35(123).狩り
白銀の高原には光り輝く広大な森。
その奥から響く嘶きは、何処か心を締め付ける。
僕達は、町から伸びる道を進み、雪原へ入って行くことにした。
進む道の先を塞ぐように、拵えの良い馬車が1台止まっている。
御者は、眉を顰めこちら冷え切った視線を投げつけた。
「あっちへ行け、汚らしい!」
「この馬車は、ケニス・メーア様のモノだ。」
聞いていないのに話すあたり有名な人間らしい。
僕らは、その話を無視し、雪原へ入って行く。
遠くからは、また嘶きが聞こえた。
「ルシア、急ぐぞ。」
師匠の、正面には大きな術式がハッキリと浮かび上がる。
想う様に進まない足場を、強引に切り開く知的な脳筋女。
炎珠は錐もみしながら、彼女の正面に道を作る。
場違いに焦げた地表は、後ろに付き従うハーレを唖然とさせた。
僕らは、雪の無い焦げた地表を駆ける。
遠くには、件の森が広がり、また嘶きが響く。
僕は、ようやく魔力を感じた。
「師匠、僕が先行します。」
「ルシア、無理するなよ。」
僕は、彼女の放つ炎球を追い、魔力の在りかへ急ぐ。
嘶きは、なおも響き、その声を大きくした。
ガタイの良い男は、背を丸めハエの様に手をこする。
それを、強気の視線が優しく押さえつけた。
「メーア様が来なくても、数日中にはお届けいたしましたものを・・・」
「いや、そうではない。 やはり狩りは自分でするものだろ。」
「これは別報酬にする。 楽しませてくれよ。」
「はい。 俺、いや私が先行したします故、どうか御身をお守りください。」
「もちろん、とどめは、献上させていただきます。」
「ふん、皆迄言うな・・・まあ、わかっておればよい。」
「さぁ、見せてくれよ、冒険者の実力とやらを。」
冒険者は、依頼主を連れ、森を進む。
そして、仲間達の元へ追いついた。
「お前ら、よくやった。」
「ここからが本番だ! 依頼主様をらくたんさせんじゃねぇぞ!」
「「おおよ!」」
冒険者は、依頼主の前に立ち、正面の巨鹿へ突っ込んでいく。
しかし、巨鹿は上半身を持ち上げ、その角を輝かせた。
嘶きと共に、どこからか稲妻が地面を抉る。
それは、冒険者の足元の地表をむき出しにした。
生きた心地のしない冒険者達。
しかし、金の為と自身を奮い立たせ突進む。
「あぶねーな。人間様に盾突くんじゃねーよ。」
「サッサと死ねやー!」
振りかぶる、巨斧は世界の輝きを反射し鈍く光る。
自信に満ちた斬撃は、歪んだ樋鳴りを残すのみ。
跳ぶように走る巨鹿は、その間合いを広げていく。
「貴様達は、何をやっているんだ。」
「報酬の分も働くことは出来んのか?!」
冒険者は、眉を顰め唇を強く噛む。
彼は仲間に指示を出し、パーティを半分に分けた。
一方は、彼と共に巨鹿を追う。
そして、もう一方は森を調査する。
視線の先の小さな攻防。
僕は、その様子を遠巻きに確認した。
後からは、師匠が追い付く。
「ルシア、どうだ?」
「あれなら、大丈夫だと思いますよ。」
「虚勢を張っているだけでした。」
「へー。 アンタ達、すごいじゃん。」
「私は、ただの色ボケカップルかと思ってたよ。」
「おまっ!」
師匠は、悪戯に笑うハーレを睨む。
しかし、それに反応することなく、ハーレは真剣な表情で続ける。
「でも、二つに分けたのは気になるよなー。」
「神獣って言っても獣だし・・・」
「子供とかいたりしてな・・・」
彼らは、この日、何事も起こすことなく町へ向かった。
町では、その威を強調する貴族。
それでも、状況を知る一部の店からは嫌煙された。
この日も、湖には何も起こらない。
時間だけは静かに、そして確実に過ぎていった。
翌日、僕達は暴れ狂う神獣と対峙していた。
寂しく響く嘶きは今は無い。
あるモノは、低くそして太く怒りに満ちた嘶き。
僕達は、町の入口で、その憎しみに満ちた叫びと対峙している。
後方には、拝み沈める様に手を合わせる神主。
僕は師匠に視線を飛ばし、彼女を怒りの視線から隠す様に走る。
彼女の魔力は瞬時に高まり、術式が浮き上がることなく魔法は発動。
「ルシア、射線からのけ!!」
僕は、後方の魔力をぎりぎりまで引き付け横に飛ぶ。
正面の耳裂鹿に避ける隙など無い。
冷気は、一瞬に巨鹿を氷漬けにする。
そして僕は、その氷の像に手を当て魔力譲渡をした。
巨鹿は凍ったまま意識を落とす。
ソレを見計らい、僕は鼻血を垂れ流した。
頭に聞こえる耳障りな鈴の様な声。
『いいわよぉルーくん! 私の出番よねぇ~』
氷は消え、横たわる巨鹿。
彼女はその力を止めたが息はある。
師匠は、眉を顰め、強い口調で僕を叱った。
「ルシア。 それは、もう使うな。」
「隠世の力など、命をすり減らすだけだ。」
「私は・・・」
「そんなお前は見たくない・・・」
僕は、最善と思い、やったことが裏目にでた。
その姿は、情けなく映っただろうか。
