23(111).人間と自然
山頂は白い煙に包まれている。
太陽はそれを照らし光で遊ぶ。
キラキラと輝く空間は、その場の空気に似つかわしくは無かった。
頂上からの威圧は、横たわる監視者の比ではない。
低い唸り声は、後ろに控える小さな命を隠す様に鳴り響く。
僕達は、麓から登る小さな魔力を見落とすことは無い。
しかし、同行や注意できる状況でも無かった。
張り詰めた空気は、額に嫌な汗を流させる。
師匠は、唇を噛み僕へ声を投げた。
「アイツは、ワイバーンじゃない。 風竜の近縁種だ。」
「・・・依頼対象じゃない。 一旦下がるぞ。」
僕は、彼女の言葉を理解し、その指示に従った。
それでも、依頼期日は残り僅か。
僕達は野営地に戻り相談をした。
ラスティは僕達の話を聞きながら、ミーシャから貰った図鑑を見ている。
そして、とあるページを叩き声を上げた。
「見て! この山には元から住んでるみたいだよ。」
「ふむ・・・そうか。」
「ワイバーンが共生した為に生態が壊れたのかもしれんな。」
ラスティの情報は、師匠の分析を後押しする。
しかし、書物に載るほどの竜であればと考えが浮かぶ。
僕の表情を察した師匠は僕達に話し出す。
「人とはな、強欲な生き物だ。」
「竜は1頭でも子を宿す。その理由は分からないがな。」
「その摂理がありながら、あの竜は1頭だ。」
「今いる子竜は、精々1~2歳程度だろう。」
「 山が荒れだした時期とも合うよな・・・」
「簡単に依頼を失敗する冒険者、そしてその消息は不明。」
「そして、先ほどの登る魔力だ・・・」
彼女は深いため息をつき結論を濁す。
依頼はワイバーンの討伐。
しかし、その討伐数に言及はない。
領主と村人が、このことを知らない訳がない筈だ。
そして、風竜は一頭でも子はなせるが、長い事1頭である。
師匠の考えを理解し、視線を焚火に移す。
無造作に弄られた炎は、パチパチと静かに音を立てる。
二人の表情を其々確認するラスティは、図鑑を閉じ小さな背嚢にしまう。
そして、僕の膝に乗り、下から視線を送った。
「ねぇルシア、あの街に行くの嫌だな。」
「ウチ、リヒターみたいな国が好き。」
小さな淑女の短い言葉は、僕の心を見透かしたように思えた。
師匠は、静かに料理を作り、重くなった空気を入れ替える。
「今日は、ワイバーンの肉だぞ!」
「フッフッフッ、しかもサーロインだ!!」
野生の獣なら赤い肉汁だろうが、これは魔物。
芳ばしい香りと青い肉汁が溢れ出る。
見慣れると、そこに違和感などなくなり、幸せも感じる程だ。
僕は膝に乗るラスティの首に布を巻く。
悪態をつきながらも、されるがままのラスティは、やはり可愛い。
師匠の料理は、雑なように見えて計算されている為か軸はズレない。
噛むほどに、香草の香りと肉の焼けた香りが旨味と共に口に広がり鼻を抜ける。
牛肉に比べ脂肪は少なく、さっぱりとし、後を引かない味だ。
師匠の表情は、終始破綻している。
それでも、その表情を僕は守りたいと感じた。
僕はもう、ミーシャの様に悲しむ顔は見たくない。
この糧になった飛竜の様に、僕は大切な人を守りたいと。
食事を片付けていると、ラスティーを膝の上で撫でる師匠は言う。
「この先、人間に落胆することもあるだろう。」
「しかし、それは自分が期待したから起こるんだ。」
「他人の事はどうでもいい。 お前は、神じゃないんだからな。」
「私たちの事だけ考えろ・・・そうすれば、少しは生きやすい。」
「明日は、町へ戻るぞ・・・今日は疲れた、私は先に寝る。」
彼女は布にくるまり、焚火に背を向け横になった。
山を吹く風は音を立て、自然の驚異を示す。
突風は、砂埃と共に焚火を揺らし、肌をさす。
僕は師匠に毛布を掛け、その寝顔を眺める。
小猫を抱く姿は、街娘のそれと大差なかった。
見張りは一巡し、いつもの様に師匠に起こされる。
彼女は、野営においては寝坊することは一切なかった。
依頼最終日、僕たちはギルドにいた。
そこでは、口論を交わす事すらできない。
依頼主の言い分には、苛立ちを受けるのみだった。
依頼書には無くとも質問は無かっただの、こちらは条件をたがえていないだのだ。
確かに、村の強化はしていたし、事前情報から1頭と高をく括ったのはこちら。
結局、飛竜2頭の依頼には少なすぎる依頼料の1割の違約料を支払う羽目になった。
それでも金貨2枚、普通の家庭なら1年は余裕で暮らせる額である。
僕達が街を後にすると、遠くには見覚え男ある冒険者達と依頼者。
師匠の表情は暗いが口元は緩み、殺気だけが立ち昇る。
口から出た言葉は冷たい。
「フッ、サクラか・・・」
「アリシア、行こう。」
僕は、あえて名前を呼び、無理にでもその場を離れた。
何処かよそよそしい空気になった2人は、嫌な山道を進む。
空に風竜が飛び、何処か寂し気な鳴き声が山を包んだ。
一方、崖下に見える村では、何か祭りの様な賑わいを見せていた。
冷たい山頂には、空を舞う彼女の家が、静かに家主を待っているだけだ。
その光景に感情を傾ける程、僕たちは聖人ではない。
しかし、心が痛まないことは無かった。
ラスティは、僕の肩で、尻尾を垂らし、足踏みをしている。
師匠の視線も、その光景を直視することは無かった。
師匠は俯き眉を顰め、静かに話す。
「ルシア、どうにもできない事はある。」
「人間が増え、生きるとは、そういう事だ。」
「飛竜が可哀そうだと慈しむこともできた。」
「かと言って、可哀そうだからと何もしなければ人が死ぬ。」
「中には状況を利用する輩もいるさ。」
「しかしな、誰が悪いかなんて分からないよ。」
「罪があると言えば・・・」
「増え続け、その環境をいい様に変えていく人間なのかもしれない・・・」
その光景は、失敗した依頼を、より後味の悪い結果に変えた。
僕達は、元の山道に戻り、故郷を目指す。




