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120/120

32(120).温泉町

数日は海からの風は無かったが、日が昇る頃は強い風が吹き荒れた。

それは、街でハーレが話した通りだった。

僕の視線を感じた彼女は、鼻高々で胸を反らす。

それは、師匠にも通じる何かを感じた。

僕達は、海岸から内陸へと南下。

ラトゥール王国との国境にあるラスベルグ山脈へ向かう。

小さな町で一泊し、装備を整え、馬車で数日移動した。

ハーレは事あるごとに、近所の世話好きなオバさんのごとき行動に出る。

その度に、僕と師匠は赤面することがあった。

妙な空気の中、目的の町へ無事に着く。

連日の揺れで体はあちこちが痛い。

宿探しに町を歩くと、下手な街よりも宿が多い事に気づいた。

師匠は目を閉じ空気に鼻を向ける。


「ルシア、変った香りがするぞ。」


たしかに、独特の匂いが漂い、川からは湯気が上がる。

露天では、その熱を利用した料理も売られていた。


「そこの娘さんたち。 どうだい、甘くておいしいよ。」


壮年の気のよさそうな女性が、小さなパンの様なモノを差し出した。

それに対し、我が姫君が食いつかない訳がない。

彼女は目を輝かせ、そこへ迫る。

その姿は、疲れなどどこ吹く風で、活き活きとしていた。


「店主、それは何という食べ物だ!」

「私が貰って食べてもいいのか?」


「あら、店主だなんて。」

「フフッ、 いいわよ、お一つどうぞ。」


目の輝きを最高潮に、店主(売り子)から試供品を受け取る。

それを半分にし、中を確認する。

そして、1片は笑顔に吸い込まれた。


「んーーー!」


「・・・師匠。」


師匠は不思議な籠った奇声を上げる。

その昇天する姿は何とも言えない絵面だ。

それを見る店主は、口に手を当て微笑んでいる。

道を行きかう人々も、店主と同じ反応で過ぎ去っていくだけだ。

一方一人の男の葛藤と深いため息は、誰の目にも映らない。

そして、場の空気に当てられたラスティとハーレの目は冷ややかだ。

僕は、店主から何個か購入し、その場から退避を考える。

しかし、感情に飲まれた姫君は、周りの事など関係ない。

その子供の様な笑顔で店主に質問を投げた。


「店主、これはなんていう食べ物なのだ?」

「鯛焼きの様な甘さだが、食感が滑らかだ。 」

「んーーー! これは美味いな! これは何なのだ?」


その勢いにたじろぐ店主。

それでも販売の専門家だ。

逃げることなく、甘味に魅せられた客に立ち向かう。


「これが気に入ったのね。温泉饅頭っていうのよ。」

「東方から伝えられたって言ってたね。」

「あたしゃ、鯛焼きってのは知らないけど、中の餡の違いかね。」

「この餡は、丁寧にこしたものを使ってるのさ。」

「こういうお饅頭には、この緑茶ってのが合うのよ。」

「熱いから気を付けて。」


片手が開いている師匠は、店主から取っ手の無いカップを受け取る。

そして、ゆっくりと啜る。

彼女は、何かを感じる様に目を瞑りそれを味わう。

そしてまた表情を明るくした。

繰り返される籠った奇声は、露天に人だかりを作る。

彼女の食べる表情は、店主の懐具合も温かくしたのだった。



僕達は幸せそうな表情の師匠を引き連れ、宿が乱立する通りに入る。

そこは、先ほどの香りが強く感じられた。

この町はロイカテルメといい、ハーレ曰く有名な温泉町だという。

僕達は色々な種類の宿がある中、戸建てを選べる宿を選んだ。

受付で鍵を借り、建物へと移動する。

町の敷地とはいえ、静かな林の中だ。

雪が降り積もる庭園もまた一興だった。

