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24(112).故郷

空は晴れ渡り、気分を豊かにした。

山の風は緑の香を乗せ、道行くモノを癒す。

昔見た川は、思いの外小さく感じた。

林を抜け、麦畑が広がる筈の丘に差し掛かる。

現実というモノは、悪い方には裏切らない。

目の前に広がる光景に、家と呼べるものは残っていなかった。

良い感情など、とうに無くした村なのに、僕の足は無意識に駆けている。

後からは、心配する二人の声。

村の広場を越え、奥へと進む。

村はずれともいえる丘に1本の木が佇む。

そこには、初めて見る墓標と、その前には2人の男女。

僕は、息を切らし、その影を踏む。

人気(ひとけ)を気取る男女は、僕に視線を送るも不思議そうだ。

ようやく追いつく2人。


「ルシア、急にどうしたんだ。」


「ウチ、心配したよ。」


僕は、二人に視線を送るも、正面の男女に意識を飛ばす。

女性は信じられないと言わんばかりの表情だ。

そして、口に手を当て拝むように崩れた。

男は彼女の背を擦り、僕に声をかける。


「君は、本当にルシアなのか?」

義姉(ねえ)さんの息子のルシアなのか?」


僕はその言葉に思い当たる節があった。

母には妹がいた。彼らは母の妹夫婦なのだろう。

僕は証明になるか分からないが、母の名前を告げる。


「僕は、ここに住んでいた、ティーネの息子のルシアです。」


崩れ泣く女性は、僕の手を両手で包むように掴む。

そして、昔のことを謝罪した。


「あの時は、力になれなくてごめんなさい。」

「私たちも生活が苦しかったのよ・・・」


僕は、その言葉に返す言葉が見つからなかった。

それは、彼女の謝罪を受け取ることができる存在ではないからだ。

僕達の生活を悪くしたのは、あの男。

僕は、そのことを告げ、彼女の謝罪をやめさせた。

そして母の墓の事を彼女に質問した。


「叔母さん、この墓標はどうしたんですか?」

「僕は、僕が造れたのは、石を積んだだけの墓です・・・」


彼女の視線は正面の墓標に向けられた。

あれから数年が経ち、彼女夫婦が作り直したという。

その墓標は、母への想いが詰まったモノだった。

僕は、母に村を出てからの事を話した。

もう雪の季節なのに、温かい風を感じる。

後に控える夫婦は、その話を聞きながら涙を流す場面もあった。

ミーシャの事を伝え、そして師匠とラスティの事を紹介する。

ラスティは、師匠のフードから降り、墓標の前で手を合わせていた。

静かな時間が過ぎ、最後に母に告げる。


「母さん、心配しないで。」

「僕には大切な人がこんなにもできたよ。」


僕は、目を開け通り過ぎた風に視線を向ける。

足元では、小さな淑女は小さく呟く。


「ウチ、ルシアの事好きだよ。」

「だから、安心して見守っててね。」


彼女は僕のフードに入り丸くなった。

その場を温かい空気が流れる。

師匠は、少し居ずらいい空気の中、何処からか酒を出す。

そして、母の墓標に供えた。


「ご母堂よ、酒ですまんな。 アイツは真っ直ぐ育ったよ。」

「私はアイツのお陰で今がある。 どうかこれからも見守ってやってくれ。」

「・・・・・・」


彼女達の母への言葉は、僕には恥ずかしい。

師匠は、最後に何かを小声で報告している様だった。

それを耳に入れたのか、ラスティの耳はピクピクと動く。

僕は、母の墓標越しの空に、懐かしい笑みを感じた。

叔母夫婦は、その意を感じ取ったのか、僕達を家に誘う。

既に太陽は西の空をゆっくりと下っていた。

母の墓標を後にする時に、師匠は墓標に振り返り魔力を込める。


「ルシア、お前の母は花が好きか?」


「んっ、うん。花は好きだったよ。」


「そうか、私からの礼だ。」

「イ デセーア セレイ エンドレ ラルジュ フロリ クレト」


周囲は彼女の魔力に包まれる。

それは、今まで見たどんな魔法よりも膨大な魔力だ。

周囲は輝き、春の様な温かい風が流れ、魔力は生命を生み出す。

さびれていた丘は、美しい花で彩られた。


「少し、気張ってしまったかな。 まぁ、母の為だな。」


師匠の笑顔が僕の心に刺さる。

いつもの悪戯な笑顔だ。

気が付くと僕は、師匠を抱きしめていた。


「アリシア、ありがとう。」


「・・・だから、名前は止めろと言ったろ・・」


静かだった、彼女の心音は、高く強く脈打つ。

もしかするとそれは自分のものかもしれない。

それでも、互いを感じた気がした。

時間は経てど、彼女の腕は簡単に(ほど)くことはできない。

表情は分からないが、叔母夫婦の視線が痛い。

それでも、僕は嬉しかった。

5人は、母の墓標を後に、海岸へ向け山を下る。

叔母夫婦の後を、よそよそしい二人は続く。

師匠の表情は、少し赤いが幸せそうだ。

僕の視線に気づく彼女は、視線を返さず、沈む夕日を見るばかり。

日が沈む頃には町に着く。

静かな町は、夜の帳も相まって安らぎを与えた。

暖炉の光の中で叔母から母の過去が語られる。

それは僕の想像と違い、意外な内容だった。


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