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36(124).続続・ラスティの恐怖

子鹿を背負う少年を3つの影が追う。

師匠は、ラスティをハーレに任せ、道を外れた。


「ルシア、先に行っていてくれ。」

「野暮用を思い出した・・・」


その表情は暗く重い。

その理由は、僕にもわかる。

静かに頷き僕は、彼女を見送った。

日差しは、次第に冷たくなり、白銀の世界を紅く染めていく。

僕達は、道に出て町を目指した。

想いとは裏腹に、太陽はその姿を隠していく。

子鹿とは言え、親の大きさがアレだけに子もデカい。

僕は息を切らせながら走る。

辛うじて、陽のある内に親鹿の元へ辿り着く。


「おぉ、これはルシア殿・・・私は待っておりましたぞ!!」


そこに待つ神主の顔からは、不安が一転し感情が溢れ出す。

僕は急ぎ、親鹿の前に子鹿を降ろした。

そこには、圧の強い視線だけがある。

すでに、親鹿の意識は戻っていたが、体の麻痺は解けていない。

しかし、重苦しいそれは、敵意のあるモノではなかった。

僕達は距離を置き、彼女たちが動きだすまで物陰に隠れる。

間を置き師匠が合流し、肩で息をしながら僕の肩に手を乗せた。


「ルシア、どうだ?」


僕は、彼女に視線をおくり、首を横に振る。

静かに時間だけがゆっくりと過ぎた。

太陽は沈み、辺りは寒さを増す。

その寒暖差は異常とも言えた。

冷たさを越えた痛みに身震いしていると、正面の影はその巨体を起こす。

家屋の高さ程もあるソレは、目の前に横たわる子を舐める。

肌寒い中、その光景は僕達の心を温めた。

半時ほどすると、子鹿も立ち上がり、親に体を寄せる。

ソレを見る小猫は、瞳を潤ませ呟いた。


「よかったね。」


師匠の腕の中で、小さな感情は伝播する。

隣では、男泣きする神主。

この時ばかりは、いつも煽る学者も鳴りを潜めた。

元気を取り戻した、小鹿は親の周りを駆けまわる。

それを確認した親は、優しく嘶き、湖岸を見つめた。

その視線の先には青白い点。

それは、次第に大きくなり、存在を認識させる。

神主は、涙を流し跪く。


「おぉ、耳裂鹿の主様・・・」


そこには、青白く輝く、美しい角を持つ巨馬。

その体は、鱗に覆われ、美しい(たてがみ)が荘厳さを際立出せる。

巨馬は嘶くと、踵を返し、眷属を引き連れ対岸へ消えていった。

彼らの通った氷は、静かに音を立て、その姿を変える。

それは、一本の山脈上の亀裂が湖を横断したのだ。


「そう来たかー・・・」


少し残念そうな声を上げたのは、ハーレだ。

目の前には、目的の現象が起きている。

巨馬の創りだす奇跡。

僕の中のハーレの株は上がる。

彼女は巨馬すら予想するのかと。

その僕の視線に困惑するハーレは、どこか居心地が悪い。

そしてそれに気が付く師匠は、悪戯な笑顔に変わった。


「ハーレ。お前はすごいな!」

「神の来訪さえも予想してしまうとは!」

「フフッ、さすがだよ。」


「そうなんだ・・・ウチもハーレの事見直した!」


「フフッ、そうだよな。 なぁハーレ。」


苦笑いするハーレにとどめを刺したのは予想外の者だ。

その者は、感極まり彼女に追い縋る。


「そうなのですが、ハーレ殿。 ・・・いや、ハーレ様!」

「その力、我が家系と共に神にお仕え致しましょう。」

「我が家には、小さいながら男児もおりますゆえ、どうか!」


「・・・あーー!」

「悪かったよ、アリシア。」

「お前らの事、煽って悪かった。」

「神主、私にはそんな力は無いよ。」

「息子の嫁は、息子に決めさせてやれ。」

「・・・少なからず私ではないよ。」


そこには、いつもの悪戯な笑顔があった。

彼女は、いつになく嬉しそうだ。

キョロキョロと見まわすラスティに僕は耳打ちする。


