を取り戻す。
僕達は、彼の案内で洞窟の中に案内された。