目の前にある戸建ては、丸太造りで風情がある。

その内庭には、湯けむりが経つ風呂までついていた。

各建物は、それなりには慣れていて気を使うこともない。

僕達は、荷物を置き、受付のあると棟へ。

そこは、受付の先の扉を開けると、領主館の広間の様だった。

食べ物が並び、客はそれを想い想いに皿にとる。

それは、ライザの結婚式の様だ。

並ぶ料理も初めて見るモノがあり、それは師匠の目も引いた。


「ハーレ、あのトロトロのチーズはなんだ。」


「あぁ、あれか・・・アレに野菜とかパンを付けて食べるんだ。」

「私は、もたれるから、あんまり好きじゃないかな。」

「昼間みたいに騒ぎは起こすなよ・・・」


「・・・しかたないだろ。あんなに美味しいんだぞ。」


ハーレは頭を抱え、深いため息をついた。

それを見るラスティも同じだ。

僕は、師匠を憐れむラスティに声をかける。


「ラスティ、チーズ食べた後は、おなかの調子どうだった?」


「ウチは大丈夫だよ。美味しかった。」


「そうか。なら大丈夫だね。」


「うん、ルシア心配してくれてありがと。」


僕は、ラスティを抱えながら、彼女の指示に従い料理を集めた。

若干、彼女の体積を超える量だが、余っても大丈夫だろう。

席に戻り、彼女の前にそれを置く。


「ラスティ、皆がそろうまで待っててね。」


「ルシア、ウチは淑女!」


僕は、膨れる小猫を撫で、自分の料理を集める為に席を後にする。

この地域は、温泉の熱を使った蒸し料理もあるが、チーズが有名らしい。

先ほどから、師匠は溶けたチーズに、パンや野菜を浸し皿に取っている。

他の客たちも同じようにしていた。

僕も数個ソレを皿に取りる。

そして、チーズではなく、加熱されたオリーブオイルでも同じ様にする。

肉や、ジャガイモ、アスパラなどを色ずくまで揚げ皿に取る。

揚げたて特有の芳ばしい香りが辺りを包む。

近くには薄桃色のソースが置いてったので僕はそれをかける。

料理人によると、卵と油、そして酢を混ぜ、それにトマトを加えたソースだという。

席に戻ると笑顔の女性陣が既に席に座っている。

僕達の食事は始まり、夜は更けていった。



ハーレは料理人と話し、皿に骨付き肉を数本貰い、戸建てに戻る。


「フラム、待たせたな。フフフッ、よしよし。 ご飯だぞー。」


戸建てに戻ったハーレは老犬を勢いよく撫でまわし、夕食を与える。

彼女の伴侶は、嫌がることなくその撫でまわしを味わった後、彼女の指示を待つ。

目の前には皿が置かれ、彼の視線は釘付けだ。


「フラン、ゆっくりお食べ。」


彼は、ひと吠えし、肉をゆっくりと食べ始めた。

それを見つめる、ハーレの顔は優しい。

僕達は、それをほのぼのと見つめた。


「なんだよ! 恥ずかしいから、そういうのはやめろよ。」


彼女らしい反応に僕たちは微笑えんだ。

僕は、眠気にやられる前に、武具の手入れを始めた。

少し経つと、フラムは盛られた皿を綺麗に舐め、食事を終える。

それを確認すると師匠は彼女の外風呂を勧めた。


「おい、ハーレ。先に温泉に入ってしまえよ。」

「その皿は私が返しておいてやる。」

「ルシアは、あんなだから時間がかかるぞ。」


「わるいな、じゃあ・・・」


彼女の表情は何かが含みはあったが、師匠は皿を持ち外へ出ていった。

それを見計らう様にハーレは、ラスティの元へ向かう。

少し経つと、ラスティを連れたハーレは、そそくさとフランを連れ外風呂へ向かった。

僕は、気にすることなく鎧の手入れを終え、レイピアの手入れに移る。

そして、盾の手入れを終える頃には、2人と1匹は風呂から上がった。


「ルシア、アリシア、風呂空いたぞー。」

