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34(122).雪原の耳裂鹿

トナカイに引かれる(そり)は、山道を進む。

僕達は、陸の孤島と言われる地域に向かっていた。

目的は、詩の一節を暴くことだ。

ハーレの予想では、可能性がある程度でしかない。

そこは、周囲全てを山脈に囲まれた高原の湖。

今でこそ、大型の橇を数頭のトナカイにひかせ、交通を保っている。

木の枝から滑り落ちる雪は、白い鳥を空へ追いやる。

奇声にも近い鳴き声を残し、それは消えていった。

吹き荒れる風は、容赦なく僕達を殴りつける。

師匠は、モコモコのラスティをいじり気を紛らわせる。

僕は何時かの状況を師匠に注意した。


「師匠・・また噛まれるよ。」


「そんなことは無いさ。」

「なぁ、ラスティ・・・ッイーーー!」

「お前は、何時も急だな!」


「アリシアがしつこいんだもよ。」


僕は師匠の足元で膨れた小猫に手招きする。

彼女は、目を瞑り空を向く。

そこには気高さの様な空気があった。


「ハハハッ、おいでラスティ」


ラスティは、師匠の膝の上からピョンと飛び、僕の膝の上に移る。

それをあきれ顔で見ながら同様な姿のハーレ。


「お前ら、よく飽きないな・・・」


対面の席では、彼女も欠伸をしながら、愛犬フラムを撫でていた。

馬車は、坂道をゆっくりの進む。

峠を越えると、巨大なすり鉢の中心に丸い湖が姿を見せた。

ハーレは、御者に声をかける。


「御者のおっちゃん。 湖は凍ってるか?」


「っん?  あぁ、今年はしっかり凍ってるよ。」

「アンタは、ここの出か?」


「まさか。私はここの出じゃないよ。」

「今年は、もうアレは起きたか?」


「アレ・・・? あぁアレか。」

「まだだね。 アンタたちはモノ好きだな。」

「今年は、今月あたり見れんじゃねぇかな。」

「まあ楽しんで言ってくれ。 こんなでも妻の故郷なんだよ。」


「ありがとうな。おっちゃん。」


ハーレの顔は明るい。

彼女は、背嚢から書類の束を取り出し、それを見つめる。

そして、ブツブツと呟きながら彼女の世界に入って行く。

半時もすると馬車は止まった。

まだ町には着いてなどいない。

そこはまだ森の中だ。

原因は、先ほど遠くに聞こえた甲高い嘶き。

御者は眉を顰め唇を噛み呟く。


「またでやがったか・・・」

「アンタら、しっかり掴まってろよ!」


御者はトナカイに鞭を打ち、橇を進ませる。

雪道は、あまりにも不安定だ。

橇は、少しの段差で轍からは外れてしまう。

森の闇からは、またあの嘶きが聞こえる。

橇は、その重量でトナカイを引っ張った。

それでも御者は橇とトナカイの動きを制御する。

森は林に変り、遠くには町の光が見えた。

闇からの嘶きは、もうどこにもない。

御者は深いく息を吐き、僕達に声をかける。


「ふぅ~・・・すまんな。 何とかなったみたいだよ。」

「・・・まぁ、気にすんな。」

「あれは、神さんみたいなもんでな。」

「汚したり、忘れたりしたなんねぇもんだ。」

「人っちゅうのは、神さんに土地を借りて生きてるからな。」

「うまい事、共生せにゃ生きてけねぇんだわ。」


僕は、その言葉に故郷の山を思い出す。

恐れている事は同じなのかもしれない。

それでも、御者の言葉には、相手を想う気持ちがあった。

師匠は、御者の言葉に頷き、ラスティを撫でている。

ラスティは、寝息を立て、無邪気な表情を浮かべていた。

僕は御者に声の主について質問する。


「御者さん、さっきのはいったい?」


馬車は、ゆっくりと町へ向かって進む。

御者は、視線を向けず、今まで通りに返答する。


「っん・・・あれかい?」

「妻はたしか・・・そうだ、耳裂鹿様って呼んでたな。」

「俺にゃあ、よくわからんけど・・・やっぱ怖えよな。」

「橇引いてるこいつらだって、怯えちまうくれえだもんよ。」


僕は、御者に礼を言い視線を師匠に向けた。

彼女は、小猫を撫でていたが、僕の視線に気付き微笑みを返す。


「そうだな、この辺だと、神獣がいる噂ぐらいはあったな。」

「なぁ、ハーレ。 お前は聞いたことないか?」


「私は興味ないかな。 だから知らない。」


ハーレは、反応するも視線は書類に釘付け。

先ほどまでの状況に何処まで反応したかも怪しいモノだ。

4人を乗せた橇は、ゆっくりと停車し僕達を降ろす。


「よーし、よく頑張ったぞ、おめぇたち。」

「そんじゃぁ、俺は明日街へ戻るが、来週また来るよ。」

「ゆっくりしてけな、旅人さんたち。」


御者は僕達に手を振り、トナカイに鞭を打つ。

橇はゆっくりと、町の奥へ消えていった。

一面真っ白な世界に抱かれた町。

日は傾き、その世界を紅く染める。

僕達は宿を探し町を歩いた。

