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33(121).続・ラスティの恐怖

風は強さを変えず、山脈から吹き降りる。

ここ数週間は同じ風が吹き続いているらしい。

雪は降りしきり、僕らの行く手を阻んでいた。

僕達は互いを温める様に、山道を進む。


「ハーレ、方向はこれで合っているのか?」


すぐ後ろを進む、ドワーフの天文学者に声をかける。

彼女は、愛犬の背に乗り、ラスティを抱く。


「間違いない・・・天候も、申し分ない・・」

「・・・それにしても、寒すぎだ・・・」


モゴモゴと毛にまみれた女性は会話する。

その姿は、街にいた特に比べ弱々しい。

進む先は白み、風が轟々と音をたて吹き荒る。

視界を阻む風は僕の足元を隠す。

そして、小さな段差に足を引っかける。

僕は後ろを歩く師匠に注意する。


「師匠、少し段差があるよ。」


「あ、あぁ・・・ありがとう、ルシア。」


彼女の手を取り、その先へ進む。

彼女の手は少し冷たい。

僕は温める様にその手を包む。

吹きつける雪は、容赦なく視界を奪う。

そして山の斜面は、その角度を変えながら、人の行く手を阻んだ。

半日は経ったであろうか、小猫の声が聞こえる。


「ルシアー、 ウチお腹すいたよー。」


「・・・ルシア、休憩にしようか。」


少し温まった手をそっと引く師匠。

寒さのためか、彼女の顔は薄っすらと紅いく染まっていた。

僕は、2人の提案に、頭の中を切り替える。

近くには、魔力はない。

この風の中では、天幕など到底建てることはできないだろう。

悩む中、毛にまみれた学者は、胸を張り指示を出す。


「ルシア、まずは雪を掘ってくれ。 レンガの様に綺麗に切りながらだ。」

「その後は、雪のレンガで、できた穴の周りを囲っていけ。」


彼女の指示で、雪の洞穴を作っていく。

これは、イグルーと言う仮設住居だそうだ。

雪は、街のモノよりもしっかりしている。

同じように切り出すと、その重さでシャベルの柄が軋んだ。

師匠と僕で雪を掘り、重ねていく。

現場主任は中を調整し、バランスをとる。

日が暮れる前には、4人と1匹が気兼ねなく過ごせる空間ができた。


「よーし、 お前らよくやったぞ。」

「まぁ、見た目はアレだが、中は快適だ。」

「明日の朝まで中で過ごそうじゃぁないか。」


「ハーレ・・えらそう。」

「ウチ、アリシアのトコ行く。」


「いいじゃないか! 私の提案だぞ。」


「そうだな。 お前がいなかったらコイツは無かったからな。」

「ルシア、遠慮するな。 ほら、こっちへこい。」


僕は、女性だらけの輪の中に入る。

外に比べ、中は静かで温かだ。

動物油から作られた燃料は、独特の匂いを放ち燃え上がる。

持ち込んだ保存食を水で戻し、スープにした。

良くある味付けだが、変わった空間は、その味を引き立てる。

僕達は、空腹を満たし、見張りを2人置き交代で睡眠をとった。

山の闇は深く、風が咆哮をあげ、精神を蝕んだ。


「ラスティ、代わるぞ。」


「うん・・・ウチ寝るね。」


うつらうつらと舟をこぐ、小さな淑女はその任を遂げる。

僕の膝の上にコトンと倒れ、そして寝息を立てた。


「フフッ、可愛いモノだな。」

「外の様子は、どうだ?」


「ア、師匠、大丈夫ですよ。」


「フフッ、アリシアと呼んではくれないのか?」

「私は一向にかまわんぞ。」


彼女は、僕の横に座り肩を寄せる。

そして、雪の天井を眺めた。

雑なつくりだが、風は入ってこない。

静かな時間が過ぎていく。

僕も同じように天井を眺め、彼女に問いかけた。


「ア、アリシア、僕はどうしたらいいんだろ?」


「ん?」


「僕は、ミーシャの願いを叶えたと思う。」

「その結果、アリシアと再会できた。」

「僕は、君に記憶を作る約束をした・・・」

「僕は、君に返せてるのかな・・・」


彼女は、僕の頭をその胸に引き寄せる。

そして、優しく撫でながら呟いた。


「ルシア、私は楽しいよ。」

「お前がいて、ラスティがいて。」

「まぁ、変ったお節介もいるが、いい刺激だ。」

「ミーシャ嬢には感謝しかないな。」


彼女は手を止め、また天井を見上げる。

そして、また僕を撫で、視線をラスティへ向けた。


「ルシア。 ラスティは幸せだろうか?」

「私は、コイツの恐怖を取り除こうと、ここまで誘ってしまった。」

「これは、私のエゴではないだろうか?」

「本当は、過去などに向き合いたいとは思っていないんじゃないか?」


僕は、頭に置かれた手の震えを感じた。

彼女の想いを、全て察することなど出来る訳はない。

それでも、彼女がラスティを想う気持ちは判る。


「アリシア、間違いもあるかもしれないけど・・・」

「君が、ラスティを想う気持ちは間違いじゃないと思う。」

「彼女が嫌なら、きっと教えてくれるよ。」

「僕は、君のこういう優しさも好きだよ。」


頭の上の手は、その震えを止め、少し体温を高める。

静かな時間は思いのほか短く感じた。


「ふぁー、ルシアー、代わるぞー・・・」

「イヒヒヒヒッ、若いな、お前らー。」

「もう少し、私は寝ていようか?」


「お前のそういう所は、好きになれないな・・・」


師匠は、僕の頭から手を引き、そっぽを向く。

僕はラスティを連れ、毛布に包まり横になった。

風の音がやけに気になる。

鼓動の音に苛まれ、僕は朝を迎えた。



風は相変わらずだが、空は晴れ渡っている。

ドワーフの女学者は、指を軽く舐め風向きを確かめた。

そして、変った魔導具を取り出し、計測を始める。

彼女は、一人の世界に入り、何度か頷くと、ようやく戻って来た。


「お前たちー、予定通りだ。」

「この先で、詩の一節を確かめられるはずだよ。」


ラスティの顔は明るい。

それを見る、師匠の顔も同様だ。

僕は、胸を撫でおろし準備を始めた。

イグルーから半時程歩いた先で詩歌は姿を現す。

"雪の巨人"それが群れを成し目の前を埋め尽くした。


「ラスティ、見えるか?」

「これが、雪の巨人だ。」

「なぁ、ハーレ。 コイツが、樹氷でまちがいないな?」


「あぁそうだ。 この時期に特定の条件下でしか発生しない現象だよ。」

「正体は、樹木に雪が付着し、凍り付いただけだけどな。」


そこには、雪の巨大な人影が無数にある。

中には、元の面影を残している物もあった。

それは、綺麗かと問われると好みが分かれるだろう。

ラスティは、師匠の手元から飛び出し樹氷に近づく。

そして、その周りをトコトコと回り臭いを嗅いだ。


「アリシア。 怖くないね。」

「ウチ、アリシアと一緒に次のも見てみたい。」


その言葉に、師匠は表情をほころばせる。

その瞳には、薄っすらと涙が浮かんでいた。

師匠は屈み、彼女を(いざな)う様に腕を広げる。

僕とハーレは、その光景を微笑み見守った。


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