「湯舟は綺麗にしといたからな。」

「そうだ、ラスティも一緒に入たから、ゆっくり入れよ。フフフッ。」


「そうか。 ルシア、先に入ってしまえ。」

「私は後でいい。」


師匠は、椅子に座り本の虫だ。

僕は、師匠に返事し、脱衣所へ向かう。

そこは、温かく湿気が残っている。

服をたたみ、用意された籠へ入れ、外風呂へ足を運んだ。

屋根と垣根の間から覗く空は美しい。

雪はゆっくりと降り、その背景にオーロラが輝く。

体を洗い、湯舟の奥へと進む。

ジョロジョロと湧き出る源泉は非常に熱い。

そこに交わるように川の水が引かれていた。

僕は、ゆっくりと湯舟に体を沈める。


「ッハァーーーー。」


湯気は近くを隠し、夜空だけ強く目に映っていた。

ボーッと温泉に浸かり、空を見つめる。

目をつぶり、疲れを体から抜く様に首まで沈む。

頬を撫でる風の冷たさが、体のほてりを抑えていた。

自然が奏でる音楽を遮る様に、ガラガラと脱衣所の引き戸が音を立てる。

しかし。温泉と川の流れる音にかき消され、反応は出来なかった。

少し経つと、お湯を流す音が耳に入る。


「んっ、し、師匠ですか?」


「ルシアか・・・アイツら騙したな。」


僕は、ようやく先ほどのハーレの笑みの理由を理解した。

それは、あまりにも遅い状況だ。


「師匠、僕出ます。」


「お前、さっき入ったばかりだろ?」

「気にするな、湯けむりが隠すさ。」

「私も・・・入っていいか?」


「は、はい・・・」


僕は、どもりながらも師匠の問いに返答する。

彼女は、ゆっくりと体を温泉へ浸けて行く。

そこには、いつものガサツさはない。

湯舟に広がる波紋が彼女の存在を意識させた。


「っんーーーー、温かいな。」

「ルシア、すまないな。 またハーレの仕業だ。」

「まったく、お節介なヤツだよ・・・」


僕は、夜空を見ながら、彼女の言葉を聞く。

彼女は。いつもより饒舌で声色も少し高い。

僕は、そんな彼女を新鮮に感じた。

そんな想いを感じていると、口はどもることなく言葉を紡ぐ。


「師匠。僕は、師匠に会えてよかったと思ってます。」

「戦争の時は本当に悲しかった。」

「あんなどうしようもない感情になったことは初めてでした。」


夜空を見つめ、自分の気持ちを言葉にする。

放置する指先は、湯舟の中で彼女の指を感じた。


「ルシア、私はお前にひどい事を言ってしまった。」

「お前が大切な人の死を見てきたとは知らなかったんだ。」

「すまない・・・ 私は、大切な人を失うことが怖いんだ。」

「あの時私は、お前を忘れようとライザに託した。」

「それでも、後ろ髪を引かれて、お前の顔を見にも行った・・・」

「その時・・・お前は死んだといわれたんだ。」


彼女の声も指も少し震えている。

僕はその手に自分の手を優しく重ねる。


「師匠。僕は、僕はまた、師匠に会えてうれしかった。」

「もうミーシャの時の様な想いはしたくない。」

「だから、師匠・・・」


アリシアは、僕の背にその大きな背を合わせる。

そして、それそれの手を握る。


「ルシア。二人でいる時は名前で呼んでくれ。」

「私もお前のことが好きだ。」

「お前と沢山の夢が見たい。」


「アリシア・・・僕も好きでふ・・・」


「ルシア? おい、 ルシア!  ルシァ・・・」


僕の記憶はそこで途切れる。

そして気が付くと、日の光が眩しく、そこはベットの上。

僕は、湯に当てられたのだろう。

僕は、不甲斐なさを感じ、窓の光から顔を背ける。

そこには、優しく微笑む師匠の笑顔があった。


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