しかし、彼女は僕を抱きしめ優しく話す。
「お前は、一人じゃないんだ。」
「お前には、私がいるだろ・・・」
「もっと頼れ。 私はお前に頼られたいんだよ・・・」
僕は彼女を強く抱きしめかえす。
後方から煽る声を無視し、そして彼女に誓う。
「わかった。アリシア。」
「僕はもう、君に悲しい顔をさせないよ。」
煽る声はまだ続くも、悲鳴と共にソレは止む。
声の主の足には、小さな淑女が咬みついていた。
師匠は、足元の巨鹿の息と魔力状況を確かめる。
そして神主に伝える。
「おい、神主。 コイツは、精々夕方には目を覚ます。」
「町から、広い場所へ運べ。」
「・・・私たちが、暴れた原因を見つけて対処する。」
「はい、私どもの出来ることは、やらせていただきます。」
「どうか・・どうか、耳裂鹿様の安寧を・・・」
巨鹿を残し、僕達は予想される原因を追う。
僕の前をかける小猫と、学者の愛犬は鼻を利かせた。
馬車は。まだ道に止まっている。
僕は、睨む御者に迫る。
「おい、小娘。この馬車は・・・」
話にならない、御者を殴り倒し、ラスティに指示を仰ぐ。
彼女は空を嗅ぐように鼻を動かす。
そして、左右を嗅ぎ、地面を嗅ぐ。
彼女は、僕に視線を送り、走り出した。
僕達は小さな探偵を追う。
後からは2人と1匹が続いた。
「ルシア。 ウチ、この先だと思う。」
僕はラスティを撫で、師匠の元へ向かわせた。
そして、彼女の視線に頷き、体勢を低くし魔力の集まる場所へ急いだ。
そこは、川を背に、冒険者達と貴族が焚き火をし、体を温めていた。
その誰もが傷だらけだが、無駄に達成感を漂わせている。
「まぁ、上出来だ。 報酬は弾んでやる。」
「これは、弔い料だけじゃないことは分かるな・・・」
「はい・・・私共も馬鹿じゃぁありませんよ。」
「この事は一切口外いたしません。」
「メーア様は、町を守るために害獣を退治致しました。」
ガタイの良い冒険者は、可愛くも無い上目使い。
その言葉に満足する貴族は自信に満ちている。
「そうだな。 それでいい。」
「休憩したら、サッサと戻るぞ。」
「街に戻ったら、その分の手当てもくれてやる。」
「はい!」
僕は、視界の中に、甲高く嘶く子鹿を確認した。
子供は、大そうな鎖で縛られている。
そのせいか、魔力は、弱々しく感じた。
男達の笑い声をかき消す様に、胸を締め付ける声だけが森へ響く。
白ずくめの男は、輪から離れズボンをおろす。
「はぁー、寒いと小便がちかくなっちまうよ。」
「さっさと街に帰りてえや・・・ほぉ・・うぅぅう。」
「なんだてぇ・・・・」
僕は、白ずくめの男を、背後から羽交い絞めにし魔力を流す。
調整など必要ない。
男は"至る"ことなく、そのまま冥界まで至った。
僕は、残る3人に視線を向ける。
1人は貴族と雑談をし、もう一人は斧を研ぐ。
悲しく響く嘶きは、少しずつその声を弱めた。
僕は、遠くに見える師匠に合図を出す。
静かに発動するソレは、簡単に2人の男を蔦の縄で捕縛。
そして、その蔦を石化させ動きを封じた。
しかし、斧を持つ男は、その膂力に任せて蔦を引きちぎる。
「てめぇらか。 邪魔してんじゃねぇよ!」
「人間様が何しようが勝手だろ! たかが獣だろうが!!」
斧を構える男は師匠を睨む。
腐っても冒険者、それなりな死線はくぐっている様だ。
冒険者は、すり足で師匠に迫る。
僕は、叫びその意識を奪う。
「お前の相手は僕だ!」
走り二人の間に割って入る。
そして、男を見据え盾を構えた。
正面の男は、表情を歪め唾をのむ。
「そいつは、てめぇの何なんだ?」
「えぇ? てめぇの前で犯してやるよ。」
「俺の邪魔をした罰だ。 ゲヘへへッ。」
男は、斧を振り上げ、その間合いで大上段から切りかかる。
斬撃は、樋鳴りと共に粉雪を舞わせた。
男は、その勢いを殺さず、体全体で薙ぎ払う。
回転する男には死角がない。
「ルシア、跳べ!」
僕は斧の旋風を躱しつつ横へ飛ぶ。
虚無から発せられた岩漿は、男を悲鳴と共に包み、雪の中へ沈む。
嫌な臭いと共に熱せられた岩がそこには残った。
束縛された男達からは悲鳴と共に懇願が飛ぶ。
「金なら払う。私を助けてくれ。」
「なぁ、おい、頼むから・・・」
「害獣なら狩っていいって言てたよね?」
僕は、二つの顔を掴み魔力を流す。
二つの魔力は急激に高まり消滅した。
その場には、弱々しい嘶きを優しく包むせせらぎの音。
後方からは、師匠達の魔力。
僕は、視線を躱すことなく彼女へ声を掛ける。
「師匠、大丈夫かい。」
「あぁ、為政者など碌なものがいないな。」
「さぁ、子鹿を助けよう。」
師匠は、子鹿に手を翳し魔力を送る。
小鹿の表情は分からない。
そして子鹿は、その意識を失う。
僕は小鹿の鎖をほどき背に担ぐ。
「みんな、戻ろう。」
雪原は、陽の光でキラキラと輝く。
風は少し暖かく、空には、まだ太陽があった。




