21(109).山間の村
太陽は以前より少し低い位置を動く。
少し肌寒くなった朝の鍛錬。
領地の兵士から朝の挨拶が投げられる。
「嬢ちゃん、頑張んなぁ。 っても銀等級の冒険者なんだってな。」
「村は俺たちが守ってやるから、嬢ちゃん達は前だけ向いて頑張ってくれ。」
久しぶりに気が良い兵士にあった。
しかし、彼もまたヒューマンだ。
一つ間違いを残し、手を振り遠ざかっていく。
物事は繰り返されると、気にならなくなる事も出てくる。
しかし腑に落ちない。
ヒューマンとは目に見えるモノしか信じないのだろうか。
僕は、レイピアを振り物事を忘れる。
朝焼けに光を返す様に輝くレイピアの刃。
僕は、無言で円を共に描くミーシャに愚痴をこぼす。
返ることのない愚痴は樋鳴りにかき消された。
僕達は、食料を買い込み、村を目指す。
街から件の村ヘは、資材を運ぶ馬車が出ている。
資材の重さで馬車は大きくは揺れないが、その速度もそれ相応だ。
低い角度で差し込む日差しは、馬車の中に様々な影を落とす。
暇を持て余した小さな淑女は、ソレにジャレつく。
その光景に、乗り合う兵士たちの表情も柔らかい。
2日経ち、村へ入った。
そこは既に、強固な柵と深い堀に囲まれている。
小さな砦と化した村では、刈り取られた麦を製粉している姿が目立つ。
村人の表情は難しい。
畑から根菜類を収穫する者達もいるが、こちらは暗い表情だ。
領主は彼らに声をかける。
「今年の年貢は気にするな。 お前たちは生きる事だけ考えろ。」
兵士たちを指揮し、村を強固なモノへと変える領主。
彼の気遣いは、農村民の心を動かす。
ギクシャクしていた兵士と農民も、一つとなり作業を早める。
村の増強は予定を半分ほど終えていた。
翌日も朝早くから農民たちは働く。
僕達は、村を後に山を目指した。
あくびをする、師匠の髪はボサボサだ。
朝から木を切る音や、杭を立てる打撃音と振動に彼女は起こされた。
僕のマントを摘み、はぐれない様に進む姿。
真意は周りには伝わらない。
それはまるで、どこかに行こうとする子供を止める母親の様。
僕達は道なりに進み、正面に広がる森へ入っていく。
鳥の声が、そこかしこで聞こえる。
警戒する必要のない森を僕達は進む。
師匠は目が覚めたのか、ラスティを抱きかかえて肌寒さを抑える。
ラスティも嫌がることは無い様だった。
森も林に変り、鳥の鳴き声も減っていく。
遠くでは、狼の様な遠吠えが聞こえた。
近くには魔力はない。それでもこちらは風上だ。
僕は師匠に目配せし、注意を促す。
遠吠えは数を増やし、間合いを詰め始めた。
それでも魔力は感じない。
少しずつ大きくなるその声は、緊張感を強めていった。
「アリシア、後ろから獣臭がする。」
しかし、ラスティの声にも師匠は動じない。
既に気づいていたかの様に、ラスティを撫でる。
「ルシア、前はお前がやれ。」
「半分は殺しても構わない、逃げるモノは追うな。」
僕は、盾を構え、魔力を込めた。
遠くには、1頭の狼が姿を見せている。
その姿は、少しやせている様にも見えた。
魔力は左右に別れ、複数頭が此方にゆっくりと近づく。
師匠は僕に声をかける。
「情は懸けるな。 気を抜くと持ってかれるぞ。」
僕は視線を変えることなく、頷き返答とした。
正面のリーダーらしい狼は、気を引く様にその場に座る。
左右の魔力は、徐々に距離を詰め、彼らの間合いに持ち込んだ。
「師匠、右を!」
僕は、左から迫りくる牙との距離を詰め、その顔面に盾をめり込ませた。
そして魔力を流し、魂ごと沈める。
左側で控える魔力はまだ3つあったが、迫りくる牙は後方からだ。
振り返りざまに盾で横薙ぎにする。
狼は、最後の一歩で踏みと止まり、ソレを避ける。
空を切る盾は、樋鳴りに似た音を立てた。
僕の後方では、師匠が魔法を放つ。
強い突風が複数の狼を吹き飛ばす。
なすすべなく風に弄ばれた狼は、正面の狼の元へ逃げる。
残る狼は正面に4、左に2、左後に1の合計7頭だ。
リーダー格の狼は、立ち上がり距離を取る。
そして状況を窺う様に視線を向けた。
僕達は威圧しながら、右回りで間合いを広げる。
彼らは僕たちを追うことなく、その場で牙を剥き威嚇。
距離が開くと、魂を失った躯の周りに狼が集まり追悼の遠吠えが静かに響く。
その声は切なく、そして命の重さを感じさせる。
彼らは、命を繋ぐため、僕たちに襲い掛かった。
僕らは、自らの命の為にそれに立ち向かっただけなのだ。
浮かない表情の僕に、師匠は首を横に振る。
「あまり深く悩むな。」
「誰かが生きるという事は、そういう事だ。」
そして、頭に手を置く様に数回軽く叩く。
僕達の進む先は表情を変えた。
地表は岩肌を増やし、木々は減っていく。
そして岩場が増え、命が育まれるとは思えない空間が広がる。
地面には巨大な影が1つ。
僕達は彼らの縄張りに入っていた。




