20(108).不穏な故郷
馬車は王都から北上し海岸を目指す様に進む。
何度か町や村を経由し港町に到着した。
この街は微かに記憶がある。
そう、僕が売られた最初の町がこの港町イーユイだ。
街の奥には未だに奴隷商のテントが見える。
僕達は馬車から降り、食堂へ入った。
客たちの雰囲気は暗い。
それは、ガラが悪いわけではなく、景気が悪い様にしか見えなかった。
席につくと店主が注文を取りに来る。
師匠は、店員に街の状況を尋ねた。
返ってきた店員の回答は、予想しない結果だ。
この街から西にある山で問題が起きているという。
その問題とは、山に飛竜が住み着いてしまったとの事。
実際に冒険者たちがそれに対処するが、良い結果は出ていないらしい。
師匠は、ラスティが食べられる物と適当に2つお勧めを頼み店員を返した。
「ルシア、お前の故郷は山の先だろ。」
僕はその問いに頷き、彼女の表情を確認する。
そして彼女に打開の為の相談をした。
「師匠、ギルドに確認に行ってみませんか?」
その言葉に師匠は腕を組み悩む。
目を瞑り悩む彼女の前に、海鮮料理が運ばれた。
「そうだな・・・何をするにも、食事からだ。」
ラスティと僕達の料理は、殆ど同じものが運ばれた。
机をにぎわす料理は、貝を蒸した物や魚を香草で味付けし焼いた物だ。
大きな貝の身は甘く、食感もいい。
彼女と違う皿は、芋や海老、蟹の入った料理だろう。
出されるサラダは、昔の記憶を蘇らせる。
ベーコンとキャベツをオリーブオイルで炒めた物。
それは母の得意料理だった。
思い出に、感情を揺さぶられ手が止まる。
二人は僕に視線を送り、一方は優しく声をかけた。
「大丈夫だ、お前の母に会いに行こう。」
その食事の味は少し塩辛く感じた。
僕たちは食堂を後にし、ギルドに向かう。
そこは、食堂以上に暗い空気を放っていた。
職員に話を聞くと継承戦争が終結した辺りの事らしい。
街からも見える山にワイバーンが住み着いたという事だ。
最初は、巨鳥だと言われ、冒険者達がパーティーを組み向かった。
しかし、一向に解決する事は無かったという。
そして事態は悪い方向へと進んでいく。
山周辺にある村に獣達が下り畑を荒らす様になり、その討伐依頼も出された。
その対応に向かったパーティーは、村を助けるも山へ入り帰ることは無い。
事態を重く見た領主とギルドは、斥候を放ち山を調査する。
結果、今に至るという話だ。
ギルドでは冒険者が何組かで話し合っていた。
1つは若いヒューマンだけのパーティで中心人物は貴族の様な風貌だ。
男性1人と女性4人。
見るからにそれらしい構成だが、彼らの装備は綺麗に思えた。
残る2つは、見るからに手練れ。
しかし、話を聞く限りダンジョンをメインにしている者達だ。
3つのパーティーは、互いに主張し、結局個々で向かう運びになった。
そして、今はその順番を決めている。
僕らは、その光景を眺めていた。
すると、貴族のパーティーが、僕たちに声をかける。
「君たち、可愛いね。 どうかな。」
「俺が飛竜を退治したら一緒に飲まないか?」
師匠とラスティの目は死んでいる。
それは、対応を放棄した時の表情だ。
渋々、僕が彼の相手をすることになった。
僕は、彼らのパーティの魔力を確認する。
これでは、師匠の目もこうなろう。
「貴方が達成出来たら、考えてもいいですよ。」
貴族の男は、この世の春と言わんばかりに浮かれ会話を続ける。
その表情は、下心丸出しで、僕の表情も師匠たちと同じモノに変る。
「じゃあ、まずはこの出会いを祝して今夜どうだい。」
僕は、目の前の男に理解が追い付かなかった。
ここまで会話が成立しない人間など、
リカルド以外には思い当たらない。
僕は、彼に同じ言葉を返す。
しかし、理解されず誘われ続けた。
僕は、眉を顰め貴族に近づく。
そして、彼の頬を名平手打ちする様に魔力を流す。
「はぁ~・・・」
彼は一瞬昇天し、その場に崩れ落ちた。
貴族パーティの気の強そうな女性が、慌てるようにこちらへ来る。
そして、睨むように僕に視線を送った。
「アンタ、ファラルド様に何をしたの!」
僕は耳を疑った。
彼の名前はファラルドだという。
たまたま同名なのだろうか。
そうこうしていると、彼女は気を失った彼を肩で支え連れていく。
そして捨て台詞を放つ。
「貴方みたいなチンチクリン、お父様に言いつけてやるんだから!」
彼を抱えながら吐く言葉は、糞貴族様らしいモノだ。
僕は、その言葉を記憶から抹消する。
背後に控える2人は、ゴミを見るような視線を貴族達に向けた。
気を取り直し、僕らは残る二つのパーティに話を聞く。
しかし、別の意味で良い回答は得られない。
二つのパーティーは、どちらも自信に満ちている。
彼らは、何度かダンジョン主を討伐していると話す。
その為か、それを鼻にかけ、ギルドに対しても横暴だ。
僕らはとりあえず、彼らに協力を申し出た。
しかし、彼らの返答は同じ。
「女と子供の2人組なんて力にならん!」
その言葉から、分け前が減ることを嫌がっているのは見て取れる。
僕達は、3組が戻るか、依頼期間の終了を待つことにした。
数日が経っても貴族たちは返ってこない。
代わりに村人がギルドを訪れた。
その表情は、戦時下のソレだ。
彼らは、ギルド職員に懇願する。村を救ってくれと。
依頼料は、村からの報酬も加算され、多少の色がつく。
それを喜ぶ1つのパーティー。
村人は、ソレを眉を顰め睨むが、それを返す様に睨む冒険者たち。
空気は良いとは言えなかった。
それから数日しても、吉報は無い。
2つのパーティが消え、残るパーティーは依頼を受けず街を去った。
僕達はギルド職員と相談し、条件付きで村へ向かうことに。
その条件は、領主が村の防衛強化に動くことだ。
村人の話では何も備えが無く、山を下りる獣さえ防げないという。
師匠の考えでは、獣退治は簡単だが、下手に動くと生態系が崩れるのだという。
飛竜がいなくなっても生態系の上位者がいなければ、森が荒れるだけだと。
その為、獣に人は怖いものだと教える必要があるのだそうだ。
それが、共存の為の防衛強化なのだという。
翌日、ギルドの応接室では領主を交え会議が開かれた。
その領主は、僕の知るこの街の領主ではない。
彼は、領地の為にと資材を惜しまなかった。
今回の動きはこうだ。
領主の私兵たちが、村の防衛を強化し安全を確保。
僕達は、その間に山に現れた新たな頂点捕食者を狩る。
話がまとまると、依頼の話になった。
領主たちは僕達を値踏みする様に視線を送る。
想定はしていたが、あまりいい顔はしていない。
僕は、登録証を机に置いた。
結果は手の平を返し、皆に頭を下げられる事に。
彼らは、誠意とばかりに報酬の額に気持ちを添えた。




