37(125).学者の手記
町にはトナカイの橇が到着する。
そこには、何時ぞやの気のいい御者。
僕達は、町民に見送られコウヤの町を後にした。
ゆっくりと橇は雪の舞う中を進む。
空は明るく日差しすらあった。
師匠は、対面に座るハーレに声をかける。
「なぁ、ハーレこの天気はなんだ?」
「・・・あぁ、これか。」
「空ってのは、私たちのいる場所と風の吹き方が違う事があるんだ。」
「空の高いところの風が強く吹いていれば、雪が届くまでに雲が無くなることがある。」
「あとは・・・そうだな、雪が地面から舞い上がって飛ばされてるとかだな。」
彼女は楽しそうに解説をする。
僕は、それを聞く事を楽しく感じていた。
それは、ミーシャを思い出すからだ。
彼女も学者の様にモノを話す事が好きだった。
それが、彼女の興味がある事ならなおさらだ。
しかし、そうなると、話相手を置いていく節もあった。
懐かしい空気は、もう一人旅人が横にいるようにも思える。
橇の空気は心地よく、ハーレの解説を御者も笑顔で聞きいている。
彼は、彼女の話が終わると僕達に声を掛けた。
「アンタらは学者さんかい?」
「ここいらには、昔有名なドワーフの学者先生が住んでいたんだぜ。」
「俺も、空を見んのは好きだがよ・・・」
「まぁなんだ、学っつうのがねえんだな。」
「あれも才能だっていう人もいるくれえだし、俺もそう思うぜ。」
「まぁ、俺の学なんてどうでの良いんだがよぉ。」
彼は、おどけながら、話を進める。
それは、ハーレの家系に関係がありそうだ。
それを聞く、ハーレは小さく手を握りしめ、視線を暗く落していた。
「でな、その学者先生には、共に研究をした友がいたらしいんだわ。」
「なんつったかな・・・」
「アイザック・ハーシェス・・・」
「おお、そいつだ。 流石学者先生だ。」
静かに答えたのはハーレだ。
彼女の表情は、やはり暗い。
しかし、その表情が見えない為か、御者の話は止まらない。
「その学者先生たちは口論から喧嘩になったんだと。」
「そんでな、アイザック何某って先生の命を奪いかけたというんだ。」
「なんか突飛な話だよな。」
「死にかけた方は、領主の息子で、いい噂は聞かなかったって言うだろ。」
「俺はその場にいた訳じゃねえし、先生じゃねえからわかんねぇがよ・・・」
「捕まった方の先生は、悪くねえ気がすんだわ。」
ハーレは俯いた顔を上げ、御者に冷たい視線を送る。
その表情は何時になく真剣だ。
「アンタ。なんでそう思うんだ。」
「私に対する憐みか?」
御者は、少し悩み声を返す。
そこには少し焦るがあった。
「あっ、アンタ、ノイマン家の人だったのかぃ・・・」
「そんな気は無かったんだ・・・本当にすまねぇ。」
「でもよ。俺の考えは本当だぜ・・・」
「俺の先祖は。ニコラウス先生の助手をしてたんだ。」
「そん時の手記があってよ。」
ハーレは動く橇の中で立ち上がる。
そこには冷静さを欠いた姿があった。
彼女の手を師匠が、掴み彼女の静かに見つめる。
「アンタ。その手記を見せてくれないか?」
「あぁ、アンタならかまわんぜ。」
「ただ、今は家にあんだわ。」
「寄ってもいいなら取ってくるんだが、どうだ?」
ハーレは僕達に真剣な眼差しを向ける。
その場には、それを拒否する者はいない。
僕達は、彼女の視線に静かな頷きで返す。
「お前ら・・・ありがとう。」
「御者のおっちゃん。頼んでも良いか?」
「あいよ。まぁ次の町だから今夜は、宿にでも止まってけや。」
僕達は、御者の紹介で宿に泊まった。
その夜は雪が強く降り、帰路を塞くほどだ。
翌日、僕達は行くをかき分け、御者の家を訪れた。
「おぉ、よく来たな。 さぁ入ってくれや。」
「おーい、かーちゃん、チャーいれてくれねぇか?」
「はいよー。 カップはアンタが用意しとくれ。」
御者は、僕達を家に迎え入れ、椅子を勧める。
そして、部屋の奥へ行きカップを持って帰って来た。
暫くたつと、元気のいい女性が、エプロン姿で部屋に入る。
その手には、紅茶と焼き菓子。
その光景にラスティの目は輝いている。
そして、隣の女性は、どこか堪える様にソワソワとしていた。
「いらっしゃい。 夫が世話になってるみたいですまないね。」
「・・・アンタ、ニヤニヤしてないで手記だっけ? 持ってきなさいな。」
彼女は、夫の尻を叩く様に目的を急かす。
御者は、頭を掻きながら部屋を後にした。
「あら、可愛いお客さん。」
「・・・ハハハッ、アンタもたんとお食べよ。」
「あたしの焼く焼き菓子は、ここいらじゃ1番だよ!」
「おぉ! それはすごいな、奥方!」
御者の妻は、ラスティと師匠に焼き菓子を勧める。
それに笑顔で弧当てる師匠は、食べやすいように焼き菓子を小分けにした。
そして、ラスティの皿へ取り分ける。
「ありがとアリシア、いただきまーす!」
彼女はサクサクと音を立て焼き菓子を食べ始めた。
それを確認し、師匠も笑顔でその菓子を口にする。
「んんーー!! 甘いじゃないか! 奥方これはなんだ?」
そこには、借りてきた猫など1っ匹もいない。
僕はため息をつきソレを眺める。
苦笑する御者の妻は、師匠の質問に答えていった。
そこに在る二人の空気は、立ち話でもする主婦の様にも見える。
僕は、サクサクと音を立てるラスティを見ながら紅茶を飲んだ。
その間に、御者は部屋に戻り、手記をハーレに渡してた。
彼女はまた一人、自分の世界に入り込む。
そこには、手記を舐めるよう読みふける姿がある。
そして、半時ほど過ぎると、少し暗い空気は無くなった。
「御者の・・・ソシゲネスさん。」
「私は、心が晴れたよ。 本当にありがとう。」
「そうかい。」
「あんた、なんか突っかかってたのが取れたみてぇだな。」
「で、どうすんだ。 行ってみんのか?」
ハーレは僕達に視線を飛ばす。
その表情は、いつもの彼女には、絶対に存在しないものだ。
師匠は僕に視線を送り、その反応を確認すると彼女に返した。
「おい、ハーレ。」
「お前らしくないな。」
「お前の行きたい場所なら、私たちも行ってみたい。」
「いつもの様に、強気に頼め。」
「お前のそういうところは、私は気に入っているぞ。」
「アリシア、お前・・・」
「じゃぁ、行こう私の為に!」
僕達は、彼女の目的地を目指すことにした。
雪は止み、陽の光を反射した白銀は世界を輝かせる。