硫黄の匂いがうっすらと立ち込める宿場。

この街も温泉町だったが、以前の町の様に賑わってはいない。

酒場からは、男性の口論は聞こえた。


「アンタら、もう耳裂さんには手ぇださんでください!」

「・・・耳裂さんは、山の神さんなんです。」


「ハァ、獣が神だぁ~?」

「俺たちは銅等級の冒険者の人間様だ。」

「こんな寂れた町に遊び出来てるとでも思ってんのかよ?」


町民は、尚も縋る様に冒険者に訴える。

しかし、冒険者はソレを振りほどく。


「鬱陶しい野郎だなー、おめぇはよー。」

「俺たちは、エドモストンの貴族の依頼で来てんだよ。」

「アンタに止めさせるだけの金が払えんのか?」


町民は、その言葉で行動を抑えられた。

どう見ても、支払いができるようには見えない。

その姿を、冒険者たちは笑い飛ばす。

そして、冒険者たちは酒場を出ていった。

ため息をつく、町民は、近くにあった椅子を蹴り叫ぶ。


「あー! 糞、金、金、金。」

「なんでも金だかや・・・」


「ちょっと、アンタ止めとくれよ。」

「椅子だってタダじゃないんだからね。」


「・・・すまん。」


町民はトボトボと、酒場を出て町へ消えた。

僕達は状況が気になり、恰幅の良い女将に声をかける。


「女将さん、どうしたんだい?」


「んんっ・・・あぁ、いらっしゃい。」

「あれかい・・・」


彼女は、簡単に説明する。

内容は、冒険者達が、貴族の依頼で山神を狩猟しているとの事だ。

そんな存在を殺されては、たまったモノではない。

町民達は、その事で祟りでも起こらないかと心配していた。

僕達は、食事をしながら、状況を整理する。

ハーレの話では、目的の現象は、まだ起こらないという。

しかし、そう遠くはないらしい。

町の問題については、僕達は部外者でしかない。

落ち着いて生活できる空気ではないが、目的の為、宿で時間を過ごす事にした。



僕は、毎日鍛錬を欠かさな。

それは、旅の足を遅くする原因だろう。

それでも、師匠とそしてミーシャとの繋がりだ。

静かな動きに、遅れて聞こえる樋鳴り。

体からは、湯気が立ち昇る。

山間の町では娯楽は少ない上、しかも冬だ。

日ごとに人だかりができた。

そこには、女将に宥められた町人の姿もある。


「嬢ちゃん・・・話きいてくれねぇか?」


その表情は、限りなく暗い。

それは、毎日の様に森からは甲高い嘶きが聞こえる為だろう。

僕は、その男の想いに負け、師匠たちと話を聞くとにした。

昼頃に僕達は酒場で男と待ち合わせる。


「ありがとうございます。」


「いや、何も了承してないんだが・・・」


「いや・・まぁ。」


席につくと女将がテーブルに料理を置く。

その表情は、知る限り変化が無いようにも見えた。


「あたしも、耳裂様には元気でいて欲しいんだ。」

「まぁ、こんなもんで了承が貰えるなんて思っちゃいないよ。」

「日頃、いいもん見せてもらってるお礼さね。」


ラスティは僕と師匠交互に見る。

そして彼女の小さなお腹は可愛い音を立てる。


「・・・ウチ、お腹すいた。」


女将は笑い、料理を小皿に取り、ラスティの前に置く。

その表情は優しいかった。

僕達は、勧められるままに食事をし、彼の話を聞く。

師匠は腕を組み何かを考えていた。

そして、曇る表情は晴れる。


「ルシア。 想い出したよ。」

「この地には、ユニコーンの一種がいたはずだ。」

「むしろ、その耳裂鹿と呼ばれる存在の眷属がユニコーンだがな。」

「確かに、あれは神獣だよ。」


神獣とは、最初に神に作られた獣だと言われている。

それは、この耳裂鹿、世界樹の地竜、東方の3種。そして西海の巨獣。

どれも、生命力も魔力も人の比などとはおこがましい程だ。

それらが生息する土地は栄えるとも言われる。

実際に僕は、その眷属に遭遇したこともあった。

その土地でも神には手を出すことは無い。

僕は、師匠の了承をえて、彼の話に乗る。

話を一通り聞くと、師匠は最後に彼に質問を投げた。


「あなたは、なぜそこまでする。 領主ではあるまい?」


彼は、僕達に頭を下げ、自身の事を話し出す。

そこには、今までの様に、どこか自分を卑下する部分は無い。


「私は、ここコウヤ(神野)を納める耳裂様を祀る家系の現当主でごぜぇます。」

「神代から続くといわれていますが、世迷言とお聞き流しくだせぇ。」

「領主から弾圧を受ける事もありますが・・・」

「私は、先祖やこの地の民の為に、耳裂様と共に歩みたいと考えております。」

「どうか、耳裂様をお守りくだせぇ。」


彼が頭を下げると、女将も同じように頭を下げた。

それは、この空間にいた町民全てが同様だ。

彼らの目に宿る光は、僕達の心に訴えかけていた。


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