「ラスティ。ごめんね。」

「ハーレは、神の予知なんてできないよ。」


「そうなの・・・ウチちょっとがっかり。」


そして師匠も俯く小猫を撫で彼女の機嫌を取る。


「宿に戻ったら、ラスティの好きなやつを一緒に食べような。」

「今日は特別だ! 私のも少し分けてやろう。 なっ?」


「うん。 ありがと。」


神の眷属を見送った後は、意外にも神聖さは皆無。

少し不貞腐れた学者と、それを眺める悪戯な笑顔。

僕は、久しぶりの表情を見れた事で神の眷属に感謝を贈った。



僕達は、町に帰り酒場で遅い夕餉を取る。

そこには、町民が集まり宴が始まった。

神主は、会の音頭を取り場を円滑に進める。

そこには、あのオドオドした神主はいない。

酒を飲み笑い合う姿は、山男そのものだ。

僕は、少量のマタタビを人肌のミルクに混ぜ、ラスティに渡す。

彼女は、嬉しそうにそれを呑む。


「ルシア、ありがと。」

「ウチ、ルシアもアリシアも大好き。」


ミルクを必死に飲む姿は天使でしかない。

僕は彼女の頭を擦り、その返答とした。

カップを綺麗にすると、ラスティは僕に問いかける。


「ルシア、結局、詩の真実って何なの?」


僕にもそれは分からない。

隣で睡魔と戦う女性に視線を送るが、そこに勝機は無い。

ラスティに分け与えた焼き菓子を手にユラユラと揺れる。

少しずつ意識を奪われ彼女は、僕にもたれ掛かった。

そして、満足そうな表情で静かな寝息を立て始める。

僕は、大きな赤子に小さく微笑み、ラスティに視線を送る。


「ラスティ、明日にしようか。」

「師匠も大変だったみたいだね。」


「うん、ウチも眠くなってきた。」

「ルシア、おやすみ。」


「ちょっとラスティ・・・」


さらに増える赤子に僕は頭を掻く。

1人は僕に体を預け、もう一人はフードの中。

その姿を、微笑ましく眺める視線は多い。

ため息を吐きながら、恥ずかしさを紛らわす。

酒場の閉店ごろに師匠は目を覚まし、僕達は宿屋へ戻った。

血なまぐさい一日は静かに幕を閉じた。



翌朝、ラスティは、師匠に声をかける。

そこには、朝なのに目覚めの良い彼女の姿があった。

彼女は、紅茶を片手に本を読みながら、子猫と話す。

その切れ長の瞳は、吸い込まれそうなほど神秘的だ。

しかし、相変わらず髪はボサボサ。


「師匠、髪くらい梳かせばいいでしょ。」

「ラスティも言ってよ。」


「アリシア・・・だって。」


小さな淑女は昨日の残りを口に運び楽しそうな音を立てる。

それを他所に本の虫は答える。


「ルシアは母親みたいな奴だからな。」

「まぁいいだろう。騒いでくれるうちが華だ。」


彼女は、僕に手を振る。そして自らの手櫛で軽く整えた。

それで終わらせ、ラスティの質問に優しい表情で答えた


「話に戻ろうか。」

「氷と言うのは、温度変化で伸び縮みするんだ。」

「その変化が大きいと、昨日の湖の様に重なり砕けるんだよ。」


「それが、ひょうくうまく?」


「・・・おしいぞ、氷丘脈だな。」

「神主は、御神渡りといっていたのは憶えているか?」

「まぁ、あの光景なら、その方が正しい表現に感じるな。」


ソレを聞くハーレもその内容に深く頷く。

そして、師匠は話を締めくくる。


「ラスティ、これが恐怖の真実だ。」

「それは自然に対する人々の恐怖や畏怖の念から来る産物だ。」

「とはいえ、美しい物ばかりだっただろ。」

「私は、ラスティと見れて嬉しかったぞ。」


「ウチもアリシアと見れてよかった!」


師匠は、もう一つの真実を隠し、彼女の感情を慮っていた。

そこには、母と子の様な空気が流れている。

僕は、微笑みながらそれを眺めた。



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