26(114).探究心と感情の起伏
冬の海は、その寒さと共に静けさが人肌を恋しくさせる。
波と強い風の音だけが、その存在を主張。
僕達は、叔母の家を後に大陸を北上し海岸に出た。
遠くの空では、風に遊ばれる海鳥達。
何処までも寂しく感じる世界で、聞こえてきた会話は頭を悩ませた。
「なんでお前は、いつも噛むのだ!」
「ルシアが起こせって言ったし! アリシア起きないし!!」
宿をとった翌日のいつもの会話だ。
しかし、この風景で耳に入るモノがこれでは応える。
他愛も無い喧嘩でも、あれば気がまぎれると思った事に後悔した。
しかし、今日はラスティのキレがない。
師匠もそのことは感じている。
彼女は、ラスティを強く抱きしめ、いたずらな笑顔で彼女に告げる。
「これでお相子だ。」
そして、師匠はラスティをフードに納める。
彼女は、そこから静かな海を眺めた。
行く先は、北方の国ヴァンタヴェイロ。
この国は、現ラトゥール王妃の故郷である。
海上貿易を生業とする大国だ。
もちろん、ダファ達とも友好的だと聞く。
いつもは、様々な風景を楽しむ小猫も、この国に近づくごとに雰囲気を暗くした。
僕達は、ラトゥールの国境を超える前に、もう一度3人で相談する。
「ラスティ、不安があるなら教えて。」
「僕達は相棒だろ?」
最初の内は逃げる様に二人のフードを行き来していた。
しかし、それもここまで来ると余裕は無くなる。
俯く小猫は、ポツポツと話し始めた。
「ウチ、記憶は、ほとんどないけど・・・」
「こっちで生まれたと思う。」
「なんか、わかんないけど・・・」
「不安な気持ちになるの・・・」
僕は、師匠と視線を交わし、彼女を撫でた。
そして、彼女がどうしたいかを尋ねる。
その返答は、いつも甘える彼女のモノとは思えなかった。
「ウチ、不安な気持ちが何なのか知りたい。」
「だから、行こ!」
彼女の大きな瞳に映る影は消えた。
そこにあるのは探究者の表情だ。
僕は彼女のを抱き上げ、フードの納める。
心なしか彼女の表情は明るい。
気持ちが変われば、寂しい空気も変わる。
そこれは、自問できる静かな空気とも言えた。
彼女の心変わりは、それも関係していたのだろう。
彼女は、淑女を目指し本の虫になっていた。
僕達は、ラトゥール領からヴァンタヴェイロ領へ入った。
風景は特に変化はなく、何も無い海岸がどこまでも続く。
数日海岸を進み、都度防風林の先で野営した。
地図を見比べ、大体の位置を予測するも、大して進んでいる様には思えない。
明らかに一日の移動距離が短く感じられた。
地図を見つめ悩む男に答えを告げる小猫。
「ルシア、ヴァンタヴェイロの冬は昼の時間が短いんだよ。」
鼻高々に話す小猫。それを撫でながら情報を足していく師匠。
朝の喧嘩は、ただのじゃれ合いでしかないのだろう。
「ラスティ、よく勉強しているな。 えらいぞ。」
「ここはな、夏と冬で日のあたる時間が半分程度になるんだよ。」
「昔の学者は、この大地は、太陽の周りを1年かけて回ると謳った。」
「そして、この大地も回転しているという。」
「そのジジイは暇なのか、世界を歩き昼の時間を調べたんだとさ。」
「結果、この大地は、太陽に対し斜めになっている事も見つけたよ。」
「アリシア、それってほんとなの?」
「みんな滑って落ちちゃうよ?」
「あぁ、私も最初は笑ったよ。」
「でもな、夏と冬で太陽の高さが違いは誰でも知っているだろ。」
「ジジイはそれが、斜めになっているからだと言うのだ。」
「ハハハッ、師匠は、まるでその学者と話していたみたいですね。」
「・・・まぁ、長く生きるとそんな風に思えるモノだよ。」
「だからなルシア、ラスティ先生も言っているだろ。」
「ここにきて進みが遅いのは昼が短いせいだよ。」
二人の話通り、進む距離は少しずつ短くなった。
しかし、引っ掛かる所もある。
ある書物では、北に行くほど昼の時間が伸びるという物もある事だ。
僕は、一人見張りをしながら悩む夜を過ごした。
そして一つの答えを導き出す。
「そうか、斜めだから北は昼が長いのか!」
「どうした、ルシア・・・そう話しただろ。」
「お前・・・目が赤いぞ、ちゃんと寝たのか?」
1人興奮した事が恥ずかしく思えた。
ネタを手に入れたかの様にラスティは僕の周りを回る。
だいぶ肌寒くなったが、顔はいつもよりも熱い。
それを見逃す程、我が師は甘くない。
いつもの悪戯な笑顔で、ジワジワとソコをつく。
「フフフッ、なんだ耳まで赤くして。」
「可愛いやつだな、お前は。」
「アリシアは、そんなヤツが大好きだよね!」
二人を紅くし、その周りを囃し立てる様に駆けまわる小猫。
今日はやけに暑い朝に感じた。
小猫にいじられた二人は、少しよそよそしい。
いつもより太陽の動きが遅く感じられた。
風は静かに流れ、雲一つない美しい世界を作る。
その夜は、美しい光のカーテンが空を覆った。
幻想的な光は、三人の気持ちを近づける。
「師匠、みんなで見る綺麗な風景だよ。」
「僕は、師匠とラスティ、みんなで見れて幸せです。」
「きっとミーシャ嬢も一緒に見てるな。」
師匠の膝の上で、目を煌めかせ言葉を忘れる小猫。
それを撫でながら、空を見つめる師匠。
僕の中のミーシャも笑顔で"初めて"を感じているだろうか。
時間が経つにつれ、光のカーテンは消えていく。
そして僕は、睡魔の襲われた。
「フフッ、今日は先に寝ろ。私がついている。」
彼女は、その膝をポンポンと軽く叩き、膝の上に誘う。
僕は、ラスティを抱え、そのまま彼女達の温かさに包まれた。




